第350話 パーティを開こう!③

 とはいえ実力差は容易に誤魔化せず、残る三日間も結局ファシムに土を付けることはできなかった。

 奴の就任十日目に入れた一撃は、結果的にはマグレとして処理するしかない。


 そんな若干モヤモヤした気持ちを抱えつつも、デュロン・ハザークは1558年10月31日の朝を迎えた。

 この日はいわゆる〈人類絶滅記念日〉なのだが、あまり大っぴらに祝うと子どもたちの情操教育上良くないなどの理由で、公に祝祭などは開かれず、比較的ひっそりとした祝日となっている。


 約束通りファシムに一切の訓練を免除されたミレインの祓魔官エクソシストたちは、朝からどこかウキウキとしていたが、やはり任務は散発的に発生し、他にも色々とやることがあったため、デュロン自身も含めてみんな雑事で一日が潰れていった。

 それでも夕方頃から徐々に寮の食堂や談話室に、見知った顔もそうでない顔も、色々な奴らが集まり始め、夜のパーティに向けて雰囲気が盛り上がってくる。

 ヒメキアとネモネモに頼まれて、彼女たちの調理を補佐していたデュロンは、もっとも騒がしい竜人姉妹の来訪に遭遇した。


「お菓子をくれないと☆」「いたずらしちゃーうぞっ♡」

「出たな、お祭りお化けども。そらそら入った入った、お菓子ならたくさんあるぞ」

「わかってるぅ!」「危うくタピオラしちゃうとこだったよ!」

「なにをするんだそれは、悪戯よりこえーよ」


 ニゲルとヨケルはコミカル寄りのド派手メイクがキメッキメで、服の至るところに月や星、お化けやお菓子といったモチーフが散りばめられている。

 その格好のコンセプトはなにかと尋ねると、「今夜そのもの」という答えが返ってきた。


「そういうデュロンくんはなんで普段着なの?」「いい仮装がなかったの?」

「いや、別に仮装しなきゃ参加しちゃダメってわけじゃねーぞ。お前らはこういうの好きだろうけどよ、はしゃぐの苦手な奴らが遠慮して来なかったりしたら意味ねーだろ。ほら、イリャヒだって普段着だ」

「どうも、こんばんは」

「こんばんはイリャヒさん!」「こんばんは……あれ?」「普段着のようで!」「普段着じゃない!」

「いや普段着だろ?」

「違うんだよ、デュロンくん!」「これは吸血鬼が吸血鬼の仮装をするという高度な擬態なんだよ!」

「ふふ、バレてしまいましたか……タピオラの眼は誤魔化せませんね」


 なぜか得意げなイリャヒの姿を改めて確かめたが、デュロンは再度顔をしかめるしかない。


「いや、こいつ普段から私服でも吸血鬼っぽい格好してる吸血鬼だから、イリャヒがイリャヒの仮装をしてることにならねーか?」

「うーん、そうなってしまいますかね」

「どんだけ自分に自信あんだよ、仮装ってそういうんじゃねーだろ……」


 いや、たぶんめんどくさかったのでそういう体で露骨に手抜きしたか、話を合わせているだけで普通に普段着なのだろうが、似たようなことをしている奴がさらに現れてしまったので、デュロンはそれ以上の追及を引っ込めてしまった。というか……。


「……誰だ? いや、普通に知らねー奴なのか?」

「あ、ごめんごめん。あたしあたし、レイシーだってば」


 言われてみれば顔立ちと体格、日焼けした肌は確かに彼女だ。

 しかし逆立った真っ白い髪は、てっぺんに付いた三角耳も含めて、ウィッグとは思えないくらい似合っている。

 狼血鬼ライカンピールとしての自前の魔力で、紅に染めていた眼を元のブラウンに戻し、市長の一人娘は説明を加えてくれる。


「どう、結構イケてるでしょ? これは『父方の血に眠っていた妖狐の力が目覚めて最強になったあたし』の仮装よ! 本当は額に第三の眼が開いた的なのも追加しようかと思ったんだけど、あんまり要素がゴタつくと主軸がわかりにくくなるかもだからさ」

