第335話〈第四勢力〉、介入しまーす!
次の部屋はがらんどうで、誰も待ち構えてはいなかった。
罠や伏兵の可能性も考えたが、結局なにも起こらない。
ど真ん中を堂々と歩きながら、ブルーノがぼやきだす。
あまり大きな声ではないが、建物の材質上か、結構部屋に反響する。
「大丈夫かな〜、ドルフィちゃん。さっき俺があの子を一人残してったとき、エロいこと考えてるアホな顔してっから、こりゃまずいなとは思ったんだけどさ〜、本人が言うから良かれと思って……」
「なら、今回は大丈夫だな。真面目なこと考えてる、賢い顔してたから」
「ドルフィさん、頭いいよ! ソネシエちゃんと一緒に、あたしに勉強教えてくれるよ!」
「あいつなぜか教養あるんだよな、カルト村のカルト教育も捨てたもんじゃねーな」
「カルト村言い過ぎて本当の名前忘れそう」
「エルザ村な」
デュロンとヒメキアのフォローでも、しかしブルーノは安堵しきれないようだった。
「でもあの子、堅気ではないにせよ、ほとんど素人なわけでしょ?」
「まーな、でも戦闘経験はそこそこあるらしい。つーかお前どうした、ずいぶん心配してるな。あいつのこと好きなの?」
「ん〜、かもしんねぇです」
「マジか……」
「そうなんだー!」
眼をキラキラさせて笑うヒメキアはともかく、デュロンの反応が気になったようで、ブルーノは首をひねってみせた。
「そ〜んなに不思議ですかい? 見た目かわいいし、あのめんどくせぇ性格も結構クセになりますぜ?」
「いや、惚れちゃったこと自体じゃなくて……よくそれをスッと言えるなっていう」
ブルーノはふと足を止め、デュロンとヒメキアを見比べて、顎の代わりにマスクの先端を指で挟んだ。
「はは〜ん?」
「なんだよその訳知り顔……」
「ははは……はっはっは。は〜っはっは〜!」
「急になんの笑いなんだよ、こえーよ」
ブルーノは急に真顔になり、やや真剣な口調で忠告してきた。
「デュロンくんさ〜……まだ強さに自信が持てねぇのかもしれねぇが、早めにキメといた方がいいぜ〜。あんまりモタモタやってっと、ヒメキアちゃん羽生えて飛んでっちゃうかもよ?」
「あたし、飛ぶよ! 練習してるんだー」
「そういうことじゃねぇんだよな〜、ヒメキアちゃんさ〜」
「なんで!? ブルーノさんが言ったのに!」
わちゃわちゃ揉めている二人を尻目に、デュロンの思考は泥に沈んでいった。
そうなのだ。サイラスに相談したことだが、ヒメキアの〈守護者〉はデュロンがウォルコの代理としてやっていることで、当然だがこの立場にはなんの保証もない。
デュロンがサイラスに危惧していたように、この先ヒメキアに本気で惚れ込む者が現れてもなんらおかしくはないし、そいつがウォルコと同じくらい……いや、さらに強い、たとえばドラゴスラヴのような奴だった場合、現実的な話としてデュロンはどうすればいいのだろう?
