第338話 ただこれたぶん金属加工とかに使った方が活きると思うんですよね

「〈濾過泡膜フィルターバブル〉!」


 ナキニが放つシャボン玉が、ドルフィに向かって飛来した。

 対するドルフィは焦らず、どころか余裕綽々でポーズをキメて迎え撃つ。


「〈反響酊威エコーチェンバー〉!」


 捉えた外圧によってシャボン玉を破壊すると、風船のそれのような炸裂音が響いた。

 苦み走るナキニに対し、ドルフィは調子ぶっこいて講釈を垂れる。


「ふふ……何度やっても無駄ですよぉ、ナキニさん。あなたもわたしも空間を区切るタイプの固有魔術を持っている。結界構築型とでも呼ぶべきですかね?

 なんにせよ相手の固有魔術の内側に、自分の固有魔術を展開することはできない。これは魔力を持つ肉体と同じく、魔力によって構築された現象にも魔術抵抗力が発生するためです。

 ただ内側は無理でも、外側なら可能である。あなたのスフィアもわたしのキューブも、ほぼ同じ三メートルほどの大きさです。

 しかしだからこそ、あなたのスフィアはわたしのキューブに、すっぽりと収まってしまう。相性優位でごめんなさぁい♫」


 そう。イリャヒが言っていたドルフィにとって有利な相手というのは、もしかしたらこのナキニただ一人だったのかもしれない。

 だったらなおのこと、活躍のチャンスを逃すわけにはいかない。ただでさえ最近は敗けてばかりなのだから。


「まったく誰も彼も簡単に逃れてくれるものだから、まだ一度もちゃんと見せられてないじゃないですか……わたしの〈反響酊威エコーチェンバー〉の攻撃を食らうと、どうなるのかってことをですね!」

「ならわたくしも、そのご多聞の仲間入りを果たすわよ!」


 ソネシエやファシムは正面の強度が低いという欠点を即座に見抜いて反撃の糸口を手繰り寄せてしまったし、サヨに至っては身に纏ったおばけたちの霊圧で無理矢理引き剥がしてしまった。

 術中に落ち切らなかった彼らとしては、直接対戦したにも関わらず、ドルフィの能力がどういうものなのか、いまだにわかっていなかっただろう。たぶんデュロンたちにもあまり伝わっていなかったように思う。


 だがナキニはその例外、直近の犠牲者第一号になってもらう。加速の泡に引き篭もり、逃げ回っても無駄なこと。

 ドルフィは両手の人差し指と中指で正方形を作り、その小さな額縁にナキニを泡ごと納めた瞬間、固有魔術の識別名を朗々と詠唱する。


「〈反響酊威エコーチェンバー〉!」

「ぐっ!?」


 圧力でできた匣が閉じ、まずは捕捉成功。

 そしてナキニを空中に浮かべ守っている〈濾過泡膜フィルターバブル〉だが、最初の一回はドルフィもまったく破れず、圧力でぐにぐにと揉むだけに留まった。


 しかし反響増幅する匣の内側にあえてムラを作ってみると、シャボン玉をパチンと割ることに成功する。

 たぶん尖ったものでつつく必要があるのだ、自力で割り出したドルフィは天才なので仕方がない。ナキニには相手が悪かったと諦めてもらおう、そうしよう。


 自慢の泡をあっさりと押し潰され、五体を掌握されたナキニの顔が恐怖で引き攣る。

 あぁ、やはり攻めるのはいいものだなぁと、ドルフィの秘めたるサドっ気が疼いた。


 大丈夫、一気に逝かせたりはしない。万力で締め上げるように、人魚をゆっくりと捻っていく。

反響酊威エコーチェンバー〉の圧力キューブに閉じ込められた対象は、中心に向かう力によって歪められていく。


 生き物でやったことはないが、たとえば四方三メートル角の石材を、三センチ角まで圧縮できるパワーがある。

 もちろんナキニに対してそこまでする気はない、ただちょっといじめてみたい気はする。


 ……などと油断し、悠長にやっていたのがまずかったかもしれない。


「…………」


 メキメキと音を立ててなすすべなく腕や肋骨、尾びれを圧し折られながら、ナキニの珊瑚さんご色の眼に冷徹な光が宿り、その美しい顔から表情が消えたことに気づいて、ドルフィの背筋が冷えた。


