第326話 誰しも一度は通る道だろう
「〈
「なんだ、別働隊の存在でも疑っているのか? あまり俺たちを買い被るなよ、居場所を求めただけの無目的なチンピラ集団だぞ。強いて言うなら今はリーダーの意向に従ってるが、戦術的行動なんかできるわけないだろ」
身振りを交えて
地毛(種族の特性や魔力の性質を反映している場合)にしてはドギツ過ぎるので、自己主張のため染めているのだろう。
特徴的な先の尖った長耳から種族は確定として、魔力からはソネシエの苦手な気配がするが、これは一旦保留する。
その反対隣で微笑んでいるのは、青緑色の長い髪を後頭部で一つに束ねた、踊り子を思わせる露出度の高い女だった。
彼女の方は色合いが自然に見えるので、おそらく地毛だと思われる。
種族は……吸血鬼ではなさそうだが、同じくらい魔力が高いので……いや、先入観はやめておこうと、ソネシエは自分を戒める。
彼女のさらに隣、ソネシエから見て右端で所在なげに佇んでいるのは、ソネシエ自身に比べるとしっとりとした長い黒髪の女性だった。
オドオドした様子とは裏腹に、魔術の練度は高いことがわかる。
というか、そこそこ場数を踏んでいるはずのソネシエが、一度も感じたことのない属性の気配を放っていた。
総じて彼ら、少なくとも膂力はあまりなさそうだ。
デュロンが追いついてきたら近接格闘で一掃できるのでは、というのは希望的観測だろうか?
ソネシエが観察と考察に集中している間に、イリャヒとドルフィもなにかを言っていたようで、二人が敵グループから、ソネシエに視線を移してくる。
なにか言うことはないかという趣旨のようなので、ソネシエは氷の双剣を精製しながら、場に相応しい啖呵を切った。
「このわたしを差し置いて〈
「おっ、傲慢な吸血鬼ソネシエ・リャルリャドネちゃん十五歳が怒ってますよぉ」
「この子がこの感じになるの珍しいんですよ、結構興奮しているみたいです」
「いいことじゃねぇの〜。そうだ、せっかくだし互いに自己紹介しときましょうや。仲良くする気はないとか、名乗るほどの者でもないとか、これから死ぬ貴様らに云々とか、そういう野暮なのはやめてくれよ」
相手の沈黙を了承と捉え、やる気満々でネクタイを解きながらブルーノが名乗り、他の二人も後に続いた。
「俺はブルーノ・ブルート、年齢十七歳。趣味は金勘定、よろしく〜」
趣味は必要とは思えないが、自己紹介の項目は最初の者が流れを作る。
悪しき風習だと、ソネシエは初等部での進級時を思い出して自分でダメージを受けた。
「イリャヒ・リャルリャドネと申します、二十二歳です。趣味は色々ありますが、最近の一番は、模型制作ですかね」
「ドルフィ・エルザリード、十七歳です! 趣味は……えーと、ハーブティ! を淹れる! はい、そういう感じです!」
精一杯オブラートに包んだ麻薬女を褒めてやりたくなる。
一方敵方も向かって左端のショッキングピンクを皮切りとし、素直に氏素性を明かしてくれた。
ブルーノに誘導尋問の意図はなかっただろうが、もしそうだとしたら怖い。
「プリンピ・エスヘリ、二十歳! 趣味は断然、音楽鑑賞だぜ!」
次は右から二番目の青緑色の髪の女だ。歌うような美しい声が耳に心地よい。
「わたくしはナキニ・シモアーラ! 齢は十八歳、趣味は……特技は歌かしら?」
途中で言い換えたということは、言いたくない趣味があるようだ。
彼女とは対照的に聞き取りにくいボソボソ声で、右端の黒髪の女が続く。
「……わ、わたしはサヨ・ピリランポ、同じく十八歳……趣味は、特にないわ……」
最後に赤毛の少年が、どこか嘲弄するように笑いながら〆る。
「ターレット・スカーフィズ、同じく十八歳。趣味は奇貨集め……っておいおい、さっきから黙って聞いてりゃなんだお前ら? 自己紹介するなら、もっと他に重要な情報があるだろ? そっちのちっちゃい女の子……ソネシエ・リャルリャドネが一番よくわかってるよ」
「わたしはちっちゃくはない。しかしあなたの言いたいことはわかる」
バチリと交錯する視線一つで、ソネシエは理解していた。ターレットは吸血鬼だ。
「だろうね。ここにいる八人は種族も出自も、年齢も職業もまちまちだろうが、一つだけ共通点がある。それは固有魔術を獲得していて、各々それを誇りに思ってるという部分だ。魔力感知に頼るまでもない、ツラを見りゃわかる」
彼の指摘を、全員が無言で肯定する。その反応に満足した様子で、ターレットは演説を続けた。
「古来より……人間時代から魔族時代を通して俺たち魔術師がなぜそうするのかは、どうやら外野からは疑問に思われてきたらしい。誰もが一度は通る道だろう、お前らだって覚えがあるはずだ。眼は悪くないのに眼帯を着けてみたり、手は悪くないのに包帯を巻いてみたり。神に不満はないのに悪魔崇拝に傾倒してみたり、使う機会もないのに人間時代のマイナー言語を学んでみたり」
心当たりがあるようで、全員の魔力がザワザワと乱れた。ソネシエとて無傷では済まない。だがターレットはその隙を突くどころか、慈しむように微笑んだ。
「黒い歴史として仕舞い込む必要はない、なんにも恥ずかしいことじゃないさ。なぜそうするのかと俺は問うたな? 答えは当然、カッコいいからだ。だからそうする。俺たちも皆がそうするんだよ。お前らならわかるよな?」
発言の意図を完全に把握してなお、ソネシエには躊躇があった。
しかし戦闘に際しては、考えるより早く動く者が機先を制する場面がある。
そして今がまさにそれだった。最初の一人が味方だったのが幸いか。
ドルフィが両手の人差し指と中指で正方形を作りながら、普段の柔らかい猫撫で声とはかけ離れた、伸びのある野太い低音で口火を切る。
「エコーーッ! チェンバーーーーッッ!!」
応じてナキニが青緑色の髪を揺らし、腹の底から高らかに謳い上げた。
両手は泡を表現するように、親指と人差し指で作った輪っかを数珠繋ぎにしている。
「フィルタァァ! バブルッ!!」
次いでサヨが前髪の下で顔を真っ赤にしつつも、爪を立てた両手を掲げて、どもりながらも精一杯の声量を絞り出した。
「ぽぽぽ、ポルタアアー、ガイストっ!!」
言い出しっぺも梯子を外さず、ターレットはパントマイム、あるいは爬虫類のように上下に並べた掌を掲げ、冷静ながら雄弁に主張する。
「カメレオン・チャーム!!」
案の定、イリャヒはノリノリで左手は右眼の眼帯を押さえ、右手は交差するように顔の前で遊ばせて、いつも以上に良い声で叫ぶ。
「タァァコイズブレイズゥゥ!!」
プリンピは金管楽器を手にすらような仕草で、誰より楽しそうに声を張る。
「トロンボーーンチューーーーン!!」
そしてソネシエとブルーノだけがこの唐突なノリに取り残された。
「……クリムゾンブルーム」
「シャドウラッシュ……え、みんな声でっか」
ソネシエは急に帰りたくなってきた。やはり妄言と思えたヒメキアの意見が正しかったのではないだろうかと、親友の帰りが切実に待たれる。
だが魔術の詠唱は果たされ、すなわちすでに戦闘は始まっていた。
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