鴻鵠安んぞ燕雀の心を知らんや

第349話 おうちに帰るまでが遠足です

 帰りの馬車はずいぶん騒がしかった。開き直ったドルフィが「あのぉ、実はデュロンくんがぁ、わたしの裸を見ちゃいましてぇ……」というウザい絡み方をしてきて、それに反応したブルーノが「は?」みたいな半ギレでデュロンを見てきて、非常にめんどくさかった。

 イリャヒとレイシーはニヤニヤ静観しているし、ヒメキアはオロオロしているし、ソネシエは無だし、どう弁解したものかわからなかったが、とにかく今回はデュロンに非はないということはわかってもらえた。たぶん。


 あと座席のスペースが六人分しかないので、女子四人が代わる代わる誰かの膝に座っていくという、変則的な椅子取りゲームのようなよくわからない遊びがずっと続いていた。

 主に女子同士が座り合ってイチャイチャしていたし、ソネシエがイリャヒを我が物顔で椅子として占拠する様子は微笑ましいのだが、レイシーやドルフィが悪戯半分で照れながらデュロンやイリャヒの上に座ろうとして、ソネシエやブルーノがピリッと殺気を放ち気まずい空気が流れるということが何度かあり、これなんのためにやっているのだっけとみんなが思った。


 道中を一番楽しんでいたのは、便乗してみんなの膝の上を渡っていたヨハネスだったようだ。

 自分のところへ戻ってきた彼を嬉しそうに撫でる飼い主さんに、デュロンはふと気になって尋ねた。


「ヒメキア、疲れてないか? 着くまでもっと寝ててもいいんだぞ?」

「大丈夫だよ! あたし、今夜はあんまり眠たくならないんだー」


 デュロンはその理由に思い当たり、複雑な気分になった。ファシムの基礎体力向上訓練が、地味に成果を上げてきているのだ。喜ばしいことなのだが、奴の思い通りに進むのはなんだか気に入らない。



