第351話 パーティを開こう!④
異臭(甘い香り)騒ぎが治まり、まだ若干ザワつく食堂からキッチンへ連れて来られたタピオラ姉妹へ、珍しく怒ったヒメキアが、ガチめの説教を食らわしていた。
彼女自身は例によって効かなかったのだが、隣で一緒に料理をしていたネモネモが混乱し、火傷しかけたのが目に余ったようだ。
「二人とも、いたずらやりすぎだよ! もっとみんなのことを考えて!」
「ううう、ごめんなさいいいい」「う、うちら悪気はなくってえええ」
当のネモネモはというと、
「ヒメキア、あたし大丈夫なの! 今日はお祭りなんだし、そんなに叱らないであげてほしいの!」
「で、でも、ネモネモちゃん……」
「ヒメキア、そのくらいにしとこうぜ」
「う、うん、そうだね! ニゲルちゃんヨケルちゃん、反省してください!」
「わ、わかりましたああ」「寛大な処置に感謝しますううう」
デュロンはタピオラ姉妹が可哀想になったわけではなく、腹の中でタピッと舌を出しているのがわかったため、これ以上注意してもどうせ聞きゃしないという意味だったのだが、ヒメキアは「許した!」、姉妹は「許された!」という感じで解放に至った。
あいつら絶対またなにかやらかす。今度はネモネモにマジのお仕置きをしてもらおうと思う。この若女将、怒っても怖いが、怒らなくても怪力で怖いのだ。
「ヒメキア、料理はもうあたしに任せて、パーティに参加してくるといいの!」
「いいんですかネモネモちゃん?」
「テーブルに運ぶのはデュロンにやってもらうの!」
「おー、任せろ」
「ありがとうデュロン! じゃああたし、着替えてくるね!」
駆け去る後ろ姿を見送り、食堂へ戻ると、まだ涎を垂らしたままのドルフィが、ニコニコしながら話しかけてくる。
「ヒメキアちゃんかわいいですねぇ。あの子の仮装も楽しみです」
「ああ。しかしお前、思い切ったな……」
ドルフィは天使の仮装をしている。それも結構本格派のしっかりしたやつだ。信仰上も問題はないのだが、大それているというか、相変わらず自信がすごいというか……なんとも言えずデュロンが眺めていると、シュバッと身構えるドルフィ。
「なんですか!? 似合ってませんか!? わたし超絶美少女天使ちゃんですよね!?」
「うん、だからそれ含めてすげーなっていう」
「だからその微妙な含みのあるコメントやめてくれません!?」
「まったくだなデュロン、素直に褒めてやればいいものを」
声に振り向くと、ギデオンとパルテノイの姿があった。ギデオンはフード付きチュニックを着ていて、こういう修道士いそう感はある。パルテノイも赤い帽子にオーバーオールという、普段着としてもそこまでおかしくはない装い、なのだが……。
「お前ら、それはなんか仮装とは違くねーか」
二人の服装は、二人の普段の格好を入れ替えたものだったからだ。こんなときまで見せつけてくれるとは恐れ入る。もはや執念じみたものすら感じた。
「そうだろうか。普段とは異なる自分に成り変わるという意味では……」
「わかったわかった、お熱くて結構なこったけどよ。今のお前の帽子って、確かヴィクターの血がベットリ付いてるんじゃなかったっけ? それ彼女に被らせるってどうなんだ?」
「えっ、そうなの!? わたしいちおう吸血鬼だから、変な意味出ちゃうかも!?」
「確かに、それは困ったな。よし、間男退治だ。今からヴィクターに俺を召喚させて、出会い頭に殺して来よう」
「ギデオンくん、かっこいい♡」
「なんでもかんでも
ちょっと色々な意味で換気が必要だなと思ったところで、扉が開いて新たな客が訪れた。
「よっしゃあああああ!! デュロンくん、我らラグラウル族の本隊が到着したぞ!!」
「そっか。フクサ、お前帰れよ」
「私の扱い、ここへ来るたびどんどん雑になっているよな!?」
「むっ、わたしと同じくらいうるさい人が来ましたね!? わたしちょっと戦ってきますぅ!」
「お前うるせー自覚あったんだな……いいけど建物壊すなよ」
海賊の扮装をしているフクサと、天使の扮装をしているドルフィが出会ってしまい、ものすごくうるさい上に世界観がよくわからなくなっている。その横から更に甲高い声が響いた。
「しまったですわ! まさか海賊で被るとは思いませんでしたの!」
「エルネヴァ、お前は海賊姫って感じで、ちょっと趣向が違うからいいじゃねーか」
「ふふん、わかりますの!? 溢れる気品が隠せませんのね!?」
「正確に言うと、海賊に捕まって紆余曲折した挙げ句、海賊になったお嬢様って感じだな」
「なんですのそれ!? 褒めてますの!?」
ドレスにコート、帽子が奇妙にマッチしていて、エルネヴァらしいアグレッシブさがよく出ている。しかしその華々しい光に中てられて、萎縮する向きもあるようだ。
「すごいなぁ……わたしみたいなキノコは、普段着にすら難儀するわけで……」
「お、同じく、です……わたしみたいなタヌキが、着飾るなんて畏れ多い、です……」
「あー、やっぱり大人しい子たちは、仮装してくることはできなかったようですわね。いいんですのよ、あなたたちはそうやって普段通りで十分かわいいんですから」
