第346話 天気は星空、ただし火災積雲接近中

「まったく……保護・確保任務なのに、建物を壊して二人まとめて外までブッ飛ばしてしまってどうするのです」


 呆れてぼやきつつも、イリャヒは上々の成果だと捉えていた。

 レイシーが彼女だけでもと考えたようで、エーニャはとっくに姿を消した後だった。

 元々この任務はあとレイシーだけ捕まえれば終わりだったのだ、強いて追いかける必要はない。

 そのあたりをおおむねわかっているようで、レイシーは大人びたため息を吐く。


「あーあ、楽しい夜遊びも終わりみたいね……ここ結構居心地良かったんだけどな」

「レイシーちゃんよー、こういう当てつけみてーなことはやめろよ。親父さんマジで心配してたんだからな」


 デュロンに苦言を呈された彼女は、しかし心外そうに顔をしかめた。


「えっ、なに? もしかしてそういうふうに思われてたの?」

「ん? 違うのか?」

「さすがにあたしもそこまで子どもじゃないってば。まあ、そういう気持ちがまったくなかったと言えば嘘になるけど……基本は単に、エーニャの一番上のお兄さん探しに協力したかっただけ。相手が忙しくて会えなかったり、構ってもらえない寂しさは、他者ひと一倍わかってるつもりだから……」


 語るに落ちたレイシーは、顔を赤らめそっぽを向いて、口を尖らせながら髪をいじる。


「だから、その……ママはもちろん、ほんとにパパがそんなに心配してくれてたっていうなら、謝ったり、とか……しなくもないっていうか……」

「うわマジかよこいつ、結局超マザコンの上に超ファザコンなんじゃん」

「ブルーノお前……ほんと思ったこと全部言うよな……」

「でしょ? 俺ってそうなの」

「いや褒めてねーからな?」


 レイシーは本当にショックを受けたのか嘘泣きなのか、これ見よがしにヒメキアに抱きついている。


「うわああああん! ヒメキアさん、あのちっちゃい奴がいじめてくる!」

「れ、レイシーちゃん大丈夫だよ! ねこを触ると心が落ち着くんだよ! ヨハネスー、レイシーちゃんを癒してあげてー!」

「にゃぁん」

「ちょっと待って、今俺のことちっちゃい奴って言った? 普段なら許すんだけど、今ちょっと戦闘直後で気が昂ってっからな〜どうしよっかな〜」

「ベーっだ! ばーか、やってみなさいよ! デュロンさんはともかく、あんたに敗けた覚えはないってーの!」

「こらこら、落ち着きなさい二人とも」


 取り成すイリャヒの後ろから、ソネシエがひょこりと出てきて、話に入ってくる。今日会ったばかりの二人に対してこういうことができるようになったあたり、本当に成長したなと、イリャヒは場違いにもまた泣きそうになってしまった。


「ブルーノの言うことも一理ある。彼やわたしは、ちびではない」

「おっ、いいこと言うじゃんソネシエちゃん。そうだぜ、身長百五十センチはちっちゃくなんかないんだ。むしろ二メートル超えとかが普通にいるこの魔族社会がおかしいんじゃね?」

「同意する。総じて社会が悪い」

「そのまとめ方はリュージュ的な方向性なのでやめなさい」

「とりあえず平均値を爆上げしてる大鬼オーガを滅ぼしたいと思うんだわ」

「お前も過激思想に走りすぎだろ!?」


 一方その頃、解散した不良チーム〈紅蓮百隊クリムゾンセンチュリ〉の元エースとリーダーを、いまだ付け狙う悪しき者どもがいた。


「レイシーちゃんとかいうかわいい動物を発見してしまいました。わたしのお部屋で飼いたいです」

『え〜ん、わたくしのエーニャちゃがどこかへ行ってしまったわ〜。蜂蜜をかけてぺろぺろしたかったのに〜』

「おい誰かそこ二人止めてくれ」

「了解した」

「グエッ!? ソネシエちゃんそれ以上締め付けたらわたしの中身のワタが出ちゃいますって!」

「あなたはぬいぐるみなの」

「ハラワタが出ちゃうって言ってるんです!」

『ギャッ!? ちょっとメリーちゃんなにするの!? 今大事な任務先と繋がって……いたたたたた、げる捥げますって! わたくし枢機卿ぞ!? 教会世界の頂点にもっとも近い女ぞ!? なぜに美女や美少女集めてハーレム作っちゃいかんぞよ!?』