 翌日の午前中に馬車はミレインに到着し、祓魔官エクソシストの五人はレイシー、ブルーノと別れて、聖ドナティアロ教会へ報告に訪れた。

 といってもアクエリカが使い魔で現場を把握していたので、形式的な挨拶と確認に留まり、すぐに彼女の執務室を出て、ぞろぞろと回廊を歩いていく。


 レイシーが両親とするやり取りは予想できたし、ブルーノの上司たちとはお喋りする仲でもないので、済んだこととして流し……やはり気になるのは指狩りの結果だ。


 ヴェロニカのラボを訪ねると、とうに処置は済んだ後のようで、ナキニ、サヨ、ターレットがパルテノイの接待を受けて、お菓子やジュースを口にしているところだった。

 切られた指は再生能力ですでに生え替わっている、こういうところが魔族は便利だ。


「あ……」「どーも……」「っす……」「昨夜ぶりです」「そ、そうね……」


 なんとなくいたたまれない雰囲気になりかけたが、別に依然敵対しているわけでもないので、普通に話しかけてみるデュロン。


「お前ら、アクエリ姐さんのスタッフになったんだって?」

「まあね! わたくしたち三人とも親を亡くしていて、当てもなくフラフラしていたところだったから、むしろ渡りに船という感じだったわ!」

「いや、アンタに関しては借金肩代わりの関係で強制なんだけどな」

「ふふん!」

「なんで自慢げなんだ……サヨとターレットも大事ないか?」

「え、ええ……猊下はわたしたちの能力を高く評価してくださったわ……だ、だけど……」

「あー、あれだろ、『見た目が好きだから採用します♡』とか言われたんだろ」

「そうなんだよ……言っちゃ悪いけどあの人、だいぶ得体が知れないよな……」

「ターレット、お前ずいぶん優しい表現をするんだな。顔採用の常習犯、面食いクソエロズブズブ水蛇、くらい言っていいんだぜ」

「それはそれで司教猊下に対してどうなんだ!? やっぱミレインおかしいぞ!?」


 そこでふと気づいてキョロキョロするが、デュロンはヒメキアも同じ動きをしていることに気づく。


「ヒメキア、どうした?」

「デュロン! あたしのねこの女の子のミュールちゃんがいないよ!」

「いや、お前のじゃねーんだが……」

「ああ、ミュールちゃんは元々この街の子だから、普通に家に帰ったみたいだよ。固有魔術は風嵐系であんまり珍しくないから、俺らと違って指切りも免れたし」

「連絡先くらいは猊下が控えてらっしゃるんじゃないかしら!」

「そっか! やった! あたし会ってきていいかな!?」

「わたしも行く」

「ありがとうソネシエちゃん! じゃあ、あたしたちはこれで!」


 言うなり二人はダッシュで退室してしまった。苦笑しながらお茶を淹れてくれるパルテノイが、デュロンの疑問を代弁してくれる。


「あれ? そういえば、彼もいつの間にかいなくなったよね? ほら、すんごいピンク色の髪で、カチューシャ着けた長森精エルフの男の子」

「あー、プリンピね」「そうね……」「そういえばいたわね!」

「ちょっとあいつマジで嫌われてんな!? むしろ見た目的にはめちゃくちゃ存在感あるのに、スルーのされ方が生々しくて嫌だわ!」

「だってあいつ自分の喋りたいことしか喋んないからさ。いや、俺はわりと好きだよ?」

「フォローの仕方でますます痛みが生じますね、まあ妥当な評価だと思いますけど」

「グエーッ! なぜかダメージが伝播しますぅ! せめて誰か彼の消息を!」

「えーと……彼は指を切られた後、なにか当てらしきものがあるとかで、フラッといなくなったのを見た……ような気がしたわ……」

「唯一の情報が情報量ゼロなんだが」

「あ、そうなんだ?」「すごいわサヨ、目端が利くのね!」

「プリンピへの無関心すげーな!?」

「私も趣味の話とかに没頭しないよう気をつけましょう……」


 有意義な教訓を得たところで、奥から部屋の主が上機嫌で姿を現す。


「やあやあ、戻ったね、ボクの狩人たち! すこぶる良い仕事だったぞ、褒めて遣わす!」

「天才博士の仕事に役立てて光栄だぜ」

「ふふ、わかってきたじゃないか! では早速、完全体をお披露目……といきたいところなんだけど」


 見た目はそんなに変わっていなかろうに、ウーバくんが入れられている培養槽には、目隠しの布がかけられていた。

 ヴェロニカは口角を下げて肩をすくめる。


「すまんね、クライアント優先だ。君らの眼にもそのうち入る機会はあると思うけど」

「なんだよ、ケチくせーぞ。結局どういう属性の構成になったかとか、すげー気になってんのによ」

「私はそもそも実物をまだお眼にかかっていないので、惜しいものを見逃してしまいました」

「ウーバくんとやらと、直接戦ってみたくもありますよねぇ!」


 ハッ……と口を手で覆い、ヴェロニカの眼から大粒の涙が溢れた。


「ぼ、ボクの研究内容に興味を持ってくれてる……!? 嬉しすぎて死にそうなんだが……?」

「どんだけ冬の時代を生きてきたんだよ、意外と日陰の天才だったんだな」

「そうなんだよ……! ヴェロちゃん、才能は認められつつも、あんまり注目はされないことが多くてさ……!」

「パルテノイの力説っぷりが、主人を無名時代から支えてきたベテランメイドのそれなんだが」

「これを機にパルをボクの嫁に!」

「メイミア……間違えた、パルテノイ。アクエリカが呼んでいるぞ」

「あっ、エトちゃ……じゃなかった、つられちゃったよ、もうギデオンくんてば♡ すぐ行くからね♡♡」

「ギャーッ!? 天才脳が破壊される!? あのクソ妖精、絶対わざとだろ!? もうあいつを殺す専用生体兵器の開発が先決なのでは!?」

「落ち着いてくださいヴェロニカ。素人質問で恐縮なのですが、たとえばウーバ氏の指をラグロウル族の子たちで全部埋めても、かなりのバラエティやユーティリティを確保できたと思うのですが」


 イリャヒの強引な話題転換により、上手く火を点けられたヴェロニカは、一瞬で切り替えて滔々と講釈を垂れ始める。


「それも悪くはないんだけど、やはり竜人たちにも属性の偏りはあるし、なによりウーバくんがあまりに竜人寄りになっちゃうからね。彼らが悪いと言ってるんじゃないよ、そこに真の意味での万能が宿らないってだけさ」

「わたしとしてはそのよろずの中に、自分の属性が入っていないことが腑に落ちないんですけどぉ」

「そこは公約数という言い方をさせてもらおうかな。けっして軽んじているわけじゃない、ただ細分化された中でもより包括的な、大きな枠を取るという必然性が生じてしまう。話を戻すけど、もう一つ大きな理由があってね。というかイリャヒくん、良い例を出すよね」

「恐縮です」

「はい博士。竜人族の内部循環は、手足の指先まで魔力が到達するとは限らないから」

「ターレットくん惜しい! でも考え方は近いんだよなー!」

「はい、博士! 竜人族の息吹ブレスが内部循環で使われる頻度は、外部放出と半々程度であまり高くはなく、指先に必要量の魔力が溜まりにくいから!」

「ナキニちゃん正解!」

「やるなナキニ」

「す、すごいわ、ナキニちゃん……! かっこいい……!」

「ふっふーん! もっと褒めていいのよ!?」


 イリャヒもそうだが、ドルフィ、ナキニ、サヨ、ターレットもどちらかというと学究肌のようで、白熱議論が始まってしまったため、デュロンは折を見てこっそり退室した。

 やはり魔族には向き不向きというのが顕著だと、次の瞬間さらなる確信に至る。


「たった半日しかサボれず、残念だったな」


 会うなり皮肉を飛ばされるが、これももはや挨拶代わりで、特に怒りも苛立ちもなく、デュロンは自然と顔に笑みを形成している。


「貴重な一日一回の権利を、みすみすドブに捨てるほど俺もバカじゃねーよ。今日も付き合ってくれるよな、教官殿?」

「構わんが、正規の訓練にも参加しろ。貴様がいないと人数あたりの負担が増え、他の奴らが音を上げている」


 そんな形でも役に立てるなら、喜んでこの身を捧げよう。

 掲げた目標に二言はないし、もとより訂正するつもりもない。

 ファシムから感じた危険な香りは、いまだ消えてはいないのだから。

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