黙りこくるデュロンの様子に呆れたのか、ブルーノはさらに発破をかけてくる。
「デュロンくんがそうやってイモ引いてんならさ〜、俺がヒメキアちゃんの彼氏ちゃんに立候補しちゃおっかな〜」
「えっ!? だめだよ! ブルーノさん、ドルフィさんはどうするの!?」
「そらもうどっちもよ。俺って結構甲斐性あるからさ、どう? 俺ハーレムの一員になってみない? 最初の二人であるヒメキアちゃんとドルフィちゃんには、豪華特典つけちゃうかも」
「やだ! あたし、うわきする人は嫌いだよ! 家に帰ったらねこがいるのに、よそのねこにちょっかいかけるようなものでしょ? そんなの信じられない!」
「にゃっ……にゃ」
「ちょっとヨハネスくんがすげぇなんか言いたそうに鳴いてるんだけど、ヒメキアちゃんってもしかしてファムファタール的なアレだったりする?」
「ハムのファール?」
「それはおかずパン」
冗談で言っているのはわかっているが、デュロンとしては真摯な対応を心がけざるを得ない。
「ブルーノ……俺、この任務が成功したら、お前のことブッ殺すんだ……」
「どっちに転んでも俺に損しかない前振りやめてくれる!?」
「不安要素は潰しておかねーとな。お前が言い出したことだぞ」
「あっ、眼がマジだ……待って待って、殺意がすげぇ顔に刺さってくる」
ったく……とため息を吐いて、ふとブルーノから視線を外したデュロンだったが、奇妙なものを見つけた。
なにかと思えば、生きている本物の
夜だし活動しているのはわかるが、なぜこんなところに? どこから入り込んだのだろう? という疑問を口に出す前に、梟は慌てたふうに翼を広げた。
その理由はすぐにわかる。なぜなら次の瞬間、またしても正体不明の震動が、幽霊屋敷へ横様に叩きつけられたからだ。
時を数分遡る。
『……なんのつもりだ、ブルーノ?』
ヒメキアへ向かって伸びていた《
つまるところブルーノのパンチはデュロンのダッシュより遥かに遅く、ブルーノの首にはすでにデュロンの手がかけられ、獣化変貌で発現した鉤爪の切っ先が、その喉元へ食い込んでいたからだ。
もちろん
動けば命を奪うという脅しを成立させるためには、デュロンは漸次回復し押し返してくる筋肉と血管を、より深く傷つけなければならない。それはとうに命の領域に触れている。
デュロンの手があと少しどちらかへ動けば、ブルーノは出血多量により、最低でも再起不能にはなるだろう。
しかし取り立て屋は不敵に笑い、掠れた声で
『ククッ……あんたこそ、大丈夫ですかい……仲間割れの最中には敵が本気で襲ってこないだなんて、都合のいいことは人間時代でしか起きませんぜ……?』
『誰が仲間だ、白々しい』
デュロンは低く唸り、掴んだその手を……。
「……はぁっ! はっ、はっ……ケホッ! あー、きっつ……」
……という予知を見たエモリーリ・ウルラプープラは、〈ブマルシールサグの幽霊屋敷〉の正面から向かって左奥に位置する木立ちの中で、大汗を掻きながら咳き込んでいた。
「おい、大丈夫かよ? つーかお前のそれって、そんな負荷かかるもんだっけ?」
屈み込む彼女の背中をさすってくれるジェドル・イグナクスが、困惑気味に心配の言葉をかけてくる。
エモリーリは彼を振り返りながら、涙ぐんだ目尻を手の甲で拭った。
「基本そうでもないけど使い魔越しに見るのはちょっとキツいし、内容にもよるわね……はあーっ、かわいい男の子とかわいい男の子がかわいい女の子を巡って争うだなんて……ちょっと興奮してきたわ」
「妙な性癖に目覚めてねぇで、状況を教えろ。ヴィクターから新しい連絡は?」
「いや、相変わらず……あっ!? そうだ、それよりジェドル!」
「あん?」
「今の予知内容の実現を防がないといけないの! わたしが合図したら、あの幽霊屋敷の横っ腹を、なんでもいいから思いっきり攻撃して! 衝撃が中へ響くように、かつ壁は極力壊さずに!」
「いきなり繊細な注文をしやがる……ちょっと待て、手持ちの肉で……」
「早く早く! このままだとブルーノくんがデュロンくんを裏切っちゃう!」
「あぁ!? なんで俺が……」
「いいから! ああああ! すぐ! もうすぐだから!」
「わかったよ、準備完了!」
「よし今ーっ!」
「おおおお!? オラァ!!」
抜き打ちで竜人に消化変貌したジェドルが放った、なんかよくわからん属性だけどとにかく強烈な
これでうまくいった……はずだ。
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