第339話 こ・れ・が! 能力を応用するってことなんですよ、バーカバーカ! …って言うつもりだったんですけどね

 ナキニの固有魔術〈濾過泡膜フィルターバブル〉で形成されたシャボン玉は、どうやら内容物が核心に位置付けられるようで、さっきからナキニの様子を見ていた通り、泡の中を泳ぐと泡ごと空中移動できるようになっているようだ。

 では、部屋中にミチミチに敷き詰められている大きな塊となった泡の核心に据えられているドルフィはどうなるか?


 泡自体がどこにも行けないので、ドルフィもそのド真ん中に浮遊したまま、どちらの方向にも移動することができない!

 その場でジタバタ立ち泳ぎするのが精一杯、恐怖に呑み込まれかけつつも、なんとか冷静さを保つ。


「あらお嬢ちゃん、バタ足が苦手なのね? お姉さんが教えてあげましょうか?」

「やめてください! これ以上そういうこと言われるとわたし幼児退行して赤ちゃんになっちゃいますよ!? バブーッ!!」

「なにこの子、別の意味で怖いんだけど……」


 そしておそらくシャボン玉の核心に指定され、真ん中に固定されるのは最初に入った内容物であるようで、後から飛び込んできたナキニは、シャボン玉群の中を自由に移動できている。


濾過泡膜フィルターバブル〉の中にある時間経過が隔絶した空間には、呼吸を阻害しない架空の液体が満たされているとでも仮想すればいいだろう。

 減速泡のそれは水より比重が上の粘いもの。加速泡のそれは空気より比重が下の、自由落下中などに近い状態をもたらすものだ。


 特に加速泡は人魚であるナキニ自身に有利なよう設計されているものに違いなく、その中で彼女がビュンビュン泳ぎ回れることにはなんの不思議もない。そして……。


「うぐっ!?」

「あーら、ずいぶん効いたみたいね。御免あそばせ。大丈夫?」


 強烈なボディブローを食らわされ、前屈みになったドルフィの顔を、殴りつけた本人が真横から覗き込んでくる。


 時間が加速されているということは、そのスピードによって生まれる衝撃力も上がるということ。

 ナキニの細腕から放たれるヒョロヒョロパンチが、何倍もの重みを伴って食い込んでくる。


 しかも一発では終わらない、一方的にボコボコだ。

 おそらくブルーノの〈闇影乱打シャドウラッシュ〉がこういう感じである、今さらながらやられた不良たちに同情する……などと、現実逃避をしている場合ではなかった。


 これはまずい。ナキニの〈濾過泡膜フィルターバブル〉は、それ自体は殺傷能力ゼロの防護・支援魔術に過ぎないため、いくつでも同時展開でき、燃費効率も抜群。おまけに吸血鬼と並べて語られることの多い人魚に対し、魔力切れを期待するのはかなり難しい。


 万事休すか……と諦めかけたドルフィの頭に、しかしようやく閃きが訪れた。


 泡の中心から移動できなくても、体勢くらいなら変えられる。

 その場で膝を抱えて丸くなり、頭を抱えたドルフィを、観念したと見たのだろう、ナキニがますます勢いづいて嬲ってくる。

 爆速で回遊しながら周囲三百六十度から袋叩きにしてくるという、〈反響酊威エコーチェンバー〉のお株を奪う一人包囲攻撃を仕掛けながら煽ってくる。


「あはははは! どんな気持ち!? ねえ今どんな気持ち!? ほんとはビビり倒しているのに強がって切ったあなたの啖呵、とってもかわいらしかったわよ!

 なのにちょっと優位に立ったら調子コキ倒して、『何度やっても無駄ですよぉ、キリッ』とか言っちゃうんですもの!

 サヨちゃんに勝ったっていうのも、どうせハッタリでしょ!? 戦闘の年季と練度が違うのよ! 今あなたが嵌まっている、このドツボをご覧なさいな!

 いいこと!? 能力を応用するっていうのは、こういう……えっ?」


 もういいだろう。ニヤけた顔を隠すのをやめて、ドルフィは相手の状態を確認した。


 ドルフィがクソデカバブルの中心から移動できず、ナキニは自由に移動できるということは、裏を返せばドルフィは大きく動かず、ナキニだけ動かせるということにもなる。

 そしてこれも先ほどドルフィ自身がしたり顔で言っていたことだが……内側は無理でも、外側は可能である。


 ファシムに看破された通り、ドルフィの固有魔術〈反響酊威エコーチェンバー〉は、「防音の小部屋を模した一定空間、具体的には相手を中心とした約三メートル四方の範囲に放つ圧力を反響・増幅する内壁を仮想し、回避不能の全面攻撃を完成させる」というものである。

 内壁を仮想しているというのは、逆に外壁は仮想していないことになる。


 つまりこうだ。ドルフィは自分の真下、クソデカバブルの下端が接する地中で固有魔術〈反響酊威エコーチェンバー〉を発動、四方約三メートル角の土塊を約三センチ角まで圧縮する。

 それによってできた〈反響酊威エコーチェンバー〉内の空いたスペースへ、存在を仮想されていない外壁を通過する形で、豪雨により蓋が吹っ飛んだ排水枡のようにクソデカバブルの一部が吸われていくのだが、ドルフィいじめに夢中かつドルフィとの位置関係が変わらないナキニは、自分の尾びれが引きずり込まれるまでそのことに気づけなかったようだ。

 ドルフィが膝を抱えていたのは、自分の脚が同じ目に遭わないための安全策だった。


 側溝に落ちて身動きが取れなくなったに等しい状況に陥り、真っ青な顔で黙りこくった相手を、ドルフィは気持ち良く見下ろし、その間抜けっぷりを嘲笑おうとした。

 が、すぐに優先順位が違うことに気づく。今相手が怯んでリカバリーに思考が及ぶまでの、しかもクソデカバブルが減ってドルフィの方が少しだけ行動自由度を取り戻しているこの一瞬こそが、唯一確実な反撃のチャンスなのだ!


 時間が加速されているということは、そのスピードによって生まれる衝撃力も上がるということ。

 ドルフィもナキニ同様、腕力にはまったく自信がないが、この空間の中においては、ブルーノやデュロンに遜色ない乱打ラッシュが可能となる!


「うりゃりゃりゃりゃ! イカ! タコ! 身の程知らず! さっきはよくもやってくれましたね、お返しですよ! このこのこのこの!」

「うわああああああんごめんなさああああい! いだだだだ! ちょっ、顔はやめなさいよ顔は! うぼぇっ!? この子ほんとに容赦ないっていうか、加減の仕方知らないんですけど!? 誰か止めて!?」

「問答無用ドルフィパーンチ!!」

「ぎゃぴっ!?」


 ナキニが殴り倒されて意識を失ったことで、発動中の固有魔術〈濾過泡膜フィルターバブル〉がまとめて解除され、クソデカバブルが崩壊・霧散する。

 彼女をクッションにする形で、共に自分が空けた三メートル四方の穴へ落下したドルフィは、想定以上に柔らかい手応えの原因をまさぐった。


「ほう……なるほどですね」


 しばらくナキニの感触を哲学的に堪能していたドルフィだったが、不意に差した影を見上げると、穴の外から真っ暗な瞳が覗き込んでいることに気づき、恐怖で声が裏返る。


「なっ、なぜあなたたちがここに……!?」


 相手の二人は答えず、問答無用でドルフィとナキニの身柄を拘束した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る