第343話 だから悪党はやめられない②
ひとしきりナキニを詰りながら代替的にプリンピを踏み躙っていたスリンジだったが、やがて飽きた様子で、不意に
「あー、やめだやめ。やっぱガキいじめんのはあんま楽しくねえわ。もうちょい世間擦れした女を甚振るのが俺の趣味でよ」
邪悪な本性をいまいち隠せていないが、どうやら口調ほど本気で怒っているわけではなかったようで、スリンジはナキニの様子を見ながらニヤニヤ笑い始めた。悔しいが、それ以上に怖いのでどうしようもない。
足置き(プリンピ)から靴を離し、脚を組んだスリンジは一転、裏返しの上機嫌を表出し始める。どうやら元々話し好きな男のようだ。
「まあそう不貞腐れんな、せっかくだからもう少し本音を話してやるよ。俺のお気持ちなんざ聞きたかねえだろうが、そうじゃねえ、これはリッジハングとしての公式見解だと思ってくれりゃあいい」
ナキニたち〈
「使い方が気に入らねえってだけで、血有魔術〈
別に
お前にとっては期限を誤魔化す手段に過ぎなかっただろうが、本来それはこの世界の秘密を暴く鍵……いや、逆か。世界の秘密を封じる錠って表現が近いかもしれねえな。
そいつがなけりゃ〈恩赦の宣告〉は起こらず、お偉い人間様はいまだ聖性により俺たち魔族を踏みつけ
話しているうちに興が乗ってきたようで、スリンジの眼がなにかに取り憑かれたような、ギラギラと不気味な輝きを発し始める。
冥土の土産というわけではないのだろうが、最後まで聞くと後戻りできなくなる気がした。
今、ナキニはスリンジに対する恐怖ゆえに口出しできないが、それ以上に、この謎を知った対価を命で支払わせるべく放たれる刺客は、他ならぬジュナス教会の仕業となるだろう。
なぜそれがわかるかというと、ナキニも〈支払猶予〉の悪用手段については一通り考えたため、そこに思い至った……いや、思い至ってしまったからだ。
その闇は秘密部隊〈銀のベナンダンテ〉など比較にもならないくらい深く、底には神の禁忌そのものが静かに横たわっている。
180年間の人類殲滅戦争、その……もう一つの目的そのものと考えられる。
「今もその辺に使い魔をへばり付けて、抜け目なく盗み聞きしてやがるんだろうが……アクエリカこそが〈支払猶予〉が持つ意味を誰よりも知ってやがる。
ナキニ、本当ならお前の身柄をあの女に売っ払うに際して、何十倍、何百倍でも吹っ掛けてやって良かったんだぜ。
ああ、だがだからといって別にアクエリカはお前にあれを使わせるためっていう、実用的な理由でお前を欲しがってるわけじゃねえから、そこは安心しろ。
単にほら、アクエリカは敬虔なジュナス教徒だからな。魔術的な
正味な話その時価に比べりゃ、お前が踏み倒そうとした借金額なんざ歯クソみてえなもんなのさ。
そしてそういう意味では惜しくもある。それも『取り立て行為』に該当しちまうだろうからできねえが、本当ならてめえを部下に迎えてえくれえなんだ。それも幹部級の高待遇でな。
いいか、これは皮肉でもなんでもなくマジのマジでだ。もったいねえな」
さすがに結論までは明かさないようで、話はまったく違うところへ着地した。しかしそれで良かったのだろう。
今この世界になにが縛りつけられているか、みなまで言及しようとした時点で、この馬車を迎えるのは朝露に輝く聖堂ではなく、夜の帳を割いて今にも現れる、闇より暗い黒服たちとなる……そんな気がして、ナキニは身震いをした。
しかしどうしても興味があるようで、ターレットが別の角度から探る声が聞こえる。
「……その話、ブルーノくんは詳しく知ってるんですか?」
「ん? いや……まあいずれはあいつにも教えるかもしれねえが、今はまだちょっとな。あいつああ見えて結構甘えだろ? 腕は立つんだけどな……実際あいつに限らず、今も様々な業界で有望な若手が育ってると聞く。魔族社会の未来は明るいと思うぜ。現行体勢で続くならの話ではあるが」
「あなたたちリッジハングに、教会を倒す策がある……ってことですか?」
「そうだったらいいんだけどな。俺たちがなにかするまでもなく、勝手に倒れちまうかもしれねえってことだ。すでに兆候は見え始めてる」
高利貸したちがどんな未来を取り立てるつもりなのか知らないが、ナキニとしてはとにかく関わりたくない。
教会に帰依したら喜んで修道女にでもなんにでもなり、ひっそりとそのときを待つことにしたい。
この世界に生きる魔族たちに与えられた〈恩赦〉は、果たして本当に自由を保障された上での本物だったのか。
その真意が明かされる審判の瞬間に、間近で立ち会うなど真っ平御免だ。
「ヴィクター、テメェらしくもねぇ、ずいぶん弱気じゃねぇか。戦力が足りねぇんなら、先に俺がそっちに合流して、リッジハングを叩いてやろうか?」
『違う、違う、そういうことじゃないんだよ。わかってないなあジェイちゃんは』
「その呼び方していいのはパグだけだ、殺すぞテメェ」
ヴィクターの使い魔であるモモンガを首に巻いて話しかけながら、移動しかけていたジェドルは木立ちの中で足を止める。
『おっかないなあ、いいから聞いてよ。確かに今、先発した教会の馬車に乗ってるスリンジと、周りを歩いてる部下たちを倒すことはできなくはない。だけどね、あいつら超しつこいんだよ。スリンジを仕留め損ねたら、以後ずっとあいつらが僕たちを目の敵にしてくるわけで。逆にもしスリンジを殺しちゃったら、トレンチ兄さんが100%ブチキレて、あいつ自身を含めた全戦力を傾けて、僕たちを地の果てまで狩り立ててくるだろうね』
「今、全戦力っつった?」
『うん、全戦力。トレンチとスリンジはお互いを自分の半身みたいに思ってるからね。片方が殺されたら、もう片方は組織の維持とか考えなくなると思う。だから嫌なんだよ』
「そんなもんかね」
『自分に置き換えてみてよ。もしパグ』
「なるほどな」
『理解早っ! でもまあそういうことなの。ってわけで、まだスリンジが気紛れや大ポカを起こす可能性もなくはないから、いちおうこっちで尾けてくつもりだけど……どうする? むしろ、こっちがそっちに合流しよっか?』
「舐めんな。今テメェがすべき心配は、ホストハイドのガキにリーダー代わられちまうことだろうがよ」
『そりゃ頼もしい。期待してるよ。じゃ』
リンクの切れた使い魔をブン投げようとして……そのまま首に巻いておくことにする。そんなジェドルの様子を見ていたエモリーリが、呆れた様子で口を開いた。
「しかし、あんたたちも因果なもんよね」
「あ? なにがだよ」
「〈ロウル・ロウン〉でのヴィクターもそうだったんだけど……ずいぶん意識して嫌って対抗心燃やしてるわりにさ、なぜかデュロンくんが勝つ方に賭けてるわけよね」
「……」
「むしろ彼のこと好きなんじゃ?」
「いや、それは、ない」
「じゃあ、あれかしら? 俺に敗けるまで、他の誰にもやられんじゃねぇぞ的な?」
「……」
「なんかその無意識が自然と顕在化しちゃってる感じ?」
「……」
「ね、なんか言ってよ」
「……いや、その……うん……いや……」
それはできれば気づいてほしくなかったし、言ってほしくもなかった。
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