第340話 デカブツ、木偶の坊、独活の大木
ホストハイド家の強い血は、どのような種族の嫁や婿を迎えようとも、ほぼ例外なく
灰竜族ことラグラウル族を代表とする、現行魔族社会ではより一般視される
そしてもう一つは、これは現行魔族全体にも言えることなのだが、男は膂力、女は魔力に秀でるという傾向を、より顕著に示しているという点である。
従って、ホストハイド家の末娘であるエヴロシニヤは、肉体的にもっとも未熟なホストハイドであると同時に、魔術的な潜在能力がもっとも高いホストハイドでもあることになる。
見た目はかわいらしい少女だが、侮っていい理由は毛の先ほども存在しない。
そのことを踏まえつつ、デュロンはいつも通りに正面突撃を仕掛けた。
エヴロシニヤの反応は、慌てふためいて両手を振り回すというものだ。
「わっわっ、こ、来ないで、けだものー!」
「それはさすがにひどくねーか!?」
「だって見た目がけだものなんだもの!」
「まだ獣化変貌してねーのに!?」
「けだものったらけだものなの!」
「くっ……悪意がないだけに、率直な罵倒が響くぜ……!」
しかし傷つけられたのは精神だけではない。繰り出される脅威について、アクエリカの使い魔が逐次情報を流してくれる。
エヴロシニヤの固有魔術は〈
糸は絡みついて燃え盛るときと、焼き切ってくるときの二パターンある。
これもナキニに対してブルーノが言っていたのと同じ、術者自身にしか見抜けない使い分けをしている「蜘蛛の糸」なのだろう。
時折五本の糸を捻って撚り合わせてくるときがあるのだが、それもまた燃焼力が高まるパターンと切断力が高まるパターンの両方あり、デュロンはまったく見分けることができていない。
とはいえ、いつまでも自分の肉でバーベキューばかりさせられているわけにもいかない。
何度目かの攻撃を受けた後、丸焦げになった右腕と、肘から焼き切られた左腕を、同時にシュワシュワモリモリ自己再生していると、エーニャが鼻白んだ様子で叫んできた。
「な、なんなの!? あなた化物ですか!?」
「いや、お前だって魔族なんだから、再生能力くれーあんだろ……」
「だとしても異常だよ! 父様やドラゴ兄様だってそこまでじゃないもの!」
「そいつはいいことを聞いたぜ。俺も一つくらいはあの人に勝ってる部分があるんだな」
自慢の長兄を甘く見られて気分を害したようで、ぷくっと頬を膨らませた後で主張するエーニャ。
「でも、兄様が言ってたよ! 再生自慢の魔族なんか、弱い証拠だって!」
「くっ……ま、まあ、あの人ほどの男が言うんなら……」
「いや、これを言ったのはドラゴ兄様じゃなくて、別の兄様だけど」
「よし、じゃそいつ連れてこい。ブン殴ってやるから」
「今のデュロンさんでは無理だと思います!」
「お前結構ハッキリ言うよな!?」
「人間で言うと、すっごい傷痕だらけで強面になってるようなものだから!」
「俺からすげー生々しい弱い奴感が出るからやめてくんねーか!?」
そこまで言われると、俄然反証を示したくなる。
「じゃ、いいや。もうあんま再生しねーことにするから」
言って、デュロンは獣化変貌する。やはりまだ慣れ切ってはいないため、集中による消耗が原因で、その名の通り飢餓感に見舞われる。口から垂れる涎の一筋が地面に落ちるより速く、一見痩せ細った体で疾駆する。
竜の子は焦らず、五指から一気に炎の糸を放射した。デュロンの方も冷静に、見極めた隙間へ体を捩じ込むように、頭からの錐揉み回転ダイブで回避する。このアクロバット、多少は食らって再生するつもりだからできることであって、そうでなければやるわけがない。
ようやく辿り着いた必殺の間合いで、デュロンは躊躇なく相手の首を狙った。
殺すつもりはない。頸動脈を傷つけて、ヒメキアにパスすれば確保完了だ。
「……ッ!」
しかしやはりと言うべきか、そう簡単にはいかなかった。ここ一番でここ一発の集中力を発揮したようで、デュロンの攻撃を紙一重で見切り、頭を下げて躱したエーニャは、ちょうど視界に入ったのだろう、踏み込んだデュロンの左足を狙って、右手の五指から掬い投げるように炎の糸を放ってくる。
デュロンが思い切り後方へ跳んで回避すると、元いた位置が横薙ぎに一掃されるところだった。危ない。ギリギリ躱して攻撃を続けようなどと欲を掻いていたら、おそらく両足をまとめて潰され、至近距離から滅多斬りの滅多焼きにされていたところだ。