「口調どうしたんだあの人……向こうも片付いたみてーだし、撤収すっか」

『わたくしを片付けないでもらえるかしら!? とにかく、任務ご苦労様! さ……先に地獄で、待ってるぜ……』

「なんで死にかけてんだよ、こえーんだよ」


 とにかく、求められている仕事は果たした。この星空の向こう側で、今頃はアゴリゾやヴェロニカ、トレンチにも、良い報告が届いているだろう。




「ハァ、ハァ……レイシーちゃん、ありがとうございます……そしてごめんなさい……」


 同じ頃。

 木立ちの中を走り抜けるエヴロシニヤは、自分への不甲斐ない気持ちで一杯だった。

 一つ年上のレイシーのことを、新しくできたお姉ちゃんのように慕っていたのはいいが、彼女に甘えてばかりで、最後は庇ってこっそり逃がしてもらう始末だった。


 結局欲しい情報も得られず、〈紅蓮百隊クリムゾンセンチュリ〉は解散だ。

 こうなってはリーダーの肩書きも形無し、無力なおちびのエーニャは、泣く泣くおうちに帰るしかない。

 書き置きは残してきたけれど、きっと怒られるに違いない。


 この時点ではまだ、エーニャはそんなことを考える余裕があった。

 幽霊屋敷を裏から出て、闇雲に走ってきてしまったけれど、そろそろ進路を家の方向へ修正しなければならない。

 幸い月が出ているので、帰り道はだいたいわかる……という具合に。


「……?」


 しかし彼女は綺麗な夜空をわずかに隠す物体が、雲ではないことに気づくのが遅れた。

 それは妖鳥人ハルピュイアの集団だ。


 魔族の中でも都市生活に順応している個体が少ない種族の一つで、こうして独自の共同体を築いている。

 彼女たちは基本的に臆病な性格で、弱いものばかりを襲おうとする傾向がある。


 エーニャもこれまで何度か遭遇したことはあるが、遠巻きに煽ってきたりはするものの、いざ敵意を向けるとすぐさま逃げていくので、またかというのが正直な感想だった。


 だが今夜は妖鳥人ハルピュイアたちの発するクスクス笑いに、なぜか背筋が冷える思いがした。

 その理由はすぐに判明するが……空中ではなく地上の進行方向から物音がしたため、エーニャは一瞬身構えるが、すぐに体を緩めた。


「なんだ、ただの小鬼ゴブリンか……」


 言わずと知れた最弱の魔物が、なにかに追い立てられるように襲いかかってくる。

 そういえば集めた不良たちが、このあたりは魔物が出ると言っていたが、大したものではなさそうだ。

 妖鳥人ハルピュイアたちは小鬼なんか喰うのだろうか、趣味が悪いなと顔をしかめる余裕すらあった。


 いや、油断は禁物だと、エーニャはすぐに思い直す。

 乱暴な子ども程度の強さしかないこいつらでも、こうして百匹単位で群れていたら、命を奪われかねない脅威となる。

 先ほどブルーノに力負けした憂さ晴らしも兼ねて、エーニャは固有魔術〈撚糸網焔トゥワインフレイム〉を全力展開した……。




 さらに同じ頃。ジェドルはエモリーリを連れて、エヴロシニヤの進路を避けるように、木立ちの中を全力疾走していた。

 まだ状況を呑み込めていないらしいエモリーリが、追いかけながら声をかけてくる。


「ちょ、ちょっとジェドル、どこ行くわけ!? エーニャちゃんからどんどん遠ざかってるわよ!?」

「あぁ、わかってる!」

「え!? なに、彼女を仲間にするのを諦めるってこと!?」

「そうだよ……いて!」


 このくらい距離を稼げば十分だろうと考え、ジェドルとしては自然に足を止めたつもりだったが、つんのめったエモリーリが突進してきたので、彼なりに背中で優しく受け止めてやる。

 相手の息が整うのを待ちながら、求められるであろう説明を口にした。


「撤収だ、撤収。ったく、完全に予想外だぜ。さすがに今の俺たちじゃどうやったって勝てやしねぇ、エヴロシニヤは捨て置くしかねぇな」

「ケホ、ケホ。ジェドル、あんたらしくもないわね……あんなの、余裕でしょ?」

「わかってねぇな、エモリーリ。つーかなんでわかんねぇんだ? 魔力っつーか気配っつーか、明らかに触れちゃいけねぇ、爆発寸前の入道雲みてぇなのが、あいつに近づいてるだろうが」


 エモリーリの予知能力は基本的に対象を視認して、その対象の進行しつつある未来を見る形でしか発動しないらしい。

 今、彼女の使い魔がエーニャを視界に捉えたようで、理解が及んだらしい彼女は、急に大人しく同調してくる。


「オッケー、わたしだってそこまでバカじゃないわ。じゃ、帰りにミレインにでも寄ってお菓子とか買って帰りましょっか?」

「いやだね」

「あのね、あなた喰屍鬼グールのくせに喰わず嫌いは良くないわよ。実際行ってみたらそんなにひどいとこでもないから」

「聞いた話だけで腹一杯なんだよ」


 エモリーリも重々承知の上だろうに、なぜそんな提案をしてくるのか。

 仲間ならまた見つかるし、ミレインとかいう変態の巣窟にわざわざ行く必要はない。


 今回ヴィクターが立てたセカンドプランは、比喩抜きで今まさに進行中なのだから。

 敬虔ゆえの背信者こと……ファシム・アグニメットの働きに、乞うご期待だ。

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