第332話 フミネがフクサに庭でビームブッ放されたときに起きたのと同じ種類のやつ

 サヨから適切な距離を取りながら、まずは基礎事項の確認だ、と頭を回すドルフィ。

 その間にヨハネスが小まめに動き回り、ドルフィからはなにもないように見える空間に向かってジャンピング猫パンチをキメている。

 その動きにサヨがビクビク反応していることから、どうやらデタラメではないようだ。


「ヨハネスくんもおばけ見えてるんです?」

「ねこはおばけが見えるんだよ!」

「断言されちゃいましたよ……猫がなにもないとこ見るのって、あれ屋根裏のネズミの音とか聞いてるんじゃなかったでしたっけ?」

「??? ねずみのおばけってことかな?」

「いや、そうじゃなくて……いや、そうなのかもしれませんけど」


 とにかく見えているものは見えているということらしいので、見えない者は見えないなりの考察をしていくしかない。ドルフィはそれに徹することにした。


 サヨの固有魔術〈騒々心霊ポルターガイスト〉は魔力そのもので霊的存在らしきものを生み出しているわけではなく、あくまでその辺にいるおばけたちを操り、彼らが持つ霊圧とでも呼ぶべきものを使って攻撃してきていると考えられる。

 仮に霊体を流体のように扱っているのではなく、簡単な命令を発して動かしているのだとすれば、発動に使う魔力だけはドルフィにも感知でき、後はどこからどう来るかまったくわからないという現状にも、一定の説明が通ることになる。


「ヒメキアちゃん、おばけたちってどんな様子なんですか? わたしたちと同じような姿をしてたりします?」

「ううん。えっとね、でっかい透明ななめくじみたいな感じで、うにょうにょぐねぐねして、いっぱい飛んでるよ! 顔みたいなのもぼんやりあるんだー」

「うわっ想像したら気持ち悪……声は? なんか言ってたりします?」

「おばけは声は出せるけど、言葉は喋ってないよ! あーとかうーとか呻いてる!」

「こっっわ……やっぱわたし霊感なくていいです」


 二人が喋っている間に、サヨは次の一撃を放ってくる。こうなると攻撃してくるタイミングがわかるだけでも悪くはない。ヒメキアは勇敢に前へ出て、両手を広げ魔力を放つ。


「とりゃーっ! おばけあっち行って!」

「ぐえぇっ!?」

「わー!? ドルフィさん!?」


 庇ってくれたのは嬉しいのだが、おばけたちはヒメキアを嫌って避けて回り込み、その後ろにいるドルフィに集中攻撃を仕掛けてきたのだ。

 慌てて振り返りおばけたちを追い払うヒメキアの様子を見て、ドルフィは今さらながらに思い至る。


「……あれ? もしかしてわたしって純粋な足手まといなのでは?」

「そ、そんなことないよ! あたしは、おばけを散らせるけど……あたし本体はよわよわだからサヨさんに勝てなくて、一人じゃ次の部屋には行けないよ!」

「なるほど……そういう役割分担なんですね、わたしたち」


 必要とされるのはありがたい。なら、こういうのはどうだろう?

 ドルフィは後ろからヒメキアの腰を抱いて、伸ばした彼女の腕に自分のものを沿わせて、掌同士を重ねた。


 なにをするつもりか理解してくれたようで、ヒメキアがぎゅっと握り返してくる。

 呼吸を合わせて、二人は同時に魔力を放った。


「ひいっ……!?」


 繰り出されたのは、不死鳥の魔力を帯びた圧力結界攻撃だ。

 構築された四方三メートルの見えない檻が閉じ、巻き込んだいくらかのおばけをその中心へと圧し潰すことに成功したことを、ドルフィはヒメキアの魔力を通じて感じ取っていた。


 霊圧による防御を無視して食い破れるので、サヨ本体も捕まれば全身をバキバキに砕かれる。

 それを理解したからこそ、サヨは必死で回避しているのだ。これは使える!


