第327話 お化け屋敷バトルゲーム

 ナキニが放った得体の知れない魔術の泡を、ソネシエは氷の剣で両断する。

 なんらかの罠が発動するかとも思われたが、泡は素直に弾けて消えた。


 ひとまず様子見でブルーノが放つ影の手の十連発を、ターレットが迎え撃つ光芒の一閃で薙ぎ払った。

 固有魔術の名前からして、もしかしたらレンズなどに関係する能力なのかもしれない。


 サヨが繰り出した正体不明の波動を、イリャヒの炎が容易に掻き消す。

 あまりにあっさり退けてしまったため、逆に実態を暴くに至らなかった。


 ドルフィが操る圧力の檻が、明後日の方向で格子を閉じた。

 プリンピを狙っていたように見えたが、彼がなんらかの方法で照準を外させたのだと推測される。


 第一撃の交錯が終わったが、打って変わって全員が黙りこくって動きを止め、誰も第二撃を放とうとしない。

 どうやら皆、魔力が強いだけでなく視野も広く、自分以外の七人の動きをすべて見ていたようだ。


 まずい。思った以上に実力が伯仲している上に、属性の相性がかなりシビアだ。

 当たり方の組み合わせによっては、どちらかの陣営が一方的に全滅してもおかしくない。

 次、迂闊に戦端を開くと、それが敗北の呼び水にならないとも限らない。


 特にソネシエたちの側はプロの戦闘屋だ。気持ち良く戦うのは自由だが、結果として必ず勝つことを要求されている。

 その事実により出足が鈍るが、それは相手方も同じようだった。


 膠着状態の打破を図るのは、やはりターレットだ。

 彼は本当によく喋る、そしてどうやらそれが彼の長所の一つであるようだ。


「やれやれ、困ったな。ここでやり合うなら、倒れてる下っ端たちを巻き込んでしまうのが、可哀想と言えばそうだな。いや、俺たちは構わないが、お前らはうっかり殺してしまうと困る相手もいるんじゃないかと思ってさ」


 要は乱戦の紛れで不利を被るのはお互い御免だろう、と言っているのだが、なるほど上手い方便だ。

 確かにこの中に件のレイシー・オグマや、下手すればもっとヤバい筋の坊ちゃん嬢ちゃんが混じっていないとも限らない。


 反論や反撃がないことを確かめ、ターレットは優雅に両手を広げてみせる。


「こういうのはどうだ? この扉の先が気になってるだろうが、この向こうには似たような部屋が六つほど続いていてな。今から俺たち四人が取って返して、手前四つの部屋に一人ずつ陣取ってるから、一番奥へ到達したけりゃ、四人を一人ずつ倒して行ってくれりゃいい。もちろんこっちは一対一の勝負を想定してるが、なんだったら全員で、俺たちを一人一人袋叩きにしていくのでも構わないぜ?」


 もちろんそういうわけにはいかない。今の口ぶりから、彼らはデュロンとヒメキアが後から追ってくることを知っている、つまりこちらの状況はおそらく入る前から使い魔かなにかで把握されてしまっている。

