第352話 葡萄酒、チーズ、木苺のパイ

 足の生えた全長二メートル越えのいちごパフェが跋扈ばっこするという激震の余波は大きく、クーポやフミネが怯え切っている。

 デュロン自身も衝撃から立ち直れていないため、危うく重要なゲストの来訪を受け流すところだった。


「どうしたの? なんかあった?」

「いや、あったといえばあったが……お前が想像してるのとは違うと思うぜ……」


 ブルーノはダークグレーのローブを纏い、身の丈に合わない大鎌を背負っており、口元を覆うマスクもマイナーチェンジしている。

 シンプルだがクールな、一目でわかる死神の仮装だ。

 そして彼は意外な姿を引き連れていて、デュロンはその経緯とどちらを先に訊くか迷ったが、結局は仮装への言及を優先した。


「おう、いいじゃねーか。そいつはどういう趣旨なんだ?」

「見ての通り、断然……魔王だぜ!」


 彼のデカい声がよく響くせいか、彼の連れだったターレット、ナキニ、サヨがすぐに気づいた。


「誰かと思えばプリンピじゃん。なんだ、生きてたのか」

「言い方酷くねえか!?」

「生きていたばかりか、魔王になっていたとはね!」

「難しい絡み方やめろや!?」

「あっ、プリンピくん……あの、えーっと……いえ、特に、なにも……」

「無理して話しかけなくていいんだぜ!?」


 良かった、思ったほど本気で嫌われているわけではなさそうだと、デュロンは他者事ひとごとながらなぜか胸を撫で下ろす。

 それにしてもプリンピがリッジハングに就職したとは意外だった。

 それとなく眼で尋ねると、彼は感慨深げにオールバックのピンク髪を掻き上げる。


「帰りの馬車でスリンジさんにシバかれているうちに、あの人に惚れ込んじまってよ……」

「要するにお前マゾなの?」

「ちっげえよ!? 音楽性の話だろうが!」

「いや全然わかんねー」

「生き方とかそういう意味のようですぜ」

「その通りだ! ブルーノのアニキ、まずはあんたを先輩として仰ぐぜ!」

「ま〜ほら、こいつの能力って取り立てにも向いてそうじゃん。そういうわけなんで、あんたたちの連れ、俺らんとこで預かるね」

「え? いや全然ありがたいっていうか」「引き取ってもらえるのね!」「リッジハングの取り立て屋さん、懐が広すぎるわ……」

「……アニキ、俺ちょっと歌ってきていい?」

「あっ……こいつ、自分が嫌われてたことに今気づいたんだ……いいよ、行ってきな」


 傷心のプリンピを生温かい眼で見送っていたブルーノだったが、不意にデュロンの後ろへ隠れた。

 彼の視線を追うと、淫魔サキュバスっぽい格好の淫魔が、優しい笑みを浮かべて歩いてくる。

 結局デュロンに差し出されて正対し、赤面して眼を逸らしながらも挨拶するブルーノ。


「ど、どうも……」

「久しぶり〜。ふふ、ブルーノってば、なんで緊張してるの?」

「だ、だって姉ちゃん、なんだよその格好」

「え〜、似合ってないかな〜?」


 指を咥えて眼をウルウルさせてくる美人の異父姉に対し、ブルーノはなすすべない。


「似合っ……てるよ。き、綺麗だと、思う」


 異父弟からそんな言葉が出るとは思わなかったようで、ムラティは赤くなった自分の頬を、両掌で挟んではにかみ笑った。


「わ……! う、嬉しいな〜……えへへ、頑張って着てきた甲斐があったよ〜」


 事情を知っている周囲の数人が、ニヤニヤしながら指笛や口笛を吹いて囃し立てる。

 注目の的になってしまったブルーノは、いつものようにキレて固有魔術を発動する余裕すらないようで、フードを深く被って顔を隠し、ムラティの手を引いて手近な席に座る。


 姉弟の様子に興味を惹かれたようで、ヒメキアがニコニコしながらやってきて、デュロンと一緒に彼らの対面に腰を下ろした。


「うわ……で、でっけぇ猫……」

「こいつは着ぐるみを着たヒメキアだ。落ち着けブルーノ、らしくねーぞ」

「そ、そうだよ。俺はクールな取り立て屋、しかも今は死神だ」

「そしてわたしのかわいい弟ちゃんだよね〜」

「あっハイそうっす」

「ダメだこいつ、たぶん今夜はずっとフニャフニャなままだぞ」

「それでいいと思う!」

「そうだよ〜、ヒメキアちゃんの言う通り〜。たまにはわたしに甘えてよ〜」


 フードの上から頭を撫でられ、ブルーノはどうしようもない状態になっている。


「ちょ、姉ちゃん……みんな見てっから……」

