第345話 まぁブラックサンタ的な何かとご理解いただければ良うござんす
「おやおや、派手にやってますねえ」
「派手にやっている」
さっきと似たようなことを呟きながら、イリャヒが右手を、ソネシエが左手を、それぞれヒメキアを庇うように掲げる。
炎と氷の二重防壁が炎と雷の二重攻撃を弾いた後になって、ヒメキアは自分に向かって飛んできた流れ弾を、二人が防いでくれたのだと気づく。
「あ、ありがとう、イリャヒさん、ソネシエちゃん!」
「どういたしまして。しかし我々がいないと危なかったですね、来てよかったです」
「ヒメキアの安全を考慮しないとは、彼ら四人ともわたしが斬るべきかもしれない」
「ソネシエちゃん重いですよぉ」
「わたしは軽い。簡単に抱えられる」
「いやそっちの意味じゃなくてですね……」
鎖で縛られてふにゃっとなっているドルフィだったが、いきなり横からかけられた声に飛び上がった。
「愛だな。愛が重い」
「うわ!? ギデオンさんいつの間に!? あなたほんとにどこでも現れますね、ゴキブリみたいです!」
「言い方ひどすぎるだろう。もう少し口を慎めドルフィ。というかなぜ縛られている?」
いつものようにどこからともなく現れた
「ヒメキア、また忘れているな。誰もお前を守れない状況になったら、とりあえず一回俺を呼ぶんだぞ」
「あっ、ごめんなさい! でも、ヨハネスがいるから!」
「猫では難しいこともあるだろう。その点、俺ならば……」
言っている最中に、ギデオンは鉄製の指弾を三つ放った。迫り来る雷炎をまとめて誘導して地面に落とすため、空中に金属の導線を描いたのだ。
「……まあ、こういうことだが、いずれにせよこの喧嘩は見ていて勉強になりそうだ。俺も観戦させてもらおう。イリャヒ、茶はあるか?」
ヒメキアから魔法瓶を受け取って注ぎつつ、イリャヒが彼に応える。
「構いませんけど、終わったら猊下かパルテノイに召還されてくださいね。こちらは予定が変わってしまい、帰りの馬車が定員を二人オーバーすることになりそうなのです。あなたを乗せる余裕はありません」
「そうなのか。というか、その時点でキツくないか?」
「問題ない。ドルフィとデュロンを足元の床に転がしておけば解決」
「ドルフィはともかく、なにも悪いことしてないのに転がされるデュロンかわいそうじゃないですか?」
「わたしの待遇も改善してくださいよぉ!?」
どうやらオロオロしているのはヒメキアだけのようで、たまらず彼女はみんなに尋ねる。
「だ、大丈夫かな? デュロンとブルーノさん、レイシーちゃんとエーニャちゃんに勝てるかな?」
四人を代表して、イリャヒが答えてくれる。
「そこは心配していません。ほら、またなにか始めるようですよ」
ヒメキアは普段デュロンの戦いを見ていて、大怪我しないだろうか、死なないだろうかと、ハラハラドキドキしてばかりいる。
しかし今初めて、他の仲間たちの気持ちが、少しだけわかった気がした。
デュロンはいつでも、誰かと繋がっている。それは味方の作戦だったり能力だったり、あるいは敵の用意したそれらを乗っ取ったり利用したり、食べてしまったりする。
デュロンが次になにをするか、ヒメキアにはわからない。だから心配なのだけど、だからこそ猫を見ているようで、どこか楽しくも感じるのだった。
敵がイチャイチャお姫様抱っこ形態で攻めてくるのなら、こちらも連携で迎え撃たねばなるまい。
そう判断したブルーノはすぐさまデュロンに耳打ちし、彼の了承をもって実行に移す。
といっても敵の真似をして、デュロンがブルーノを担いだところでどうにもならない。
だからこうだ。
「悪いな〜、お嬢ちゃんたち。もうすぐハロウィンだ、変な妖怪の一つも現れる。捕まったらおうちに強制送還だぜ、心してかかりなよ」
言われなくてもエーニャとレイシーは、動きを止めて唖然と見ている。
「さしずめ
「いや、まったく騎士とか聖騎士って感じじゃないんだけど!?」
