第329話 つまり溶け切る前にダメージソースにしてしまえばいいという考え方

 畳みかけるターレットの炎を、ソネシエは氷の盾を精製して耐え忍ぶが、それも長くは続かず、やがては皮膚を炙られる。

 当初の予定通り戦闘を有利に運んでいることで余裕が出てきたようで、ターレットは先ほどの疑問に答えてくれる。


「お前が覚えてないのも無理はない、というかフルネームは知らなかったんじゃないか? 俺の父の名はタリアート・スカーフィズ、固有魔術〈煉巌工房ブリックヤード〉。これでどうだ?」


 思い出した。ソネシエとデュロンが初めてギデオンに出会った夜に、ソネシエと対決して敗れ、ギデオンに殺害された吸血鬼の名がタリアートだ。

 ジュナス教会の下部組織を自称して好き勝手する〈亜麻のしとね〉という異端の信仰集団を率いており、手勢もろとも討伐対象となった存在である。


 なるほど復讐筋の手合いか、と納得しかけたソネシエに対し、ターレットは先回りして笑いかけてくる。


「勘違いするなよ。因縁があるとは言ったが、戦う理由のこじつけみたいなもんで、別に恨んでるわけじゃない。俺の興味はただ一点、あのわけのわからないカルト野郎だったクソ親父を倒したお前に、俺の固有魔術が通用するか否か! それだけだ!」


 心配しなくても現にこうして、固有魔術は通用している。しかし勝利まで譲ってやるほど、ソネシエはお人好しではない。


「いてっ」


 普通の攻撃に対し、普通の反応をしたターレットは、自分の肩に当たって転がった物体を、遅れて眼で追う。

 それはソネシエが飛ばした小さな氷の塊、冷たい指弾、横殴りの雹の一投だった。


「……なんだ、これは? なんのつもりだ?」


 なんと言い換えようと、大した威力にならないことに変わりはない。

 デュロンとは対照的にソネシエは武器の才に溢れ、投擲に関しても教えてくれたギデオンやリュージュ、ドヌキヴにしこたま褒められはしたが、ソネシエの場合は単純に筋力が足りないため、当たることは当たるのだが牽制にすらならない。

 彼女の固有魔術〈紅蓮冽華クリムゾンブルーム〉はあくまで氷の武器を通してソネシエ自身から放たれる冷気を伝播させるというものなので、手から放った飛び道具に関しては凍結の追加効果が発生しない、本当に単なる氷のつぶてでしかないのだ。


 だがそれでいい。悪足掻きかと甘く見たターレットが、迂闊に炎で迎撃してくれる。


「こんなもんガイアアアアア!? なんっ、え、はあああああ!?」


 彼の炎に触れた途端、氷は弾けて飛び散って、破片が彼の眼球含む顔面に突き刺さった。


「うまくいった」


 端的な感想を呟き、ソネシエは戦闘を続行する。

 これはこの前ファシムがガップアイとの実戦稽古で使っていた、爆裂魔力付与石蹴りを見て思いついたものだ。ただ仕組みはまったく異なる。


 氷は炎で溶ける、それはわかっている。溶けにくい氷を作るにも限度があるし、どうせ相性不利を覆すには至らない。

 ならば表層はガチガチに硬く溶けにくく、深層はすぐに溶けてしまう二重構造の氷を作って、外から炙らせて内圧で炸裂させるというのはどうか。

 幸いそういう氷の作成自体は、何度か練習したらできるようになった。


 魔族が使う一般的な攻撃魔術の属性の中でも、爆裂系と雷霆系の二つは、不利な相手が少なく有利な相手が多い、強属性だとされている。

 自然界の生態系における大型肉食獣や大型猛禽類のようなもので、属性一つすらこの世は平等ではないというのはわかっている。


 なら擬態すればいい。相手がソネシエの苦手な炎で来るなら、炎を吹き散らす爆発で反撃すればいいのだ。

 正確には魔術で精製した氷を使った、単なる物理攻撃なのだが、だからこそ魔術同士の相性優劣を、多少なりとも無視してダメージを与えられる。


「くっ……猪口才ちょこざいな真似を……!」


 堂に入った悪党の台詞を吐きつつ、ターレットは飴色の炎で面攻撃を仕掛けてくる。どうも彼はまだわかっていないようだ。

 分厚い盾でなんとか凌ぐソネシエを、今度こそなすすべなしと解釈したのか、血だらけのまま笑うターレットの頭上へ、山なりの軌道で投げておいたいくつかの礫が到着し、高温に触れて次々に炸裂する。


