第330話 指狩対象一名確保

 ところ変わって同時刻、ミレインは聖ドナティアロ教会。

 性懲りもなくサボりがバレてクソミソに走らされたリュージュは、回廊を歩きながら呟くファシムへの悪態も尽き、かと言ってこのまま寮へ帰るには気力が足らず、ふとヴェロニカのラボへ足が向く。


「はー疲れたー。もうめちゃくちゃ夜ではないか。働きたくないでござるー。こんなときは、ここの体に悪そうなお茶が逆に効くのだ。おーい、主が帰ったぞー!」

「誰が主だって!? ここの室長はいつでもこのボクだよ!」


 遅くまで研究熱心なちんちくりんの緑の髪を、優しくぐっしゃぐしゃにしてやるリュージュ。


「おーおー、ええ子じゃええ子じゃ、精が出るのう」

「あーたーまーなーでーるーなー! キミいつも忘れてるけど、ボクキミの六つ年上だからな! 敬え少しは!」

「まあそう怒るな。おや、眼鏡を新調したのだな。今度のも似合っているぞ」

「えっへへ……あっ!? そうだ、リュージュ、このバカ!」

「なんだというのだ藪から棒に」

「なんだじゃないよ! ボクの眼鏡ちゃん五十二号がお亡くなりになったの、実質オマエのせいなんだぞ!」

「お前の職業で眼鏡を替える頻度がそれなのって、多いのか少ないのかわからんな」

「いいから聞け! なんなのさ、オマエが置いてったあのコーン!? 暖炉で火にかけて炒ってたら、とんでもない大爆発起こして暖炉なくなっちゃったんだけど!?」

「ぶわっはっはっは! ひー!」

「なに今年一番の爆笑かましてんのさ!?」

「す、すまん……え、お前、あれでおやつ作ろうとしたのか!? そんなにそのちっちゃなお口をおっきくしたかったわけ!?」

「いいから説明をしろタコ! 天才にもわかるように小難しくな!」

「わかったわかった。あれはな、普通の爆裂種をさらに先鋭的に品種改良した、超爆裂種と呼んでいる代物なのだ」

「ネーミングの頭悪さすごいな!? 天才脳では理解できないぞ!」

「だが実際その名の通り、もはや食い物というよりは爆薬に近い代物でな。炎対策になるかと思って開発し、去年完成したのだが、いまいち使う機会がなかった。〈ロウル・ロウン〉でも結局出せなかったし。その後イリャヒに頼まれていくらか渡したのだが、あいつも使いあぐねているようで、いまだに役に立ったよという報告は上がって来ないのだ」

「なんでそんな危険物を置いてった!? ボクの天才脳の方がポップコーンになるところだったんだぞ!? それにほら、ここ! 髪の一部が熱で変色しちゃってるじゃないか!」

「本当だ。お洒落ではないか」

「えっへへ……じゃなくて!」

「別に置いていったわけではない、単純に忘れ物だ」

「なお悪いよ! ていうかほんとか!? ほんとにわざとじゃないのか!? 暗殺未遂でもおかしくない威力だったぞ!?」


 ヴェロニカに胸倉を掴まれてガックンガックン揺さぶられながら、リュージュは穏やかに微笑んで独りごちる。


「ソネシエには、使わないから要らないと言われてしまったし……たまにはわたしのかわいい子供たちが役に立っているといいのだが、どうだろうかな……」

「おいリュージュ、なに遠い眼していい感じのこと言ってる!? 責任取ってお菓子奢れよ!」


 お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ……思えばなんと甘美な響きだろうかと、リュージュは四日後の夜をひたすら待ち遠しく思うのだった。




「はっはあ、なんだそりゃ!? 今さら体力回復でもしようってか!?」


 火種は要らない。ダメージを受けないのをいいことに、相手は〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉を全身に纏ったままだからだ。

 イリャヒの認識をどれだけ弄ろうと、超爆裂コーンくんにはなんの関係もない。


 油断し切ったプリンピの顔に、一掴みを投げつけるイリャヒ。

 ちょっと量が多すぎたかなと、すぐさま後悔する羽目になる。




 ミュールという名前らしい猫系獣人の女の子を馬車に括り付け、幽霊屋敷に戻ってきたデュロン、ヒメキア、ヨハネスは、いつも通り同伴している青い有翼の蛇からゲームのルールを聞かされつつも、いまだ参入できずにいた。


