第358話 vs.ピリオド・Round.1 ねこのかわいさ
先に起きたガルボ村の戦いでは、依代が悪魔そのものの化身となり、肉体という構造的制約から解き放たれたのを逆手に取って、中の悪魔に直接干渉するという方法を、デュロンが採ったと聞いている。
なら今回リュージュが行うのは、それとは逆のアプローチだ。
「さて……では少々古典的な手を使わせてもらおうか」
街全体を見渡せる高台に立った彼女は、ニヤリと眼を細めた。
〈永久の産褥〉を始めとする邪教勢力が崇拝する、何者かによって体系化された第五十までいる悪魔たち……通称〈五十の悪魔〉の中で、形式上とはいえ末席に列するのがピリオドである。とはいえこのナンバリングは、けっして力の序列というわけではない。
たとえば第一の悪魔は水牛の姿をした、バンホーという名のデカブツなのだが、じゃああいつが第一席かというと、甚だ疑問を覚えざるを得ない。
それどころか一義的には、この俺たちこそが最強の悪魔である、とすらピリオドは自負している。
集団憑依……に関しては、
とはいえ普通の条件下だと、転移どころか、一体の依代に満足に憑くことすらままならないのだ。
魔族とかいう連中も人間どもよりは相当マシだが、血液の魔力含有量が思ったほど大したものではない。あいつらにはもっと頑張ってほしいとピリオドは思う。
とはいえ、今回は違う。ファシムとかいうアホが大ポカをやらかしてくれたおかげで、今、ピリオドはとあるバカデカい魔力プールへ霊的接続を果たし、本来の持ち主と共有(正確には寄生という感じだが)する形で流用することができる状態となっている。
本来の持ち主がこのまま普通に使った場合の耐用が、残り……なんと約八年!
つまりこのままピリオドがそいつの専用魔力プールに口吻をブッ刺してチュウチュウ吸い続けていれば、ピリオドは単純計算で残り約四年間ブッ続けでこの世界で遊び続けることができる。
ヒャッハァ! という感じである。
もちろん元の持ち主が勝手に魔力を使われてブチギレているのはわかる。
奴も今、ピリオドを祓おうと躍起になっているのだろうが……元々この世界の住民ではないのも、この世界の住民の力を借りて受肉しているのもお互い様なのだ、悪く言われる筋合いはない。
だいたい依代が一回壊れ切ったら終わりのあいつらと違って、ピリオドはシバかれたら他にどんどん転移していけば済むだけの話なのだ。
時間制限が伸び伸びになった今、ピリオドをこの世界から即座に追い出す方法など……いや、あるにはあるが……ピリオドが避けられないほどの速度と精度で、アレが飛んでくることがそうそうあるとは思えない。
ああ、もういい。アイツとかアレとか、嫌な話はやめにしよう。
そんなことよりこれを機に、この蚤の悪魔ピリオド様のファンが増えるかもしれないのだから、ピリオド自身の紹介をした方がいいに決まっている。
ラスタード全国の美女・美少女のみなさ〜ん、ご注目〜!
ピリオドの属性は
たとえば相手の弱点属性を出力したり、たとえば内部循環で視覚的に透明化して全裸で出歩いたり。
しかしもちろん上位存在である悪魔のピリオドが、彼らの下位互換となるような能力を持っているはずもない。
普通の悪魔は、特定の属性(ドグレギトなら炎、ツァーリオなら砂という感じ)を依代に付与するのだが、このピリオド様は一味違う。依代に付与する魔力の属性を、任意で勝手に選べるのだ。
しかも転移するたびに新しく決められるので、気に入らなかったら一回やめてまた戻ってきてもう一度設定するということもできる。
蚤のフットワークを舐めてもらっちゃ困る、華麗なサーカスを見せてやるぜ!
というわけで今、ピリオドがミレイン中の野良猫たちに対して付与しているのは、こいつらが……ペルチェ? とかいう生意気な吸血鬼の使い魔になることで発現している、こいつら自身の魔術的素質とは、異なる属性の魔力ということになる。
全国の美女・美少女の皆さんは、魔族や動物が自前のものとは異なる属性を持つ悪魔の依代となるケースを、もしかしたら初めてご覧になるかもしれないが、その場合は固有魔術が炎+雷とか、光+音といったような、属性混合型の魔術に似た形で出力されるのである。
炎+炎や砂+砂というふうに同属性同士を組み合わせても、力が底上げされるので良し。
まったく別の属性同士を組み合わせても、通常とは異なる挙動が起きて愉快なので良し。
ピリオドは別にネコノミというわけではないが、この世界の小さくてかわいい猫たちのことは、結構好きだったりする。
こいつらは生きているぬいぐるみみたいなもので、玩具にするのにぴったりだ!