フミネとクーポの頭を撫でながら、エルネヴァの視線は続いて入ってくるドヌキヴ、タチアナ、ニェーニェ、リョフメトに移った。
いつもの民族衣装を着ているラグロウル族……その中でも友達作るの苦手族たちを代表して、リョフメトが元気に挨拶してきた。
「デュロンくん! 雪の結晶になろうとして結局断念したあたしが来たよ!」
「なんかやったろうとしたけど、滑るリスクを回避したんだな。偉いぞー雪ん子ちゃん」
「そういうデュロンくんもそのタイプでしょ!? 結局なにもいい感じのネタを思いつかなかったんでしょ!?」
「なんで俺がお笑い要員確定だって知ってんだよ」
その騒ぎで友達がたくさん来ていることに気づいたようで、魔女っ子ソネシエがやってくる。
「みんな、いらっしゃい」
「うわあ、ソネちゃん仮装してる!?」「ソネシエちゃんすごいです!」「苦手族を抜けるつもりでござるか!?」「裏切、り……?」
「なんで仮装パーティで仮装してることに対してザワついてんだお前ら……」
ソネシエは気にせず、もそもそと小さな包みを取り出した。
「リョフメト、あなたにプレゼントがある」
「えっ!? な、なにかな?」
「鳥の……アイス」
「だと思ったよ!」
「自家製」
「しかも作ったの!? あたしをイジるのに手間かけすぎじゃない!?」
「初のヒメキアフレーバー」
「なんで!? なんで親友をアイスにしちゃうの!? ……うわあああ、ほんとにヒメちゃんの匂いがするよおおおお! ご、ごめん、ヒメちゃん……あたし、命……ヒメちゃんの命をいただいてるよお……」
「リョ、リョフメトちゃん、大丈夫! あたし、生きてるよ!」
泣きながらアイスを食べていたリョフメトは謎の生き物に声をかけられ、思わずスプーンを取り落とした。
「ひ、ヒメちゃん……?」
「そうです、あたしです! ねこが好きすぎて、ねこになっちゃいました!」
わー! もふもふもふ! と連続猫パンチを繰り出してくる着ぐるみ(顔だけ出るタイプ)少女を見て、苦手族一同は癒やされた表情になった。しかしそんな束の間の平和も、次の一瞬で打ち砕かれる。
「ど、どうもー、こんばんは! 来ちゃったー、みたいな!」
麦色の髪の猫系獣人、トリゴ村のキャネルは、自前ではないよくわからない角や尻尾を付けた、よくわからない格好で入ってくる。
この子はイリャヒに対してかなり色目を使うので、顔を見ただけでソネシエの機嫌が悪くなるのだが、今回はそれだけには留まらなかった。
「おう、キャネル、よく来たな。えーと、それはなんの仮装なんだ?」
「え? んー、特に決めてないかな。なんかこういう種族いそう的な感じ? あはは」
「……で、出たよ、クオリティの低い仮装で堂々と参加してくるギャル……」「実在するんですね、妖怪の類と思ってたです」「ふぅ……いけ好かない……」「拙者暗殺よろしいか?」
「お前らいい加減にしろ。キャネル、このちびっ子たちのことは気にすんな。イリャヒその辺にいるから探してきなよ」
「そ、そう? じゃ遠慮なく……」
「デュロン、あなたを斬る」「デュロン・ハザークを処刑せよ」「裏切り……」
「あーめんどくせー……苦手族じゃないラグロウル族はフクサ以外来てねーのか?」
幸いすぐにラヴァとリラを見つけたので、苦手族全員を預けてしまう。だいぶ文句を言っているが聞こえないふりをして、デュロンは大好きな猫のお姉さんに会えてご機嫌なヒメキアを連れ歩いた。そしてさらなる追いにゃんこで、彼女の機嫌はさらに良くなる。
「あっ、ミュールちゃんだ!」
「おー、首尾よく誘ったんだな」
「へへ! あたしとソネシエちゃん、ミュールちゃんとすぐ友達になったんだー」
ミュールは無口な猫系獣人の女の子で、三角耳を擁する美しい金髪と、長い金色の尻尾が目立っているのだが、それらは彼女の地毛ではなく仮装なのがややこしい。彼女の地毛はもっと暗色なのだ。
「つーか、今度は妖狐で被っちまってるな……あ、もう一人も来た」
喧嘩でも始まるかと身構えたが、ミュールに遭遇したレイシーは、躊躇いなく手を繋いだ。どうやら元々仲が良かったようで、一安心だ。美しい二人の様子に、周囲が自ずと沸いている。
「ダブル妖狐だ」「ダブル妖狐が練り歩いてる」
「ダブル妖狐ってなんね」
「知らん……あれ、お前はこういうとき一番はしゃぐと思ってたんだけどな」
サイラスが見慣れた私服なのを不思議に思うデュロンだったが、どうやら愚問なようだった。
「オイラたち
「そうか、そうだよな」
「うっわ、あの子おっぱいでっかいね! オイラ声かけてくるね!」
「そうだな、それがお前の素だったな」
しかし結局、サイラスのナンパは失敗に終わった。
直後、巨大ないちごパフェそのものに扮したおじさんという、マジの化け物が現れて、食堂内は一時騒然となったからだ。
気絶する苦手族たちをヒメキアとともに介抱しながら、デュロンは確信していた。
今年のパーティは、例年と比べてなにかが違うと……。
そして、ベルエフはさすがに羽目を外しすぎだと……。
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