 なぜなら最初の部屋で一度はしておいた下っ端たちの大半が意識や戦意を取り戻し、再び立ち塞がってきたからだ。

 さすがにデュロンもヒメキアを守りながら一対百はキツい。

 ジリジリと対峙しつつ、どうしたものかと途方に暮れていると……が起きた。


「おわ!? なんだ今の!?」


 凄まじい炸裂音が十発ほど連続して、しかも奥にある別々の部屋からほぼ同時に二重に鳴り響いたことを、デュロンの中途半端な聴覚が感知していた。

 どう考えても現象としておかしい。自分と同じく面食らっているチンピラたちに、敵対していることを棚上げして尋ねてみる。


「なー、お前ら……今のなんだ? ここ幽霊出るって聞くけど、マジなのか?」

「今の音はよくわかんないっす……うちらの幹部の人ら、誰も爆裂系じゃないはずだし……」

「俺らのチームもそのはずなんだよ。なんなんだ? よくあることではねーよな?」

「いや、音鳴るのは初めてだけど、幽霊自体はいるっぽいすよ。なあ、お前ら?」

「いるいる、めちゃめちゃいます。誰もいねえのに物壊れたりとか、よくあるんですよ」

「前は奥の部屋に壺とか皿とかあったんだけど全部いつの間にか粉々んなってて、俺全部掃除させられたことあったわ。シンプルにわけわかんなくて怖ぇから、文句なんか言えねぇしよ」


 本気で言っている様子のチンピラたちを前に、デュロンは当惑で天井を仰いだ。


「嘘だろ……俺そういうのほんと嫌なんだよ……なー、もー帰っていいか?」

「だ、ダメだよ、デュロン! 大丈夫、おばけが出たら、あたしがみーんなやっつけちゃうからね! デュロンにはぜーったい近づけさせないから!」

「にゃぁん……」

「ほら、ヨハネスも大丈夫だよーって言ってるからね!」


 そしてどうもあの炸裂音がなんらかのきっかけになったようで、ヘタレるのはデュロンだけではなく、チンピラたちもオドオドと眼を泳がせ始めている。


「うちらも帰んね? もう夜も遅いしさ」

「よく考えたら僕らって、なんでこんな熱心にここ集まってたんだっけ?」

「リーダーの気持ちはわかるけど、ぶっちゃけ自分らにそんな協力する義理ないんすわ」

「俺なんかなんで今ここにいるかすらわかってない状態なんよ」

「私も。やば、ママ絶対怒ってるって」

「我ながら理由もわからず結構な距離歩いてきてるってのが怖すぎるぜ」


 混乱状態でざわめく彼らに対し、デュロンにくっついていたアクエリカの使い魔が優雅に飛んで注目を集め、デュロンにはわからない人物名らしきものを出した。


『今わたくしの部下たちが、ターレットとプリンピを倒したところよ。あなたたちにとってはここらが潮時なのではなくって?』

「マジすか? ターレットさんやられたんなら、やる気ゼロっすわ」

「俺らを直接まとめてんのは実質あの人みたいなとこあるしな。一対一の喧嘩超強ぇし」

「プリンピさんの言うこと聞いてる奴らも多いよな」

「あの人の言うことなんか従いたくなるんだよなあ」

「白けたー。もういいでしょ。家がミレインの子たち、一緒に行くべ?」

「そうしよ。オレ光芒系だから、念のため先頭歩くわ」

「ここら結構魔物出っから、固まってった方がいいな」

「つーわけなんで神父さんたち、あたしらもういいよね?」


 彼らの方で話がまとまりかけているし、特に止める理由はないので、デュロンたちとしては異論はない。


「あ、ああ。気をつけて帰りなよ」

「お疲れ様でした! みんな元気でね!」

「にゃっ」


 しかし本当にあれはなんだったんだろうと、デュロンは首を捻るしかない。




 炸裂は予想以上の威力で、相手に再生能力がなければ100%即死していただろう。

 隣の部屋でも似たような音がほぼ同時に鳴り響いていたということは、兄妹揃って考えることは同じ方向性だったようだ。


 黒髪黒眼に黒服の吸血鬼は、血だらけで吹っ飛んで再生中の相手を見下ろしながら、服の中に隠れていた青い有翼の蛇に、端的な報告を吹き込んだ。



「「指狩対象一名確保」」


『『了解。よくやったわね、二人とも』』



 ソネシエはターレットの、イリャヒはプリンピの身柄を引きずり、元来た方向へ戻り始めた。

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