第341話 武門のお嬢にはこの挑発が絶対効くと確信した次第ですぜ
街一番の高利貸しの情報力を甘く見てもらっては困る。アクエリカに耳元で囁かれるまでもなく、ブルーノはレイシー・オグマの固有魔術を把握していた。
識別名は〈
まず前提として、レイシーは
前提二つ目、固有魔術の性能の一部として、レイシーの体は戦闘中常に帯電している。迂闊に触れれば痛みと痺れ、ダメージを受け、場合によっては一発で失神に至る。近接格闘の併用を志向していることは、当然と言われればそうではある。
「どうしたの、取り立て屋さん? ずいぶん口数が少なくなってきたんじゃない?」
何度かの攻防を経て距離を取り直し、やってやれない相手ではないと確信したようで、そう言うレイシーの方は口数が多くなり、表情に強気の笑みが増えてきた。
「…………」
「いや、なんか言いなさいよ!?」
「あ、ごめん。考えごとしててさ」
「ああ、いいのいいの。あんたみたいなマイペースな天然の相手は慣れてるからさ」
「そうなんだ。俺はお前みてぇな跳ねっ返りの女は慣れてねぇわ〜。付き合うならやっぱり、朗らかで天真爛漫な癒し系がいいよね〜」
「今あたし歩み寄ったわよね!? なんで無闇に突き放すの!?」
「え? あんた俺のこと好きなの?」
「え? ううん、全然。
「良かった〜、俺たち両想いみてぇだね」
「そうね、遠慮なく叩き潰せるわ!」
こっちの台詞だ……と言いたいところだが、この電気狼、捕捉するのにはまだ時間がかかりそうだ。
「さあお立ち合い! 瞬きしないでよね!」
レイシーは魔法の杖を振るうように、人差し指で空中に曲線を描いてくる。
その軌跡に沿って雷の道が通り、それが二秒間ほど保持される。
同じように発動する能力でも、視界内の物体をぶった斬るウォルコ・ウィラプスの〈
「クソ……使ってて楽しそうな固有魔術No. 1の座は譲りませんぜ」
「そんな部門で張り合ってないけど!?」
この雷の道もレイシーの体と同じように、触れれば通電する危険物なのだが……レイシーが乗るとスケートのようにその上を滑走でき、しかもトロッコの線路のように自動的に運搬してくれる仕組みになっているらしい。
重心や姿勢の制御も無視した高速滑走を実現する、この本質的には単なる移動補助能力でしかない固有魔術に、ブルーノはさっきから翻弄されまくり、一方的に電気や蹴りを食らうばかりで、正直疲れてきた。
「余所見も禁物、花火じゃないわよ!」
「ニクいね、半分は設置型の罠じゃねぇか」
この〈
滑走の軌道は見えているゆえ予測は簡単といえば簡単なのだが、仮に読み切ったとしても触れればダメージが来るので迎撃すら迂闊にできない。
「観念しなさい!」
「やなこって」
今また空中に新たな道が描かれ、普通の跳躍や飛行ではありえない角度と速度から、洗練された蹴り技が畳み掛けられてくる。
レイシーは両手の動きを描線に集中し、足で移動と攻撃を繰り返して、ブルーノの〈
〈
「ならこんなのはいかがかしら!?」
「どれ、一丁拝見」
明らかにブルーノの動きに慣れてきた様子で、徐々に余裕ぶっこいたアクロバットをかましてくるレイシー。
両手でまっすぐ引いた線に両足それぞれを乗せ、大股開いての滑走で正面から突っ込んでくる。
直後に上方へ大ジャンプ、まではブルーノにも読めたが、跳んだ先にはすでに新しい線路が設置してある。
宙返りの後ダイナミックな急旋回でブルーノの背後へ着地し、勢いそのまま放たれた足払いにはなんとか反応できたが、お返しに放った黒の十撃は華麗なバックスライドエアウォークで躱されていて、優雅なお辞儀のおまけつきだ。
完全にナメられている。というかもう、根本的な運動性能でまったくついていけていない。冷静に考えると、魔術を使える人狼とか普通にキツい、やっていられない。
「レイシーちゃんレイシーちゃん!」
「なに、エーニャ!?」
その次の攻防の最中、エーニャがレイシーによくわからない用件で話しかけてきた。
それ自体はレイシーの隙を作ることはなかったが、エーニャのおかげでブルーノは閃いた。
なにもやりにくい相手と無理して継戦する必要はないのだ。
「デュロンくん!」
名前を呼び、右手の人差し指を軸に親指を回転してみせると、この場限りの相棒は敏感に意図を察し、すぐさま交代に応じてくれた。
ブルーノはレイシーへの置き土産として〈
彼女は面食らった様子で、それでも構えを取って迎え入れてきた。
「わっ! 新しいけだものさんが襲ってくる!」
「こんばんは〜。俺はマジで獣だから気をつけてね〜」
「今度のけだものさんは全然紳士じゃなさそうです!」
「そのと〜り。挨拶代わりに五十発どうぞ」
「ぎゃああ!?」
突如として黒い拳の殺到を受けた彼女は、両手から炎の糸をめちゃくちゃに振り回してくる。
しまった、焚き付けると良くないタイプだったかもしれない。
逆に猛撃を浴びることとなったブルーノはなんとか捌くも、数発の手傷を受け、自慢のマスクが半ばから切断されて燃え落ちる。
「うっ……!? な、なんなのそれ……!?」
晒されたブルーノの素顔は、昔受けた拷問による傷だらけで頬肉が剥がれ食いしばった奥歯が剥き出し……などということはまったくなく、つるんとした普通の鼻、口、顎を擁している。ガキみたいな顔立ちはちょっと自分でコンプレックスではあるのだが、エーニャが問題としているのはそこではない。
鴉のようなマスクの、嘴の中身だ。普通は薬草を入れるスペースなのだが、ブルーノのそれは人狼の嗅覚がなくともわかるほど危険な悪臭を放つ、毒草のポプリと化していた。寿命を縮めず、あまり健康を害さない程度のものだが、確かに説明は必要だろう。
「ほら、空気の薄い高地で生活や訓練すると、肺や心臓が鍛えられるって言うじゃん、あれよあれ。本気で強くなるなら、毒の一つも喰わなきゃな〜。だろ、デュロンくん?」
やはり人狼は耳聡い、不意に話を投げても「まーな」と返事が飛んでくる。
娑婆の空気を吸うと一時的に動きが良くなるが、所詮は気休め程度で、効果時間も短い。
ならせめてそれを精一杯活用すべく、ブルーノは危険を承知でエーニャを煽り立てる。
「そんじゃこっから本腰入れるんで、なんとかついてきてね〜、温室育ちの蚕ちゃん」
一瞬で沸点に達した炎使いの激情が、獰猛な指先から運命を斬り裂く赤い糸を繰り伸ばすのが、ブルーノの眼にハッキリと映った。
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