「なんなんだその設定……だから仮装ってそういうんじゃねーだろ」


 だが魔族たちにとっての清しこの夜、タブー視されているのは人間あるいはその死を揶揄するような表現のみであり、それ以外なら漠然としたお化け的ななにかに扮してみたり、他の種族に成り代わってみたり、あるいは自前の変貌能力の範囲外となるなりたい自分像を実現してみたり、自由な仮装が許されるそうで、次々に集まる魔族たちの様相は多岐に渡った。

 ジュナス教という枠組みもある程度緩和されるという特徴は、春の〈恩赦祭〉とも共通していて、それゆえ今夜はこういうのもアリだ。

 親友の姿を眼にし、一瞬だけ料理の手を止めたヒメキアの顔が綻ぶ。


「あっ、ソネシエちゃん、かわいい!」

「ありがとう、ヒメキア」


 解禁された魔女の装いは、やはり彼女の黒髪黒眼によく映えていて、その後ろから現れる人物でなくとも、見惚れるのは仕方ないと思われた。


「キャ〜、ソネシエちゃん、素敵〜! 一番輝いてるわ〜!」


 シャルドネもほぼ普段と同じ服装だが、サスペンダーや鳥打帽など細部が異なり、肩の上に陣取る使い魔の栗鼠がバシバシ瞬きする傍ら、彼女自身も手元の羊皮紙になにごとかを延々と綴っている。デュロンの視線に気づいてはにかみ、シャルドネはいつもの柔らかい物腰で教えてくれた。


「私は邪悪な新聞記者! ソネシエちゃんのかわいさについて、言葉を尽くし書き立てるわ〜! 明日の一面は、姪っ子の晴れ姿ドバ〜ンよ!」

「こっわ、なにその存在……下手な妖怪より呼びたくねーよ」

「ふふふ、今夜の私は一味違うの〜。記録は二段構えを手配済み〜」

「は〜い、こんばんは〜。お招きいただいて、ありがとうね〜」


 口調のテンションがほぼ同じ女性が、シャルドネの後ろからもう一人現れた。

 しかし特に縁者というわけではなく、たまたまどこかで知り合う機会があったようだ。


 服装はちょっと際どめのイブニングドレス、若干過激なアクセサリーを身につけて、角は自前の変貌のよう。

 照れて笑うと、途端に普段の彼女が表れる。


「これでも種族的には、だいぶ控えめなんだよ〜。どうかな、シャルドネさん?」

「いいわよ〜、ムラティちゃん、かわいいわ〜。とってもサキュッとしてるわよ〜」


 淫魔サキュバスが淫魔の仮装をするとは、これまた王道ゆえに破壊力抜群だ。

 たまたますれ違った男性の祓魔官エクソシストに対し、ムラティが慣れない手つきでフニャッとしたハートを作ってみせると、相手は一発で恋に落ちた。

 無差別魅了はやめてほしい、しかも魔力でなく素なのがより悪質だ。


「とにかく彼女には彼女の弟ちゃんが来るまでシーンごとにソネシエちゃんの似顔絵を描いてもらうの〜!」

「それもうただの時間外労働じゃねーか……」

「大丈夫だよ〜。シャルドネさん、事前に破格の報酬をくれてるから〜」

「それはそれでなんかヤベー気がするが……」


 シャルドネがソネシエを追いかけて行ってしまったため、ムラティが改まった様子で話しかけてくる。


「そうだ、デュロンくん、ごめんね〜。うちのかわいい弟ちゃん、誘うの難儀したでしょ〜。あの子ほんと頑固だから〜」

「いや、俺がわがまま言って引っ張っただけだから。それよりアンタ、その露出度はブルーノ先生から指導入るぜ。あいつぜってーそういうのうるせータイプだろ」

「大丈夫だよ〜。あの子、わたしに対してそういうこと言うと、なんかわたしのことをそういう意味で意識してるみたいになるのが嫌だとかで、逆に言ってこないから〜」

「あいつほんとめんどくせーな、姉に対してだけ十歳くらいで精神年齢止まってるだろ。だから就職しようが別居しようが全然自立でき……おいちょっと待て姉貴、なんだその格好!?」


 ムラティには申し訳ないのだが、どうしても話の腰を折る必要が出てきて、デュロンは見慣れた顔を呼び止めた。

 オノリーヌは洞窟に住んでいる原始民族のような装いをしていて、牙のネックレスは大変に格好良いが、問題はただ一つ、肌を出しすぎなのだ!