 逃げ惑うサヨに容赦なく迫る追儺の匣が次々に閉じ、ついでにおばけどもをむしゃむしゃ食い潰してどんどん減らしていく。

 ついに壁際に背中を寄せたサヨの双眸が、絶望によっていっぱいに見開かれた。


「うっふっふ♡ さぁて、どう料理してやりましょうかねぇ?」

「ドルフィさん、すっごく悪い顔してるよ!」


 勝ったな! と確信を抱いてしまったのが、どうやら良くなかったようだ。


「「!!??」」


 突如として幽霊屋敷が震撼した。いや、おそらくはピンポイントでこの部屋がだ。

 内側でなく外側から、建物の屋根に対して、なにか濃密な質量が断続的に激突している。


 霊障そのものではなく、それが引き起こした二次的な物理的恐怖に際し、ヒメキアが悲鳴を上げてうずくまった。

 やはり彼女が最優先のようで、おばけの残党狩りをすぐに切り上げたヨハネスが、早足で戻ってきて彼女に寄り添う。


「わー! なに!? なんなの!?」

「にゃっ……」

「ヒメキアちゃん、ヨハネスくん、そのままでじっとしててください!」


 一人と一匹に覆い被さるようにして庇いながらも、ドルフィは敵から眼を離さない。

 切羽詰まった虚勢の笑みを浮かべるサヨは、魔力が爆発的に増幅している。


 まずい。天敵の力で窮地に追い込んだせいで、彼女の〈騒々心霊ポルターガイスト〉を覚醒させてしまったかもしれない。


 発現・確立した固有魔術のさらなる覚醒には大きく分けて二つのパターンがあり、一つは蛹が蝶に変態するように、本質的な性能がガラリと別物に化けるパターン。

 これは教皇庁が授けている識別名が更新されることが多いらしい。


 もう一つは単純な出力アップや顕著な派生技の獲得など、順当な強化がなされるパターン。

 この場合は識別名までは更新されず、今までと同じ扱いをされるのだが、逆に言うと覚醒しているのかどうかがわかりにくいという側面もある。


 サヨは後者のパターンだと思われた。室内の霊密度が少なくなってきたので、屋外の浮遊霊たちを、覚醒した精強な求心力で一気に掻き集めて、我が物としようとしているのだ。

 おばけなんだからすり抜けてくればいいものだが、サヨはあえて霊たちに屋根を破壊して入らせようとしている。狙いはもちろん……。


「ふ、ふふ……! おばけは祓えても、おばけが壊した瓦礫はそうもいかないでしょう……?」


 今、霊的に無防備なサヨ本体を倒すことは可能かもしれないが、倒れる前に最後の力を振り絞り、相打ちを狙ってくるのは間違いない。

 そうなると今ドルフィがするべきは、攻撃でなく防御だろう。


「〈反響酊威エコーチェンバー〉ッ!」


 天井の真ん中あたりに圧力キューブを押しつけて、倒壊しかけの屋敷を支えてみるが、いつまで保つかはわからない。

 ヒメキアを守りつつ上体を起こさせ、轟音の中、彼女の耳元で叫ぶドルフィ。


「ヒメキアちゃん、あなたの力は物体には効かないはず! 天井越しに外のおばけどもを昇天させちゃってください!」

「わ、わかった!」


 すぐに実行に移してくれたが、ヒメキアの魔力は天井近くに滞留してしまい、外へ出て行こうとしない。

 どうやら能力に影響のない物体を透過するにも、貫通力のようなものが要るようだ。

 癒しの専門家であるヒメキアのこと、邪魔するものをブチ抜くといった、強いイメージを持たないのは仕方ない。


「そうだ、ヒメキアちゃん! ここへ入る前に、ブルーノくんが〈闇影乱打シャドウラッシュ〉の連発で、チンピラ十人くらいを一気にボコしていたでしょう!? あれと似たような感じでやればいいんですよ!」

「えっ!? ご、ごめんなさい! あたしデュロンに目隠しされてて、見てなかったです!」


 あの過保護狼、余計なことをしてくれた!

 霊震はますます強まり、もはや屋根は保たない。


 サヨは道連れの覚悟をキメたようで、サドとマゾの入り混じった恍惚の表情で棒立ちしている。

 あいにく付き合うつもりはない、こちらは楽しいハロウィンパーティが控えているのだ!


 最初の部屋での四対百を思い出し、ドルフィの脳は閃いた。


「ヒメキアちゃん! デュロンくんの連続パンチ見たことあるでしょう!?」

「あ、あるよ!」

「あのイメージで天井ごと殴って、外のおばけちゃんたちをまとめてブッ飛ばしてくださいな!」

「わかった!」


 今度は通じた。ヒメキアが繰り出す靄のような、キラキラした実体のないオーラが、いくつもの握り拳の形に集束され、崩れかけの天井へと一気呵成に叩き込まれる。


 ひときわ大きな震動が屋根を襲ったが、どうやらそれは霊どもの断末魔によるものだったようだ。

 やがて揺れが治まったのを確認し、ゆっくりと立ち上がったドルフィは、目元に落ちる前髪を払い、平手で構えて静かに諭す。


「あなたがなにを信仰しているかは知りませんが……殉教するには若すぎるんじゃないですかね?」


 対するサヨは、ただ諦念の微笑を浮かべていて、受け入れ態勢は整っているように、ドルフィには見えた。



 屋根から入ろうとしていたおばけたちを全部倒した手応えを得たヒメキアだったが、いきなり顔をもふっとした感触で覆われる。


「やったー! ドルフィさ……ぐふぁっ!? ヨハネス、どうしたの!? もふもふのお腹を嗅いでほしいの? いい匂いだねー……じゃなくって、前が見えないよ!」


 顔にしがみついてきているヨハネスがにゃあにゃあ鳴くので、周りの音もよく聞こえない。

 こんなに甘えんぼな子だったかなと戸惑っているうちに、気まぐれな猫は地面に降りた。


 開けた視界では、味方が敵を倒したところのようだった。

 仰向けに寝転ぶサヨはなぜか耳まで真っ赤になった顔を両手で隠していて、やけに服が乱れている。

 彼女を見下ろしていたドルフィは、なぜだか戦う前よりも元気そうな、やけにツヤッとした顔で振り返ってきた。


「協力してくれてありがとうございます、ヒメキアちゃん!

 そしてサヨさんはごちそうさまでした♡」

「??? ドルフィさん、おやつを食べたの?」

「うーん……お菓子を食べたとも言えますし、おやつをくれなかったのでいたずらをしたとも言えますかね! うへへ!」


 緩んだ表情で涎を垂らす彼女がなにを言っているのかはわからないが、サヨにひどいことをした様子はないので、ヒメキアはスルーした。


「よーし、次の部屋に行こう!」

「行きまっしょーい! まだ市長さんの娘さんを見つけてないですからね! 十四歳の褐色美少女ちゃん……見つけたらわたしがいたずらしああああっ!? なにするんですかヨハネス!?」

「うわ!? ヨハネス、引っ掻いちゃダメ!」

「フーッ!」


 いたずらはよくないとヨハネスが言っているようなので、ドルフィは少し大人しくなった。

 ヒメキアもレイシーには早く会いたい。連れ戻すことができたら、彼女にもパーティに参加してほしいからだ。

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