そうかなぁ、かっこいいのに、とブルーノは首をひねりながら、改めてデュロンを見る。
無数に発現させたブルーノの「影の手」で全身を覆われ、確かに一見触手の集合体みたいな化け物だが、意外と……いややっぱ普通にキモいなと、ブルーノは即座に思い直した。
「まぁいいや、強けりゃ問題ないでしょ。ゴーゴー、デュロンくん!」
「
その声を聞いて、
だが先ほどまではついていくのがやっとだったデュロンが、余裕をもって追いついたことで、彼女たちは再び度肝を抜かれた様子だった。
「「!?」」
なんのことはない、ブルーノが〈
デュロンの動きは悪く言えば単調だが、良く言えば援護する際には合わせやすい。
デュロンが雷炎を多少貰おうとも、ブルーノの「影の手」のいくらかが盾になり、代わりに消滅するだけで済む。
仮に雷炎が影を貫通しようとも、中のデュロンはもちろんダメージは受けるが、生半可では動きを止めない。
なので
土台が強靭だからこそ、その突進を基軸として、ブルーノも〈
さらに、ブルーノの「影の手」は彼の手の形と、そのささやかなパワーだけを再現するものだ。
デュロンの顔含めて全身を覆っているため、確かに視界までをその暗黒物質で塞いでしまっているが……逆に言えば雷炎からデュロンの眼や鼻を守ってもいる。
加えて「影の手」自体には臭いがなく、ついでに音も遮断しないため、デュロンは嗅覚と聴覚でエーニャとレイシーを捕捉することができる。
この
多少狙ったところでいくらかの「手」を消費すれば凌げるし、ブルーノはマスクを外した際の、運動能力が微上昇するフィーバータイムがまだ少し残っているので、妨害を軽く躱して攻撃に集中できる。
緊密に連携するのは構わないが、二人でくっつくのは悪手だった。
そんなもの、まとめて叩いてくださいと言っているようなものだ。
「うわ!」「やばいっ!」
それを見たブルーノはデュロンの体から「影の手」をどんどん引き剥がしつつ、残ったデュロンとレイシーを覆うドーム状に展開して、その終端……真っ黒い拳の威力を空中に浮遊するエーニャに向かって集束させていく。
エーニャとレイシー、どちらも逃がすつもりはない。
「ふんぬぬがわわあ!!」
もちろんエーニャも黙ってボコ殴りにされるわけではなく、炎の糸を紡ぎ上げたかと思うと、群がる影の手群を半ばまで押し返して拮抗してくる。
視覚では捉えられないが、その赤と黒のドームの中で、デュロンとレイシーが壮絶な乱打戦を繰り広げているのがブルーノにはわかり、ときおり漏れ出る気迫のように、雷が影を裂いて空気を焦がす。
だがこうして力勝負に持ち込むと、互角なのは最初のうちだけだった。
一度は影を押し返していた炎も、徐々に勢いが衰え、エーニャの顔に焦りが見えてくる。
再びほぼ黒一色と化したドームの中からも、稲妻が炸裂する頻度が下がっていく。
外の魔術戦と内の肉弾戦、均衡が破られるのはほぼ同時だった。
ここに来て出し惜しみはしない。過去の自分の動作を投影し直すだけなため、魔力の燃費効率が恐ろしく優れているのが、努力蓄積型の利点の一つだ。
普通に魔力を消費して魔術を展開しているエーニャの、要は秒間出力を上回ってやればいい。
ブルーノは〈
「むぐぐ……!」
龍化変貌で鱗を発現し、防御力を上げていくらかは耐えていたようだが……やがて彼女が背に負う石壁の方が耐えられなくなったようで、轟音と砂埃を立てて崩壊した。
役目を終えて消滅していく影の手群が、覆い隠していたデュロンの姿を露わにする。
彼は突き出していた拳を引いて基本姿勢に戻り、まだ構えを解かない。
彼の視線の先にある、幽霊屋敷の裏庭には、草木以外になにもない。
ただ黒髪に浅黒い肌の少女が観念した表情で、
つまりは、そういうことだった。
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