第328話 激推し強火ファンの逆襲

 先頭に立って次の部屋へ突入したイリャヒは、露骨に顔をしかめざるを得なかった。

 このショッキングピンクの髪は見間違えようがない、今度の番兵は長森精エルフのプリンピだ。


「おっ、来たな、てめえら! 改めて歓迎するぜ、俺たち〈紅蓮百隊クリムゾンセンチュリ〉のアジトへようこそ! 茶菓子は出せねえが、ゆっくりしていきなよ!」

「それはどうも。さあ、念のため訊きますが、ご要望があるなら……」

「イリャヒ・リャルリャドネ、俺は断然てめえと戦いてえ!」

「……そんな気はしていました」


 ご指名とあらば応えるしかあるまい。帽子の下で顔を伏せるイリャヒの肩を、両側から二人がポンと叩いてくる。


「イリャヒさんドンマイです! 明らかにめんどくさそうな相手ですけど、極力殺さないようにですよ!」

「いやあいつはもう殺しちまってもいいんじゃねぇですかね、属性のレアリティ的には」

「殺しませんよ。殺しませんが……殺しま……殺しませすぇ……」

「ちょっと殺しますに近づいてねえ!? 殺されんの俺!?」


 俯いたままフワリと舞い降り、礼儀として帽子を外しながら、自分でも珍しいことに、イリャヒは気怠い気分で言葉を返した。


「殺しませんとも。正確にはかもしれないですけどね」

「謙虚な姿勢が素肌に染みるぜ!」

「なんなんですかその自分でユニークだと思ってそうな表現……今、私の我慢は限界を迎えました。ドルフィ、ブルーノ、どちらか代わっ」


 すでに扉は閉じた後で、イリャヒ独り絶望した。

 自慢ではないが、彼にとって性格的に苦手な相手というのは結構珍しいのだ。

 なんなのだろう、とにかく会話のノリが合わないのだが、めげずに話しかけてくるプリンピ。


「おいおい、あんま俺のこと嫌ってくれるなよ? ただでさえ俺がお前のこと嫌いなのに、この上お前まで俺のこと嫌いになっちまったら、俺ら永遠に平行線のままだぜ?」

「確かに、それは申し訳……え? あなたの方も私のこと嫌いなのですか?」


 イリャヒ自身もあまり他者ひとのことは言えないが、プリンピが常時浮かべているカパァと口を開けた不気味な笑みは、決して友好を示すものではないようだ。


「嫌いも嫌い、大嫌いよお。理由はわかるか? わかんねえよな、前ばっか向いて生きてるお前みてえな奴にはよ」

「そういうあなたも、あまり後ろ向きなようには見えませんけど」

「だろうな! 俺より前向きな奴はなかなかいねえと思うぜ!」

「なるほど、会話を悪送球の捕り合いだと思っているタイプですね」

「クリケットをやったことはねえな。俺は根っからのインドア派だから!」

「私の知っているインドア派とはちょっと違うみたいですね」


 なんとなくわかってきた。プリンピは嫌いな相手にも積極的に話しかけていくタイプなのだが、それはけっして相手を理解し良いところを見つけて仲良くなろうというものではなく、嫌いな奴を後腐れなくよりしっかりと嫌うためという、前向きに後ろ向きなものなのだ。


「ときにイリャヒよ、音楽はなにを聴く?」

「御スポーツ様をおやりあそばす方々なんかに顕著ですが、相手が自分と同じ価値基準で動く前提の質問をされると、本気で殺したくなるのでやめてくださいね」

「『なにも』の一言でまとまんだろその答え。まあいいや、ただの前置きだし、仮に聴いてるとしても、お前の好きな音楽なんかまるで興味ねえし」

「なら私も同じことを言っていいですか?」

「俺は断然ケヘトディを聴く!」

「自分の言いたいことしか言わないのなら一生壁に向かって喋っててくださいね」


 まあいい、こいつがやたら絡んでくる理由はわかった。が、問題は動機がなんであろうと、こいつの厄介さが変わるわけではないという点だ。

 プリンピは徐々に興奮し始め、笑顔が威圧と憤怒の色を帯びてくる。


「じゃあそうするぜ。俺にとってお前なんか、反響するただの壁だもんよ。お前ごときにゃわかんねえだろうが、俺はあの人が書いてた曲が今でも大好きだ。

 一度、家に上げてもらって、サインを書いてもらったり楽譜を見せてもらったり、特別に固有魔術を教えてもらったことすらあるんだぜ。自力で探り出したてめえと違ってな!」

「それ音楽家のファンの領分超えてませんか? 叔父様もよく教えたものですね」

「てめえにあの人を叔父様と呼ばれる筋合いはねえ!」

「いや、実際の続柄としてそうだったのですが……ではあのシスコン靴舐めゲボ野郎が」

「言っていいことと悪いことがあんだろ!?」

「ならこれは言っていいことですかね」


 ショッキングピンクに染めた髪を掻き毟り、いよいよ感極まるプリンピ。


「領分は超えてねえさ。俺はあの人の曲だけじゃなく、音楽家インディペ・ケヘトディすべてに惚れたのさ。作曲家の背景や信条、生き方そのものまで引っくるめて『聴く』、それが真のファンってもんだ。

 それをよお、てめえら兄妹が血族のゴタゴタで、マジに命を奪いやがって! そんなもん芸術を彩るスパイスだろうが!? アクセントで素材の旨み叩き潰してどうする!?