「ふざけないでくださーい! なんですかーその谷間と太腿はー!? 先生は校則についてそういうふうに教えましたかー!? ハザーク家の家訓に反しまーす! ったく親の顔が見てみたいぜ、死んでっけど!」

「動揺しすぎて口調と立ち位置がグチャグチャになっているのだよ。大丈夫かね弟よ」

「テメーの心配をしろ、嫁行けなくなんぞ!? お前、もっと……他に、こう……あるだろ!? だいたいアンタは昔っから男の視線をちっとも気にせず、アタシの心配だって全然聞かない子でさー、困ったもんだわまったく!」

「ついにオカンになっているのだよ。わかったわかった、ちゃんと隠すから」


 ニヤニヤしながらマントらしきものを羽織る姉。そういうのがあるのなら最初からそうすればいい。


「合格! 行ってよし!」

「はいよー」

「わ〜、めちゃくちゃ横柄だ〜。わたしの男友達に会うときのブルーノにそっくり〜」

「……あっ、すまん、見苦しいところを見せちまったな」

「本当に見苦しい。シスコン極まりない」

「うるせー魔女っ子、クソ長い変身呪文唱えて舌噛んでろ。とにかく今夜は寛いでってくれよ、ムラティさん」

「は〜い♫」


 一息吐いたところで、デュロンはリュージュの姿を見つけた。親友なだけあって、オノリーヌと同じコンセプトと思しき、ワイルドスタイルが板についている。


「やっているな、デュロン」

「おー、良い毛皮じゃねーか。それもしかしてブーメランも自作か? 超カッコイイぜ」

「お褒めに預かり光栄だが……なあソネシエ、露出度は同じなのだが、この反応の差は巨乳かどうかの違いか?」

「そうではない。肉親かどうかの違い。なのであなたには注意しない」


 なにを言っているのかわからないが、二人してどこかへ行ったので、デュロンも知った顔への挨拶を続けていく。


「おー、お前らよく来てくれたな」

「ちーす」「こんばんは!」「ど、どうも」


 ターレットの扮装は砂漠の王子、ナキニは砂漠の女王という感じで、サヨは……砂漠の、なんというのだったかデュロンは忘れたが、とにかく包帯でぐるぐる巻きのあれだ。

 サヨの控えめな性格で、連れの二人がこの組み合わせなら、普通に泣き女とかで置きに行っても良かっただろうに、ずいぶん攻めている。というか……。


「サヨ、アンタそれ、まさか包帯の下は……」

「ふ、ふふ……デュロンくんも、やっぱり男の子なのね……裸の上に直接巻くほど、わたしは隙だらけじゃない……ちゃんと全身タイツ地の上に巻いているわ……」

「えっなにそれ、逆にエッロ」

「!?」


 思わず所感が飛び出てしまったが、ターレットが冷静に同意してくれる。


「ほら、だから俺もそう言ったじゃん」

「そ、そんな……ゆったり着込んでも『逆にエロい』と言われたし、わたしはどうすれば……!?」

「気にしないでいいのよサヨちゃん! 男子は女子がなに着てもだいたい『逆にエロい』って言うんだから!」

「そうそう。だからナキニみたいに最初から露出度上げとくのが、逆に一番男からの視線をコントロールしやすいんだよ」

「その『逆に』がわからない……!」


 長い髪を掻き毟って理解に苦しむ様子は、とてもそれっぽさが出ている。サヨは演技力も一流のようだ。

 デュロンがふと気配を感じて振り返ると、タピオラ姉妹がなぜか苦い顔で呻いていた。


「や、やばいよ、ヨケル……知らない間に結構濃い人たちが増えてるよ」

「油断したよねお姉ちゃん……このままじゃ、うちら目立たなくなるよ」

「お、おい、待て。別に無理して目立たなくても、お前らはそのままで……」


 その後なにを思ったか、食堂に魅了チャーム幻惑ミスト息吹ブレスが吹き荒れて、耐性のない者たちが若干ラリった。

 特にヤバかったのがドルフィだが、いつも通りと言えばそうだった。

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