一方、喉元寸前まで肉薄されたエーニャも、冷や汗をかいて苦笑いを見せる。
「やりますね、デュロンさん……あなたのこと見くびってたかも」
「そいつはどーも。まだまだナメてくれていいぞ、その方がやりやすいから」
「ううん、もうそういうわけにはいかないな」
表情を引き締めた彼女は、まるでハグを求めるように両手を突き出してくるが、もちろんそういうわけではない。
固有魔術の発動前兆である攻撃感情と、それに基づく炎熱系の魔力を、デュロンは克明に嗅ぎ取っていた。
ヤバい、なにか来る。発動前に飛び込むのも悪くはないが、格好の餌食となりかねない。
餓狼形態を維持したまま、後の先を取って動くべく、ひとまず静観に徹するデュロン。
「申し遅れました。わたしエヴロシニヤっていいます」
それはさっき聞いたが、続きがあるらしい。彼女の両手の五指から吐き出される十本の炎の糸が、彼女の眼前で糸車のように巻き上げられ、芋虫のようななにかが形成されていく。いや、これは繭だ。そのまま高速回転しながら、ある程度まで膨れ上がる。大気との摩擦なのか、キリキリキリ、と不自然な音が響いてくる。
「趣味は編み物!」
こんな邪悪な編みぐるみがあってたまるか。エーニャが一気に両手を引くと、その動きがトリガーのようで、完成した炎の繭は凄まじい勢いで錐揉み回転しつつ、砲弾のように真っ直ぐ突っ込んでくる。狙いは腹あたりの高さか。
デュロンは避けようとして思い直す。いつもの癖で自然とヒメキアを背にするような位置取りで戦っていたのだが、悪手だったかもしれない。それはつまり、デュロンが避ければヒメキアに当たるということでもあるからだ。だがそうならそうで仕方ない、ここは受けの一手に回る。
デュロンは上体を起こしたまま腰を落とし、拳を握った両腕を前に下げる。
その体勢で餓狼形態を解除し、全身の筋骨を胴体全面に集めて、大きく厚く膨張させていく。
受け切れさえすればその後は踏ん張りが効かず倒れても構わないとし、下半身はやや貧弱になっていくくらいだ。
ザカスバダク相手に使った
この
「うぎぎぎっ……!」
着弾を受けると食いしばった歯の間から、漏れ出る呻き声を止められない。
どうやらエーニャは左右の手からそれぞれ出した斬裂と燃焼、二種類の糸を編み込んだようだ。
なんとか挟み止めた両腕を食い破らんと、高速回転する真紅の繭が火花を散らす。
デュロンはしばらく耐えた後、勢いが衰えた頃合いを見計らって、一気に両腕を開いて弾き飛ばした。
「ふん!」
「嘘!?」
解けた赤い糸が崩れ落ち、空気中の熱量へと返還されるのを見て、エーニャが素っ頓狂な声を上げた。
というか凌げたこともだが、そもそも受けたこと自体が不思議なようで、デュロンの後ろへ眼を移した彼女は、もう一度声が裏返った。
「あっ!? もしかしてわたし、ヒメキアさんを狙った感じになってた!?」
「なんだ、やっぱわざとじゃなかったんだな」
嗅覚感知でエーニャが本当に焦っているのがわかるし、そもそも彼女は「ヒメキアを狙わない」とは言っておらず、当然そんな義理もないため、デュロンに怒る理由はない。
のだが、エーニャは育ちがそうさせるのか、どうしても気になるようで、わなわなと震えている。
「レイシーちゃんが言っていた、女が廃るような卑怯な真似をしてしまいました……こんなのドラゴ兄様に知られたら嫌われちゃう……れ、レイシーちゃんレイシーちゃん!」
そうしてブルーノと交戦中の親友を呼び始めるが、相手の返事はもちろん迷惑そうだ。
「なに、エーニャ!? 今見ての通り取り込み中なんだけど!?」
「そんなのわたしだって取り込み中だよ!」
「じゃあなおのこと後にしてくれる!?」
「わかった! ……ってことだそうです、デュロンさん!」
「お、おう、そっか」
どうやらなにを言おうとしたか忘れたようで、なにも解決していないにも関わらず、ニコニコしながら顔を戻してくるエーニャに対し、デュロンは反応に苦慮するが、それは相手の天然ぽわぽわ頭に対してだけではない。
とんでもない貫通力と破壊力だ、いくら再生能力があろうと、生身で相手したくない。
攻防一体の高火力を持ち、術者自身も反応がそこそこ速いという、ウォルコとイリャヒの中間くらいのタイプだ、正直かなりやりにくい、というか単純に強い。
そしてデュロンが求める助けの手は、すぐに差し伸べられた。
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