 なにも生み出さねえ、親すら殺すしかできなかったクソ共が、俺という無関係な一般市民のささやかな楽しみすら、永遠に供給を絶ってくれやがる!

 安心しろよ、妹の方は見逃してやる。うう、グスッ……てめえという悪魔だけでも、神に代わってこの俺が祓ってやるぜ!」


 キレるとき泣くタイプには久々遭遇した。身勝手な主張をする輩に限って、こうして自己憐憫で容易に涙を流す。クソでも食って死ねばいい。

 精神的虐待で表情を失った、幼いソネシエが袖を引く姿を思い出しながら、イリャヒはあの日宿した守りの使命をその手に復刻し、一生被ると誓った道化の仮面を、青い輝きが照らす。

 問題ない、いつものように笑えている。舌もいつも通り回ってくれる。


「よくわかりました、あなたと私は音楽性というやつが決定的に異なるようです。しかし考え方を変えてみてください、前向きに。彼の音楽家としての在り方は、私が殺したことによって、完成したとも言えませんか?」

「黙れ……」

「まだ若くして非業の」

「黙れっ……!」

「死後評価され」

「黙れっつってんだろうが、てめえごときが、あの男を語んな!」


 漏出する激情がそのまま魔力となり、プリンピの固有魔術〈神器旋律トロンボーンチューン〉を発動せしめる。

 故ケヘトディと同じ音響系だが、奴とは異なり直接攻撃能力がないようなのは幸いか……いや、より厄介かもしれない。


 それが証拠に、プリンピの脳が奏でる不快な旋律が止んでも、イリャヒが放った〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉は、奴になんらの傷も与えられずにいる。

 ケヘトディにやられたように振動で掻き消されているわけではなく、プリンピに到達してはいるのだが、彼の体を害することができないのだ。


 これは以前リャルリャドネ邸でヴィクターが仕掛けてきたのと同じ、〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉の攻撃対象から外させるというやり口だ、とイリャヒは気づく。

 ただしより洗練され、具体的な能力の効果として確立された手法と思われる。


 完璧に嵌めてみせたにも関わらず、なぜか自嘲の笑みを浮かべるプリンピ。


「笑えよ、イリャヒ・リャルリャドネ。事前の刷り込みで強迫観念を誘発して操るっていう、あの人の魔王じみたエレガントな犯行には程遠いだろ? 俺のは単なる、直接作用するチンケな洗脳能力なんだ。

 それも与えた命令を遂行させる強制性すらなく、ただ他者ひとの判断や行動の指向性を、ほんの少し俺の思う方へ歪めるだけ。俺はお前のことが嫌いだが、イリャヒよお、てめえは俺のことを一方的に。そんな悲しい関係もアリだよなあ?」


 泣き笑いの顔で睨みつけてくるプリンピに、イリャヒは変わらず不敵な笑みを返す。

 こいつの能力は内容としてはタピオラ姉妹のそれを、発動条件を「嗅ぐ」から「聴く」に変えたような代物だ。


 イリャヒがプリンピを味方と認識させられてしまっているので、先ほど放った〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉はプリンピを苛むどころか、彼を守るように宿ってしまっている。

 軽く詰まされたことを無視して、イリャヒはとりあえず軽口を叩いた。


「なるほど、あなたは笛吹き男なわけですね」

「トロンボーンが喇叭らっぱだと知らねえのか!?」

「あなたこそ暗喩という概念をご存じない?」

「知ってらあ! 正味の話、なんの縁もない不良どもを、百人集めるのって大変なんだぞ?」

「あなたたちのリーダーの目的のために、ひとまず頭数を揃える必要があった。あなたがそれを街々で笛を……喇叭を吹いて遂行し、結果としてこういう感じのグループができたと」

「情報集めにゃ酒場が一番なんて言うが、ガキ共の話を聞くにはそういうわけにはいかねえんでね。つーわけでさっきも言ったが……ゆっくりしていきなよ」


 プリンピの身体能力も大したものではないのだろうが、月並み以下のイリャヒは彼の蹴りを捌くことなどできない。

 一方的に叩きのめされ、転がされて地面に血を撒き、立ち上がることもできずに、イリャヒは相手の顔を見上げる。

 プリンピはすでにかなり冷静さを取り戻していた。


「考えなかったか? てめえ自身が人質に取られるって状況をよお。てめえがどんだけ自慢の炎で自分や仲間を守ろうが、俺はてめえの認識を好きに操れる。

 この部屋を通る人数ができるだけ少ないことを祈れよ、特に妹にはこんな情けねえ姿を見られたくはねえだろう?

 これでわかったんじゃねえのかよ。俺の音がくだらねえ催眠術なら、てめえの炎はカスみてえな手品だ! この状況から脱出できるなら、縄抜けの技でも見せてみやがれ!」


 それを聞いてここぞとばかりにほくそ笑み、イリャヒはポケットに手を突っ込んだ。


「では、お言葉に甘えて。手品と呼ぶのは言い得て妙です、種明かしと参りましょう」


 イリャヒが取り出したものを見て、今度こそプリンピの笑みが軽侮のそれに変わった。

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