 一人に対し人数を割くような真似をすれば、卑怯や矜持がどうこう以前に、たとえば一番奥に裏口があって、標的に逃げられてしまうなどの可能性が格段に高くなる。

 結局は互いに互いの足止めとして一人ずつぶつけ、どんどん奥へ進むのがベターと思われる。


 相手が真っ向から受けて立つと言っているのだ、これ幸いと乗る他ない。

 教会側の総意として、イリャヒが確認を口にする。


「魅力的な提案ですが、我々は急がなくてはならないかもしれませんね。なぜなら今この瞬間にも、我々の保護対象が姿を晦まそうとしているかもしれないのですから」


 ターレットは顎髭の剃り跡を指で撫でながら、あっさりとした口調でそれを否定した。


「いや、それはないね。どちらかというと、俺たち四人よりも、一番奥にいる俺たちのエースとリーダーの方が、お前らとぶつかるのを楽しみにしてるくらいだからな」


 ターレットの言っていることが本当ならば、その二人のうちどちらかが、アゴリゾの娘レイシーだと考えて良さそうだ。

 イリャヒは呆れるというよりは、興奮を抑える様子で大きく息を吐いた。


「わかりました、受けましょう。もとより我々はミレイン市民、集団決闘は好物です」

「兄さん、ミレイン市民に変なイメージを植え付けるのはやめて」

「ふふ、ありがたい。それじゃ奥で待ってるぜ」


 背中を向けて横顔で振り返り、肩越しに手を振るターレットを最後尾とし、四人は扉の奥へ消えていく。

 その様子をぼんやりと見送った後、改めてイリャヒがブルーノに声をかけた。


「巻き込んですみませんね、なにか妙なゲームが始まってしまいました」

「いいってことよ〜。最後まで付き合うって〜。俺も俺でこっちの標的ちゃんを捕捉しなきゃならねぇから、相手は選ばせてもらうが、そこは勘弁な?」

「あはは、いいんですよブルーノくん! なんだったらわたしが四人抜きしてしまいましょうか!?」

「ドルフィ、あなたたぶん相性悪い相手が一番多いので、慎重に当てていきますよ」

「そうなんですか!? でも大丈夫、わたしにはおくすりブーストによる覚醒があと二段階残ってますから!」

「仮に本当だとしても使わせませんよ?」

「なんでですか!? あなたたち麻薬をなんだと思ってるんです!?」

「麻薬だと思っている」

「さ〜、そろそろ進みましょうぜ〜。あるいはほんとに逃げる算段を整えられてるかもしれねぇですからね〜」

「そのときは追撃へと移行するだけです。では、推して参りましょう」


 イリャヒに倣い、ソネシエは純粋な魔力構造物である漆黒の翼を展開して、一気に中二階へ飛び上がる。

 普通に階段から上がろうとしたドルフィを、ブルーノが手振りで止め、彼女と彼自身のお尻を、数発束ねた〈闇影乱打シャドウラッシュ〉で緩やかに押し上げた。


 どうやら入力より速く出力することはできないが、遅く出力することはできるようだ。

 動くと危ないことを察して、中二階に到着するまでは後ろ首を掴まれた子猫のようにじっとしていたドルフィだったが、いざ足場へ降り立つと途端に騒ぎ始めた。


「運んでくれてありがとうですけど、それはそれとして、お尻! ブルーノくん、わたしのお尻ちゃんを思いっきり触りましたよね!?」

「あ〜、気にしないでよ。俺の影は俺の過去の動作を反映・再出力してるわけじゃん。だから感触とかが今の俺にフィードバックされてくることはないわけ。ってわけで、こ〜んなことをしても俺自身は無なのよね〜」

「ウワーッ! おっぱいを! このわたしの高貴なおっぱい様を影の手で触ってやがります! あのですね、あなたが良くてもわたしは無ではいられないんですよ! 頭が高ぁい!」

「ブルーノやめてあげなさい。ドルフィもこういうときだけ上長森精ハイエルフっぽい感じ出してくるのなんなのですか」

「いやわたしいつでもどこでも上長森精ハイエルフですけど!?」

「あとその芸風は他の者で何度か見たのでやや食傷気味。新しいジャンルを開拓してほしい」

「痴漢に対する反応でダメ出しされることってあります!? 前から思ってましたけどわたしの扱い雑すぎませんか!?」


 ともかく扉を開けて、一つ奥の部屋へ入っていく四人。


 構造は単純だ。すぐ正面に中二階から地面へ降りる階段があり、地上ではこの部屋の番兵が一人、すでに待ち構えている。

 中二階の真下、地上にもそれぞれ前や奥の部屋へ続く扉があり、尻尾を巻いて逃げ帰るのは自由だが、地上から奥の扉を開けて先へ進みたければ、その部屋の番兵を倒すのがもっとも合理的と言える。


 中二階の足場は手前から部屋の左端に沿って奥へと伸び、容易に次の部屋へ到達できるが、誰も残さず番兵を無視して全員でそちらから通過しようとするなら格好の餌食、自慢の固有魔術でまとめて叩き落とされても文句は言えまい。