「いいでしょ〜、お姉ちゃんなんだから〜。ね〜ブルーノ、無理してない? というか、してたっていうか……しようとしてた、のかな?」

「そ、それは……」

「もしさ〜、わたしに少しでも楽させるためとか、そういうことなら……わたしにとって一番楽なのは、ブルーノが幸せになってくれることだからね〜?」

「……」

「お返事できる〜?」

「は、はいっ……」

「自分を大事にしない子は、めっ、だよ?」

「うん……」

「しんどくなったら、お姉ちゃんがいつでも、ぎゅ〜ってしてあげるからね〜?」

「さ、さすがにそれは……」

「嫌なの〜……?」

「嫌ではないっす」

「じゃあ……う、嬉しい……?」

「……」

「やってみたら、わかるかな……?」

「……」

「やってみるね……」


 なんというかもう、ちょっと会わせて話させてみたら、ものの一分足らずで落ちていた。

 さっきまで自身の悲しみでリュートを千切らんばかりに掻き鳴らしていたプリンピが、いつの間にか持ち替えたハープで、姉弟のために優しい旋律を奏でている。


 姉だから……というばかりではない。ムラティの包容力が尋常ではない、純粋に性格的な素養なのだろう。

 いや、待て……これはもしかして、淫魔の権能が発動しているのでは?


「これからはわたしのためっていう言い訳は、なしだからね?」

「うん」

「取り立て屋さんっていう危ないお仕事も、やめられるよね?」

「えっ」


 おいおいそこまで行くのかよ、とデュロンが内心焦ったところで、場の空気とかをまったく読まない、おくすりガールが突撃してきた。


「こんばんはムラティさぁん! 改めましてぇ、わたしブルーノくんとお友達から始めさせてもらっている天使のドルフィですぅ!」

「はぁあ!? て、天使……!?」


 混乱するブルーノを放し、ムラティはいつものおっとりした笑顔でドルフィに向き直るが……心なしか眼をカッ開いていて、額に影が差しているように見える。

 薄々わかってはいたのだが、ムラティの方も相当なブラコンだ。

 この異父姉弟も、今まで二人で支え合って生きてきたのだろうと、デュロンは共感を覚えるが、状況はそれどころではない。


「えっと、ドルフィちゃん……? それはあなたがわたしのブルーノちゃんと、その、付き合う? 可能性がある? ってことかな〜?」

「かもしれません! ブルーノくんの気持ち次第ですけど!」

「うふふふ〜……あなたの似顔絵……ううん、あられもない絵を裏社会に懸賞金付きで回しちゃおっかな〜……な〜んて……」

「あはは、面白い冗談ですね! そうなったらわたし有名になっちゃうかもです!」


 この上長森精ハイエルフ、心臓が強すぎる。麻薬で肥大したのだろうか、それとも山村ゆえの自然な高地鍛錬の賜物だろうか。

 姉と彼女候補がバチバチやっている間に、ブルーノがデュロンの隣へ移動してきて、デュロンにだけ聞こえる声量で早口に喋ってきた。


「やべぇぇぇ危なかったぁぁ……もうちょっとで俺、姉貴に完全依存する十七歳のバブバブ赤ちゃんになるとこだった……ドルフィちゃん、マジ感謝だわ……」

「ムラティさん、色んな意味で強敵すぎるぜ。また相談しろよ、なんとかお前らがくっつけるように尽力してやっから」

「デュロンくん超絶感謝……圧倒的感謝……」


 淫魔の姉に優しく人格を取り壊されかけたのだ、ちょっとキャラが変わるくらいどうってことはない。

 一連の会話の趣旨がよくわかっておらず、笑顔で首をかしげているヒメキアが羨ましい。


 完全にビビり倒したデュロンとブルーノの対面、ムラティの隣二つの椅子を、赤いローブの二人組が引いて声をかけてくるのにも、なので少し反応が遅れた。


「あの、ここお邪魔していいでしょうか?」

「あ、ああ、もちろ……んっ!?」


 どうしてこの距離まで、こいつらの絶大なオーラが近づいてくるのに気づかなかったのだろう? というかそもそも、どうしてこいつらがここに?


「ありがとよ、狼くん♫」


 ラスタード四大名家の一角である、ホストハイド家の長男と末っ子が、森の向こうへお使いでもあるまいに、わざわざお土産のバスケットを持参している。

 中身は葡萄酒、チーズ、木苺のパイ。こいつはご丁寧にどうもだ。


 どうしてそんなにお口が大きいのかって?

 お前らが現れて、びっくりしてるからに決まってるだろ!

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