第337話 お嬢たちは反抗期で思春期
最後の扉を蹴破ると、期待通りの顔が待ち受けていた。
「来たわね」
デュロンが念のため懐に忍ばせておいた似顔絵を取り出して見比べてみると、間違いない。レイシー・オグマは誰に強要されるでもなく、彼女の意思でここにいるというのがわかる、ふてぶてしさ全開のしかめっ面と腕組みで出迎えてくれる。生意気なガキで結構だ。
肩まで伸びた黒髪はあまり手入れしている様子はなく、気の強そうな顔立ちをさらに野性的な美貌へと昇華している。
胸元の開いたカットソーの裾をウエストのあたりで縛っていて、日に焼けた肌を露出した、いかにも不良でございますという格好だ。
華奢な上半身はともかく、下半身はタイツ地の運動着の上からでも筋肉が発達しているのがわかり、なるほどこれは手強そうだとデュロンは唸った。
しかしあまり無言で見ているとまたブルーノからムッツリ呼ばわりされかねないので、とりあえず話しかけてみる。
「使い魔で俺らの様子を把握してたから、ってわけでもなさそうな口ぶりだな」
「その通りだよ! ようこそ、我が〈
割って入った声を聞き、レイシーの隣へ眼を移したデュロンは、魔法使いっぽい赤いローブに身を包んだその少女こそが、ナキニの言っていた「リーダー」だと、一目で確信するに至った。
まさに紅蓮と呼ぶべき、真っ赤な長い髪。そして燃えるような橙色の眼。
忘れるわけもない。これはあの男の色。この子はドラゴスラヴの親族だ。
「……どうやら、まんまと誘き出されたみてぇですぜ、あんたたちお二人」
デュロンとヒメキアを横目で見たブルーノの呟きを、エヴロシニヤ……エーニャが裏付けする。
「そう! そもそもこの〈
というのも、今月上旬にガルボ村というところで兄様の目撃情報があったというから、どうもまだミレイン近辺……少なくともミレイン教区の範囲内にはいると見て、街々に伝手を築き、足取りを辿っていたところなの!
でもやっぱり、確実に直接会っている人たちに話を聞くのが、一番の手がかりになると思ったわけでね!」
元気いっぱいのエーニャに代わって、齢のわりに落ち着いた物腰のレイシーが説明を引き継ぐ。
「こういうちょっと卑怯な方法を取らせてもらったってわけなのよ。うちのパパ、今ならなんかあったらあの女に頼ると思ってね。その上で馴染みのあなたたちが出てくる可能性は、けっして低くはないと踏んだわけ」
「あの女って、レイシーちゃんよー……」
「あ、ごめん。一時期うちのママが、グランギニョル猊下のことをそう呼んでたもんだから、つい」
オグマ家のヤバかった時期のアレはスルーするとして、ブルーノがもっともな疑問を呈してくれる。
「結果大当たりってことですかい。だけどそれならこんな
エーニャとレイシーは顔を見合わせ、共通見解を回答してくる。
「もちろんそれは考えはしたんだけど……」
「ねー。ちょっと……無理。怖い。聖ドナティアロって、あたしたち一般市民がノコノコ入ってって、無事に出て来れるもんなの? っていう話で」
「いや、そんなヤベーとこじゃねーぞ……」
「そうでもないかもです! わたし実際に一週間くらい前にミレインへ行って、おっしゃる通りのことをしようとしたんですけど、グランギニョル猊下への面会がやけにすんなり通ったはいいものの、待っている間になぜか身の危険を感じ始めたので、そそくさと退散しちゃった! 悪いことをしたなとは思うけど、後悔はしてないよ!」
「あ、それはいい判断だったかもな」
「どっちなんですかい。もっと開かれた教会を目指してくだせぇや」
デュロンが帯同している使い魔を見ると、そっぽを向いて口笛を吹いている。
ドラゴスラヴいわく、アクエリカがエヴロシニヤをなんらかの意味で狙っていることは間違いないらしい。
その面会が成っていたら、「エーニャちゃんかわいいわね……ハァ、ハァ……お姉さんにもっといろんなことを教えてくれるかしら? 変なことはしないから! 絶対しないから!」みたいな流れになって、あとは水蛇がにゅるにゅるして、ホストハイド家との戦争の火種が錬成されていたかもしれない。
「つーかそれならそれで、寮の方にでも行けば良かったんじゃね?」
「確かに」
「だよ!」
「……あ。そっか」
「そ、それは気づかなかったね!」
齢は二つ三つしか違わなかろうが、子供らしい考えの至らなさがかわいらしくはある。
だが仕事は仕事だ、それなりの姿勢は示しておく必要があった。
「だがことここに至り、俺たちがお前らと仲良くお喋りする義理はねーってことはわかるよな?」