「おあ、あっぐ!? こ、このチビ、ふざけんなよ!?」

「わたしはちびではないし、ふざけてもいない。わたしは大人で真剣。ターレット、あなたの勝ち筋はそうやって無防備に火種を撒き散らすことをやめ、わたしに対して近接戦闘を挑むことのみ」

「なにを言ってるんだ!? やっぱりチビだし、ふざけてるんじゃないか!?」


 そう思う気持ちもわかるが、断じてちびではない。もとい、言っても聞かないようなので、攻撃シリーズを次のフェイズに移行する。


「忠告はした」


 抜く手も見せぬ早業で、すでにソネシエの右手は一投を終えている。殺すつもりはなく、狙いは肩、きちんと当たり、玲瓏な氷のナイフが刺さっている。


「……!」


 ターレットは声もなく、体をピクリと震わせた。痛みではなく逡巡による反応だと、ソネシエには手に取るようにわかる。

 凍結の追加効果はないが、逆に言うと抜けば出血が早まる。吸血鬼の再生能力を鑑みれば、さっさと抜いて捨てるべきなのだが、その一動作すら許さず、二本目、三本目を追加するソネシエ。足で避けるも意味はなく、ダーツの的が動くだけ。


 ドヌキヴに習ったニンジャ式投擲術で、棒状や星型に精製した氷の刃をいくつも指の間に挟み、一気に投げつけると大半が当たった。

 曲芸だと思っていたのだが意外と使える、後で彼女にも礼を言わないといけない。


 もはや青息吐息だが、近づくのはそれこそ格好の餌食にしかならないため、ターレットはソネシエと一定の距離を保つしかない。

 炎の魔術を使えばいいのだが、今の彼はそれができないのだ。


 彼の固有魔術〈避役除厄カメレオンチャーム〉は、相手の弱点に合わせた属性に自分の攻撃魔術を変換できるようだが、その変換した属性の攻撃魔術を発動する際は、あくまで普通の固有魔術と同じように、体内で生成したその属性の魔力を、魔術として出力するという、当たり前のプロセスを踏むことになる。


 なにが問題なのかというと、ターレットは炎の魔術を発動する際、全身を循環している血液に含まれる魔力が炎属性になってしまう。

 つまり全身に氷の炸裂弾が突き刺さっている状態で全身炎属性にならなければ、攻撃態勢に移行することができないのだ。


 リスクを考えればいくら吸血鬼でも、軽々に決断できないのは致し方ない。

 たとえそうやって躊躇っているごとに、どんどんジリ貧になっていくとしてもだ。


 だが彼にはそうしてもらわなければならなかった。

 ソネシエは極めて冷徹に、もう一つの分析を遠慮なく口にする。

 煽りの技術など要らない、事実を指摘し図星を突くことが、なによりの挑発となるのだから。


「あなたの固有魔術〈避役除厄カメレオンチャーム〉は、俗に制御不能型と呼ばれる類別に該当するはず。相手が苦手とする属性に変質できるというよりは、正確に言うと、相手が苦手とする属性のうち、ランダムな一つに変質する


 ピクピクと動くターレットの眉が、正解だと告げていた。続けよう。


「あなたはわたしに一対一の勝負を持ちかけるべきではなかった。乱戦の中で適用対象を切り替えていけば、何度目かでわたしを完封できる属性を引き当て、不意を打って倒すこともできたかもしれないのに、その機会をみすみす逃している」


 相手がなにも答えないのをいいことに、ソネシエは淡々と結論を述べる。


「あなたよりもあなたの父タリアートの方が、勇敢で強く厄介だったと言わざるを得ない」

「そんな……そんなはずないだろうがああああああ!!」


 自分のプライドに勝てず、自爆に至るターレットを、ソネシエは貶す気になれない。

 高まる熱を感じつつも、彼の度胸にせめてもの敬意を表するべく、防御は作業用の盾とゴーグルを、一つずつ精製するに留めた。

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