 しかしなんのことはない。やはりと言うべきか、ナキニがやることは苦し紛れの〈濾過泡膜フィルターバブル〉連発であった。

 確かに彼女のそれとは違って、ドルフィの〈反響酊威エコーチェンバー〉は一度に一つしか圧力キューブを生み出せないというのが欠点の一つではあるため、防御や迎撃に手が回らず、あっさりとシャボン玉を食らってしまう。


 とはいえ〈濾過泡膜フィルターバブル〉に攻撃力はなく、当たると包まれて、ぽわんと空中に浮くだけだ。

 にも関わらず、ナキニはせめてもの抵抗なのか、死に物狂いで大量のシャボン玉を吐き出してくる。


 基本性質は見た目通りなのか、シャボン玉同士は当たるとくっついてどんどん大きくなり、ブクブクと膨れ上がったかと思うと、四方十数メートルのこの部屋に、ミチミチに敷き詰められつつあった。


「な、なんです……?」


 壁や天井を破壊する狙いかとも思ったのだが、どうやら〈濾過泡膜フィルターバブル〉は物体を貫通・通過することはできないようで、本当にただただミチミチに敷き詰められていくだけだ。

 そしてどうやらなにもしなくても一定時間経てば自然と解除されるようで、放っておくと泡はどんどん減っていく。

 しかしナキニは圧殺されかけながらも、どんどんそれを補充していく。


 なんだ? 間違いなくなにかをされている。確実な解決方法は一つだ、このままナキニを戦闘不能に追い込んで、意識を喪失させる。

 そうすればシャボン玉群は一気に消えるはず……なのだが、そうはならない。


「!?」


 ナキニを吊るし上げていたドルフィの圧力キューブが、なぜか突然消失し、手負いの人魚を空中に解放してしまう。

 地面に叩きつけられる寸前、ナキニは新しく発動した〈濾過泡膜フィルターバブル〉により、生成した加速のシャボン玉に飛び込み、そのまま空中を泳いで、ドルフィを包んでいる大量のシャボン玉群の中へ突っ込んでくる。


 ゴボゴボと鳴る水音の中、至近で人魚の眼を見たドルフィは、変わらず呼吸には支障がないため、脳に回る酸素をふんだんに消費して、状況を整理した。


 まず、さっきからナキニがドルフィに向かって嗾けている大量のシャボン玉は、ナキニ自身が入るのに使っているのと同じ、内部の時間を加速させるタイプのものだ。

 ドルフィの〈反響酊威エコーチェンバー〉が強制解除させられたのは、ドルフィ自身も把握していなかった、〈反響酊威エコーチェンバー〉にも存在する連続発動限界時間に到達させられたためと考えられる。


反響酊威エコーチェンバー〉が発動しているのは泡の外だが、術者であるドルフィが泡の中にいるため適用されたのだろう。

 魔力切れを起こしたわけでなく、連続使用を中断させられただけなのだが、再展開しようにも……ドルフィ自身がしたり顔で言ったことだが、相手の固有魔術の内側に、自分の固有魔術を発動することはできない。

 シャボン玉はいよいよ部屋全体に敷き詰められ、〈反響酊威エコーチェンバー〉を発動する隙間がないのだ。


「事態がわかってきたかしら? もう遅いけど」


 ナキニが煽ってくるように、問題はここからだ。

 加速泡の中に入っているからというわけでもないだろうが、思考が加速する。

 幸か不幸かその理由が、自分が死に頻しているからだと、賢いドルフィには理解できてしまった。

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