このまましばらく猫どもを蠢かして遊ぶのもいいかなあ、などと思っていたのだが……急に数十匹がまとめてダウンしたので、ピリオドは驚いた。
「うおっ、なんだ!?」「攻撃された感じは、特になかったよな!?」「全然力入らねえんだが!?」「ダメだ制御効かねえ、うなぎみたいになってる!」「だっりい……しょうがねえ、この辺の猫どもは全部放棄だ!」
死んだわけでも気絶したわけでも、眠らされたわけですらないのだが、猫どもは持ち味であろう俊敏さを投げ捨て、ダルダルになって地面に転がってしまっている。
対処していた
市内の他の地点でも、野良猫たちはどんどん無力化されていき、それらの依代を放棄したピリオドたちの一部は、霊的な暗黒物質(ただし本物の幽霊と違って、誰の眼にも見える)に戻って街を彷徨う。
悪魔は魔力の塊だ。ピリオドにも総量(群体型なので、総数と呼ぶべきかもしれない)があり、今はそれらを街中の猫たちに割り振っているわけで、憑依する対象の数を少なくするほど、一体あたりに対する支配力は強まる。
なので今、自然とどんどん絞り込まれていってはいるのだが、依代たちが勝手に脱力するので、どうにも操りようがないのだ。
「ちくしょう、なんだってんだ!?」「もう、動かせる猫の数が三割切ってんぞ!」「落ち着いて流れを読むんだ、俺ら!」「無差別でも、ランダムでもねえぞ!」「わかってきたぞ!」「捕捉した!」「あいつだ、あの野人みてえな仮装した女だ!」
灰紫色の髪の竜人が、だるそうな表情で翼を広げて街を飛び回り、適当な間隔を置いて吹き矢を撃っている。
あいつが原因だ! というのはわかったが、もはやどうしようもない。
「はー、この作業めんどくさ……働きたくないのであーるっ……でもわたしがやらないと……誰か代わってほしいのだが……」
竜人がミレインの街を彼女の庭として、方々で次々に促成栽培しているのはイヌハッカだ。
彼女の園芸を止めようと猫たちを近づかせるほど、猫たちがイヌハッカを嗅いで恍惚状態に落ちていくので意味がない。
かと言って遠くから生半可な魔術で攻撃しても、竜人は手持ちの植物で容易く捌いてしまう。
ただでさえピリオドは依代の状態変化の治癒が苦手なところへ来て、イヌハッカは猫にとって厳密には毒物とは言い切れないので、なおのこと処理が難しく、かかった猫を捨て置くしかなくなる。
ついに最後の一匹が蠱惑に敗け、ミレイン市内にピリオドが操れる野良猫は、一匹たりともいなくなった。
「あーっ、やめやめ!」「ゲームチェンジ!」「ジャンルを変えるぜ!」「そりゃあ、一体の依代に力を集約するのが一番強いのはわかるんだけどよ」「俺らはやっぱ二人くらいに同時に憑くのが、一番得意な気がするぜ!」「最初の二人はどいつとどいつだ?」「やっぱあいつとあいつかな!」
イヌハッカはマタタビなどと比べると効果がやや弱い。ちんちくりんの猫どもをごろにゃんさせるには十分なようだが、猫系獣人に対しては、せいぜい少しボーッとさせる程度の効果しかないのだ。
だがそのわずかな注意散漫が、悪魔にとっては付け入る隙となる。最小限の労力で精神世界に入り込み、肉体の主導権を奪い取ることに成功した。
そこでピリオドは気づく。この二人、どちらも現状では大して強くもないが……肉体的にも魔術的にも、結構な潜在能力が……戦いの才が眠っている。
惜しむらくはそれを、悪魔憑依でしか引き出せないことだろうか。
やはり猫は好きだ、とピリオドは、依代二人の頬をそれぞれ歪めた。
「やれやれ、リュージュが上手くやったみたいだね」
屋根の上を跳び回っていたサイラスは、ようやく足を止めて、近くの尖塔に寄りかかっていた。
まだメロメロのグニャグニャでウネウネしている野良猫が一匹近くにいたので、捕まえてみるとまったく抵抗せず、サイラスにスリスリしてくる。
こりゃヒメキアがあれだけ熱を上げるわけだと、その筋肉で意外に硬い背中を、優しく撫でてやる
「サイラス!!」
不意に発せられたエルネヴァの鋭い声に振り向くと、脅威はすでに眼前まで迫っていた。
「なっ!?」
咄嗟に体を捻ったことで直撃を免れ、野良猫を抱えたまま屋根から転げ落ちたサイラスは、着地した後でようやく、なにが飛んできたかを理解する。
尖塔が避雷針の役割を果たしてくれなければ、躱し切れなかったかもしれない。
「ったく、こんな時間に騒ぎすぎね」
「キャネルさん、いったいどうしたんですの!?」
非戦闘員のエルネヴァでなく、サイラスを狙ってきたことは評価してやるべきか。
だが農家の娘に託宣を下ろし武器を取らせるなど、人間時代の流行りだろう。
麦色の髪の猫耳少女に憑く悪魔は、灼熱の槍を旗のように掲げて宣言する。
「さあ、第二ラウンドの……」
「ぎ、ギデオン、さん!」
フミネに指摘され、戦闘妖精は足を止める。
白面金毛九尾の妖狐……の獣人形態という感じだろう、華美な仮装をしていた大人しい少女は、無造作にウィッグを落とし、桑の実色の髪と、そのてっぺんから伸びた自前の方の三角耳が露わになる。
雰囲気の変化から悪魔が憑いたことは容易に察せられ、ギデオンは即座に空間踏破能力によって距離を詰めた。
「!?」
そこへ小さな拳がカウンターで突き刺さり、もんどりうって転がる羽目になる。
赤い帽子はパルテノイに預けてあるが、それで力が落ちているわけではない。
ミュールはいちおう不良少女だが、居場所を求めてレイシーたちのグループに辿り着いただけで、腕っぷし自体は一般市民レベルだと、デュロンがはっきり言っていた。
なら今の反応速度と精度は、悪魔が憑いたからで説明できるものか?
「な、なんなので……!? 今夜のミレインは、なんだかおかしいわけなので……!」
怯えるフミネを背中に庇い、ギデオンは差し当たりの敵と正対する。
緩やかな夜風を纏い、依代の髪を逆立てながら、悪魔は不遜に哄笑した。
「……始まりだぜ! ケーケケケケ!!」
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