「もちろん。だからこそこうして、体に訊ける場所へお呼び立てしたんだもの」
「おいおい〜、危険な言い回しはよせやい〜。お兄さんたちエロいことしたくなるぜ〜?」
「おい、俺を巻き込むなブルーノ……」
「やれるもんならやってみれば? あたしを押し倒せるならね、おちびちゃん♫」
「挑発のつもりなら、なおのこと適切な台詞じゃねぇな〜」
早くもブルーノ相手に火花を散らし始めたレイシーをよそに、エーニャはにこにこあせあせしていて、どちらかというとヒメキアに近い雰囲気をしている。
ヒメキアに向けたデュロンのその一瞥を勘違いしたようで、レイシーが微笑みながら髪を掻き上げた。
「ああ、心配しないで。ヒメキアさんが戦闘要員じゃないことも、その人のすごいところも、話に聞いてよく知ってる。そして、彼女がここへ派遣された理由も、だいたいは……甘やかされたものね、我ながら。というわけで、そんな人に対して手を上げるとか、人質に取るとか、女が廃るようなダサい真似はしないわ」
「気風がいいね〜……レイシーちゃん、なんだったらうちに就職しねぇ? たぶん高給取りになれるぜ?」
「嫌よ。高利貸しなんかになったら、ママが心配するじゃない。正業の定義は色々だろうけど、絶対に後ろ指差されないような仕事に就きたいわね」
「ベースはめちゃくちゃいい子なんだよな……いちおう確認するが、大人しくおうちに帰る気はねーってことでいいんだな?」
「当然。あったらこんなとこでこんなことしてないっての」
終始強気なレイシーはともかく、エーニャの反応はと伺うと……かわいい系のやつでなく、しっかりめの変顔で煽ってきた。なるほど、ちゃんと不良のリーダーだ。
「上等だぜ〜。悪ガキもママ大好きのガキには違いねぇってこと教えてやんよ〜」
「は!? え!? マザコンでなにが悪いわけ!? あたしに恨みでもあんの!?」
「キレすぎだろ、どんだけ図星なんだよ……」
「あっ、えーと、わたしのママは得意料理がビーフシチューで」
「ちょっとエーニャ、あんたは天然がバレるからあんま喋んないで!」
「レイシーちゃんひどくない!? なにか答えないとと思っただけなのに!」
ヒメキアが袖を引いてくるので、デュロンは彼女に立場を確定してもらう。
「わりーな、喧嘩が始まっちまう。お前は横で見てて、敗けて死にかけてる方を治してくれ。それが俺らでも、あいつらでもな」
「わ、わかった! デュロンもブルーノさんも、強いよ! 勝ってね!」
エールを受け取った取り立て屋は、気分が乗ってきたようで、シャツのボタンを引き千切った。
「あいよ〜。実際手強そうだ……俺も魔術頼みじゃなく、たまには体張らないとな〜……」
ブルーノは骨格的には小柄で細身ではあるものの、露出した上半身はガチガチのバキバキに仕上がっていて、日頃の鍛錬の度合いが容易に伺える。
そしてなぜかそれを見たレイシーが狼狽露わに、真っ赤になった顔を両手で覆って、指の隙間から覗きながら素っ頓狂な声を上げた。
「なに!? なんで脱いでんの!?」
「なんでって、動きやすいからじゃん?」
「嘘!? その引き締まった脇腹のラインを見せつけたかったんでしょ!?」
「ね〜ちょっとどうしようデュロンくん、このメスガキ俺の体をエロい眼で見てくんだけど」
「俺にそんなん言われても……」
彼に同調して上半身裸になったデュロンに対し、エーニャがレイシーと同じ反応を返してくる。
「うわわ!? なにしてるんですか!? なんなんですかそのいやらしいおっぱい!?」
「いやこれは胸筋なんだが……」
「嘘だよ!! それはもう定義としてはおっぱいだと思います! デュロンさんは聖職者なのに、巨乳を露出する変態なんですね!? ハァハァ」
「こいつらどうしたんだ? なんかキメてる?」
「ん〜、どうもお嬢たちは反抗期で思春期みてぇですぜ」
というか二人揃って筋肉フェチのようだ、こいつらにだけは変態とか言われたくない。
しかし……とデュロンは二人ではなく、部屋の奥を見た。
突き当たりの壁には高い位置に小さな採光用の窓があり、扉などはないが、大した問題ではない。
その壁一枚砕いてしまえば、簡単にここから逃げられるのだ。
そしてエーニャもレイシーも、それを容易に可能とする攻撃力と機動力を秘めているのがわかる。
心してかからねばなるまいと、デュロンはブルーノと並んで構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます