指狩部隊が狩る!

第324話 闇影乱打

 デュロンたちが〈ブマルシールサグの幽霊屋敷〉に着いたとき、陽はすでにとっぷりと暮れた後だった。

 そいつは郊外のなにもない場所にデンと構えていて、周囲には草木がぼうぼうに生い茂り、いかにもな雰囲気がある。

 どうやら元は工房かなにかだったようで、上階はなく、外観に装飾も見えない無骨な石造りの建物であるようだった。


 馬車から降りたデュロンたちが近づいていくと、建物の正面にたむろしている20人ほどが、ニヤニヤしながら近づいてくる。

 それもそのはず。〈指狩部隊フィンガーピッカーズ〉の六人の中で、一番背が高いのがヒョロガリのイリャヒ(約170センチ)だ。

 デュロンはまた別の話としても、ドルフィ、ヒメキア、ソネシエに関しては、体格関係なく強大な魔力を秘めている可能性を感知または想定できるだろう。だが、ブルーノは……。


「おい、チビ。ゾロゾロお仲間連れて、ここになんの用だ?」


 堂々と先頭に立つ半丈人ハーフリングの少年に対し、〈紅蓮百隊クリムゾンセンチュリ〉側の優に2メートルはあろう巨漢が、もはや上から覗き込むようにして眼光をカチ合わせる。

 風体からしておそらく種族は大鬼オーガで、ギャディーヤに比べるといくぶん小柄だが、それでもブルーノと並べば大人と子供以上の差がある。


 それでもガスマスクから漏れる呼吸と口調は、まるで平静そのものだった。


「見ての通りですかね。俺たちはジュナス教会の祓魔官エクソシストと、リッジハングの取り立て屋っす。仕事で来てるんでさっさと通してもらえると助かるんだけども、無理なら無理で勝手に通るから構いませんぜ?」


 ギャハハ! とチンピラたちは嘲笑う。その理由も無理からぬものがあった。

 デュロン自身の見立てでもブルーノの膂力は見た目通りで、魔力の量も大したものではない。


 数値だけで見るなら、目の前の雑魚どもにすら、当たり負けしてもなんらおかしくないのだ。

 侮るなという方が難しく、チンピラたちは口々にブルーノを囃し立てる。それを見ていてデュロンは背筋が凍った。


「やべえなあー、命とか取り立てられちゃう感じ?」

「キャー! 俺ら社会のゴミだから、綺麗に掃除されちゃうー!」

「バカお前、ほんっとセンスねえなあ! マスクくんみてえにもっと面白いこと言えよ!」

「いやあれは無理だって! 一発ギャグとして完成されすぎてっから!」

「俺らぁ仕事で来てるんでぇ! 勝手に押し通らせてもらいやすんでぇ!」

「ちょっとー、そんな巻き舌じゃなかったでしょー? マスクくん涙目で怒っちゃうよー★」

「おいぼうず、マジで悪いこと言わねえからよ、さっさと帰ってママにおっぱい吸わせてもらいな」

「せっかくかわいい顔してるのに、喧嘩なんかで傷つくのもったいないってー♫」

「つーか冗談抜きで、こんな弱そうな奴っている? 申し訳なくて殴れねえわ俺♡」


 ブルーノは相手をぼんやりと見返した後、無防備にデュロンたちを振り返って言った。


「あの……やっぱり俺、まだあんたらに実力とか信用されてねぇと思いますんで、この連中だけでも任せてくださいや」


 ピリッ……と場末チンピラどもの空気が変わるのを察しつつも、デュロンは半笑いで答える。


「構わねーが、大丈夫か? 膝とか擦り剥いたりしそうで心配だぜ」


 下睫毛の目立つ目元だけで笑ってみせ、ブルーノは冗談に冗談を返してきた。


「実際こいつら、相当強いっすよ。小鬼ゴブリンで言うと倍以上の数に匹敵するんじゃねぇですかね?」


 相手を下級の魔物に喩えるのは魔族同士の定番の煽りなのだが、あまり耐性が高くないようで、チンピラどもは一気に火が点いた。


 先頭の大鬼オーガが明らかに相手の頭部より巨大な拳を、躊躇なく振りかぶる。

 まだこちらを向いたままのブルーノは、ろくに見もせずに跳躍した。


「!」


 躱した突きの終点を足場に、もう一度軽やかに宙を舞い、今度は相手の巨漢と同じ高さで眼光がカチ合う。

 ブルーノの右腕が黒いオーラを纏い、大鬼オーガの額を素早く、軽く殴りつける。


「!!!??」


 それだけで相手の巨体を吹き飛ばし、後ろにいたチンピラ二人を巻き込んで、幽霊屋敷の正面玄関へ、轟音とともに叩きつけた。

 内側両開きの扉は元から建て付けが悪かったのか、簡単に外れて圧し折れ、不気味な残響を聞かせながら三人とともに、建物の中の薄暗がりへ姿を消す。

 ノックというのはもう少し上品にやるものだが、用件を考えればこれくらいが相応しいだろう。


 ジャンプはともかく、パンチは明らかに素のパワーではなかった。

 かと言って身体能力強化というわけでもなさそうだ。


 リッジハングの事務所で見せたのと同じ「影の手」を、ブルーノ自身の突きに乗せる形で振るったのだろう。

 呆気に取られる味方に対し、取り立て屋は律儀に説明してくれるようだ。


「申し遅れちまったよな〜。俺の固有魔術は〈闇影乱打シャドウラッシュ〉、仕組みを聞くと単純さに拍子抜けしますぜ。たとえば……」

「てっっめえええ、なああにをしてやがるるる!?」


 仲間のリベンジに奮起する長髪のチンピラが声を震わせているのは、怒りではなく恐怖によるものだ。

 完全にビビり倒しているのだが、引っ込みがつかなくなったようで、闇雲に襲いかかる。


「こう」


 対するブルーノは相手の振るう鉤爪を軽く躱して、良い位置に下りてきた顎を、左拳の腹で横薙ぎに一撫でする。

 今は黒いオーラを纏っておらず、ブルーノの素のパンチなのだが、パワーこそ劣るものの打撃技術自体は高いようで、脳を揺らされた長髪は、意識が飛んで涎を垂らす。


「あるいは、こう、こう、こう」


 紐の切れた人形と化した敵の体を、ブルーノは軽い突きの連打で姿勢を整えさせ、倒れることすら許さない。

 薄々察してはいたが、デュロンは今確信した。ブルーノはイリャヒ以上の、生粋のサディストだ。


「これとかこれとか、これもな〜」


 それが証拠に、気付け代わりに肋骨の終端……肝臓へ重い一撃を入れ、悶絶により相手の意識を覚醒させたところで、そのまま抱きすくめるように背中側への鉤突き……これは腎臓だ。もはや声も出ず膝をつく長髪に対し、ブルーノは苦痛に歪んだ顔面を打ち下ろしで叩き潰すことで、ようやく彼へのリンチを終わらせた。


 完全に戦意を喪失した残りチンピラどもを眺めながら、なにもない虚空に向かって素早く拳を繰り出していくブルーノ。まったく射程に入っていないのに、その動き一つ一つに対して、いちいちビクつく不良たちの反応が面白い。


「つーかね、別に当てなくてもいいわけ。こういうのも全部溜まっていくのね」

「うわ、楽しそう! わたしも使ってみたいです!」


 能力の内容を理解したようで黄色い声を上げるドルフィへ、ブルーノは上機嫌に答えた。


「いや〜、でもね〜、実際やってみるとあんま使い勝手良くはないんよ〜。要するにさ〜、俺自身の体から打ち出したダメージ、インパクト、エネルギー……表現はなんでもいいんだけど、とにかくその威力が、俺の魔術にストックされていくわけよ。影ってヤツ自体には物理的な力とかはなんもないわけでね、その器を満たす実質を溜めないと、効果を発揮できないんだわ」


 そういう制約下で運用されている魔術なので、魔力自体は低燃費なのだろう。

 比喩でもなんでもなく、こいつの能力は文字通り。デュロンたちやチンピラたちは今ここにいる自分の身一つで戦っているが、ブルーノはいわば過去すべての時間軸で努力し続けた自分自身、その全員が直接味方してくれる形なのだから。


 先ほど巨漢を吹き飛ばした一撃の、法外な威力にも納得がいった。

 固有魔術〈闇影乱打シャドウラッシュ〉に溜め込んだ彼自身の打撃を、数発分まとめて纏い、一気に解放したのだろう。


「で、残りの割り振りなんだけど、どうしよっかな……あんま無駄遣いもできないんだよね」


 こうなるともう戦闘自体が成立していない、相手を一列に並べての仕置きと化している。

 誰も自分に近づいてこないことに気づき、ブルーノはチンピラどもを指差す手を止めた。


「あ、勘違いしないでね? さっきロン毛を念入りに痛めつけたのは、あいつが特にムカついたってだけだから。俺そんな鬼じゃないって〜。ハハ。なぁ?」

「おおおお、お願いします!」「殺さないでくださいいい!」「ゲボッ……オエェッ!」

「いや殺すとかしないって〜。『チビ』は別にいい、見たまんまだし言われ慣れてる。『かわいい』も全然許す、むしろ普通に褒め言葉だぜ。綺麗な女の子とかから言われると、正直悪い気はしねぇよな〜。でもさ」


 なんの前触れもなく、命乞いしたばかりの一人が黒い不定形の『影の拳』で、ボコボコに嬲られて血溜まりに沈む。

 数はせいぜい二十発程度だが、首から上を狙ったせいで、ブルーノが意図した通りの凄惨な演出となった。


「『弱そう』ってのはなんなん? お前らの目ん玉が眼窩に逆向きに、表面がウンコまみれの状態で嵌まっててなんも見えんことに対してさ、なんで俺が責められにゃならんの? 俺が悪いのかな? 俺がもっとアホでも一目でわかるように強そうに生まれてくればよかったってことか? お前らのためにわざわざ? なぁ? 訊いてんじゃないすか? 質問に答えるとかってできねぇ感じかな? どういう生まれ育ちしてんの?」


 ヤバい、完全にトリガーが引きっ放しになっている。デュロンがヒメキアの眼を、ソネシエが耳を塞ぎ、良い子には刺激の強い場面を極力シャットアウトする。


「え〜とね、ごめんね。俺こう見えて結構根に持つタイプだからね、聞き流すとかできんの、ほんとごめん。むしろ俺がお前らを許す理由がなんかあるんかな? 自分らが間違ってたときに第一声が謝罪じゃないのってなんでなのかな? いやもう遅いからいいけどさ。で、なんだっけな? なんか俺の言ってること茶化してる奴らがいたよね、どれがそうだっけ?」

「ごめんなさいいいいい!」「あっ、あのあのあの!」「俺じゃない! 俺違うから!」

「いやそういうのいいっす。単純に理由を知りたいなと思ってさ。なんでそうやって分不相応に調子こいてさ、グズグズグズグズと難癖つけて喜べんのかなって不思議でさ。有名な批評家の方なんですかね? 俺に向かって意見垂れられるほどの実力あんなら、すぐ見せてもらえんかなって話で。はい3、2、1、ドン」


 最初にたむろしていたチンピラたちのうち、気絶していない者が半分になった。

 といってもすでに恐怖で酷い有様なので、ブルーノは気まずそうに我に返る。


「あ〜……なんかもういいや、飽きたわ。お前らさ〜、どうせお家帰ったらママが美味しいごはん作って待ってくれてんだから、こんなとこで反っくり散らかってねぇで……よ〜し、やめやめ! つーかタイムアップだね、ごめん!」


 100発程度の打撃群がいっぺんに放たれ、残りのチンピラたちが仲良く地面に減り込んだところで、ブルーノはようやく振り返って拝んでくる。


「いやマジすまんね、超引いたよね。俺こういうのどうしても我慢できなくてさ。相手がどんだけ雑魚でも、虚仮にしてくる奴ら見逃がすとかできねぇんだわ、悪い癖悪い癖」


 正直言ってクソみたいな陰険さに言葉もなかったが、返事を捻り出してみるデュロン。


「でもほら、取り立て屋としてはその方がいいんじゃねーの? なんかその、几帳面っていうか……」

「あ〜、確かにトレンチさんにもスリンジさんにも、『貸しを絶対返させるとことかお前この仕事向いてるわ』って言われたわ〜」

「うん、それはそうなんだろうけど……ほんと大概な性格してんなテメー、ぶっちゃけあんま友達になりたくねーわ」

「それもよく言われる。で〜も〜、ビジネスの相棒としては〜?」

「ウゼー……ブルーノくんそういうとこほんとウゼー……」


 口では貶しつつも自然と肩を並べることで、デュロンは答えに代えている。

 気配蠢く屋敷の中へ、先陣切って歩きつつ、二人は呑気に会話を交わした。


「デュロンくんはさ〜、この10年で、たとえば突き技に限ったとして、訓練と実戦合わせて、だいたい何発くらい打ったかとかわかる?」

「数えたことねーから見当つかねーな」

「だよね〜。俺も性分と仕事と能力がこれだから、おおまかに覚えてるだけだけどさ」


 ロビーにはスタッフが揃い……もとい、物音を聞きつけたチンピラたちの、おそらく今夜集まっているうちほとんどが雁首揃えているようで、不良たちの拙い布陣が完成状態で迎えてくれていた。都合100人程度、一人一人がそれなり程度に手強い印象だ。

 ブルーノが上着を脱ぎ捨てたので、デュロンも倣って隣で構える。


「俺が億超えてんだ、デュロンくんも同じかそれ以上あるよ。そしてこんなチンケな固有魔術なんかなくたってさ、熟したその数はあんたの体に浸透してる。なんの努力も行動もなしに、上向いて口開けてりゃ運良く勝手にすげぇ力を授かれるようなクッッソダッセェ連中相手に、俺らみてぇなのが負けてやるわけにはいかねぇよな〜、デュロンくん」

「まったくその通りだね。つーわけでテメーらよー、一回だけ言うからよく聞けよ」


 デュロンは思い切り息を吸い込み、喉を破るつもりで咆哮を発する。


「どっからでも! かかって! 来いやあああアアアア!!」


 応えて轟く敵の雄叫びに対し、不思議とある種の満足感を抱いていた。

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