 そんな「個々の地力に自信がありません」と宣言するような真似はしたくないし、する必要はないと思いたい。


 ちなみに第一の部屋の番兵は、他ならぬターレット・スカーフィズだった。


「えっ……あなたあの四人のまとめ役みたいな感じだったのに、もう張ってるんです?」

「ターレットくん、もしかして幹部級の中では格下なんかね?」

「もしも『要らんこと言う選手権』なる大会が開催され、我々に二枠与えられるのなら、私はドルフィとブルーノの出場を推します」

「ターレットは勇敢。きっと率先して先鋒を買って出た。これはすごいこと」


 煽られても煽てられても、ターレットは不敵な笑みを崩さず、おもむろに口を開く。


「ソネシエ・リャルリャドネ……俺はお前との決闘を望む」

「……なるほど、そう来ますか」


 イリャヒの示した納得に、ソネシエも頷いてみせる。

 彼ら〈紅蓮百隊クリムゾンセンチュリ〉は実質はともかく、表面上は場末のチンピラ集団に過ぎず、ジュナスやリッジハングの使者たちは、格上の存在と呼んで相違ない。

 ズバリと指名されておいて、「いや、不利だから他のチンピラと戦いたい」というのは、プロの戦闘屋としてどうかと思う。


 ソネシエとしても、ターレットの能力は気になっていた。

 再び翼を広げて躊躇なく地上へ降り立つ彼女を、ターレットは自らの髪を触りながら、本当に申し訳なさそうな表情で迎え入れる。


「悪いね、わがままを聞いてもらって。だけど別に勝てそうだから呼んだってわけじゃない。俺とお前にはいちおう、戦うに足る因縁ってのがあるはずなんだ。お前はを忘れてるだろうが、俺としてはどうしても消化しておきたくてね」

「構わない。他があなたより与し易いとも限らない。それに、わたしも先鋒は嫌いではない。わたしこそが真の斬り込み隊長さん」


 イリャヒが笑いを漏らす音が聞こえ、次いで偽の斬り込み隊長に連想が及んだようで、ターレットへ尋ねている。


「では我々は先へ進みますが、の扱いはどうするのです?」

「その二人に任せりゃいいさ。もっともお前ら四人とも、増援を横槍って呼ぶような性格してるように、俺には見えるがね」


 潔いものだ。中二階の足場を進んでいく軽快な音に混じり、三人がエールらしきものを飛ばしてくる。


「それじゃソネシエちゃん、男の子と二人きりになりますが、エッチなことされないように気をつけてくださいね!」

「あるとは思えませんが、もしあったら首斬り落として構いませんからね」

「指にしときなソネシエちゃん。そいつの身柄確保すりゃ、きっと役に立つぜ〜」


 もう少し緊張感を持ってほしいものだが、ブルーノの助言だけは的を射ている。

 ターレットは次の部屋へ去った三人が、扉を閉める音を背中で聞きながら、余裕を示すように肩をすくめてみせた。


「まったく、怖い怖い。ずいぶんと物騒な任務を帯びてるようだが、手加減してはもらえないもんか?」

「あなたを全力で倒す。その後の処遇で手加減をする。それで丸く収まる」

「道理に適うね。俺に勝てるって一点を除けばだが」

「自信がないのか、あるのかわからない」

「あるさ。ただ、できれば楽して勝ちたいってだけで。誰だってそうだろ?」

「それより、あなたとわたしの間に横たわる、戦うべき因縁とはなんなの」

「ふふ、質問ばかりだな。だが、そっちは一旦忘れてくれ。今は俺自身を見てくれよ。というより、そうした方がいいかもな」


 吸血鬼という種族が持つ、汲めども尽きぬ無限の魔力。

 ターレットはそれを飴色の炎に変換し、掌に掲げて揺らめかせてみせる。

 先ほどはブルーノに向かって光線攻撃を発していたが、そのどちらも本質を表してはいない。


 いわゆる無属性というのに近いのだが、無と言ってしまうとちょっと違うので、教皇庁の認定部門は、その定義に頭を悩ませたそうな。

 結果的に虚空系、虚属性というネーミングがなされた。

 なにもないようでなにかあるというニュアンスを含めたらしく、その特性はなにものにも染まり、なにものにも化ける柔軟性にこそある。


 たった二例では断定できないが……おそらく彼の固有魔術は、相手が苦手とする属性に変質することができる。


 ターレットは先ほど見たのと同じ構えを取り、先ほどよりも好戦的な表情で切り出してくる。

 ソネシエも先ほどと同じように、氷の双剣を精製して受け答える。


「もう一度俺の流儀に従ってくれるか?」

「構わない」


 数拍の静止の後、二人は自らの代名詞を口遊む。


「俺は〈避役除厄カメレオンチャーム〉だ」

「わたしは〈紅蓮冽華クリムゾンブルーム〉」


 ソネシエとしては大勢でワイワイ騒ぐより、こちらの方がやりやすい。

 一対一だと喋る方も楽で助かるが、後は言うべきこともない。


 炎と氷が激突し、極めて順当に氷が破られた。

 しかし勝負はこれからだ。約束通り、本物の紅蓮を見せてやらないといけない。

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