第323話 廃墟に蝶、舞い降りて燃え盛る
荷造りのため寮に戻ると、ヒメキアとソネシエは準備万端整えて、談話室で待っているところだった。
デュロンたちに向かって駆け寄ってくるが、ブルーノの姿を見ると途中で立ち止まり、ソファの陰に隠れてしまう。
「だ、だれですか?」
「知らない人がいる。怖い」
小動物二匹の懐柔を試みようとしたブルーノだったが、ヒメキアの猫たちに取り囲まれて叫んだ。
「おわぁ!? なんですかい!?」
「ブルーノ、お前アウトローの気配が強すぎるんだよ。無敵の騎士団が警戒してんぞ」
しかし無敵の騎士団はしばらく嗅ぎ回った後、邪悪な者ではないと判断したようで、すぐに彼を解放した。
念のためブルーノの素性を「ムラティの異父弟」「トレンチの部下」の順で出すと、ヒメキアとソネシエはいくぶん早く態度を軟化させた。
「ムラティさんの弟さん! なら悪い人じゃなさそう!」
「あの男の部下というのは信用ならないけれど、同行くらいは構わない」
「ありがてぇこってす。おっしゃるようにしがない取り立て屋ですんで、どこまで役に立てるかわかりませんけども、力を尽くさせていただきますぜ」
存外殊勝な態度に対し、人見知りのソネシエも毒気を抜かれたようで、イリャヒに向かってこっくり頷いてみせる。
先住小動物たちの許可が下りたところでデュロン、イリャヒ、ドルフィは自室に入り、簡単な荷造りをして、再び談話室へ降りてくる。
今回は長くても一泊にしかならないため、荷物はそれほど多くない。
ブルーノはすでに仕事用と思しき、四角い鞄を持ってきている。
服装はリッジハングの取り立て屋たちの正装である、黒のシャツに臙脂色の背広という出で立ちだ。
猫を撫でながら待っていた様子の三人を見ながら、デュロンは声をかけた。
「ヒメキア、今回の当番猫は決まったか?」
「うん! 今日はヨハネスに決まり! ヨハネスはあたしのねこたちの中でも警戒心が強い子だから、あたしの代わりに危険を察知してくれるよ!」
オレンジ色の毛を持つヨハネスは、ヒメキアの膝の上で撫でられてもフニャフニャにならず、キリッとした顔のままデュロンたちを見てくる。
初めてウォルコの家にお邪魔したときも、こんな様子だったのを思い出す。
迂闊に手を出してガブーと噛まれつつも、気にしていない様子でブルーノが切り出した。
「そんじゃそろそろ行きましょうや。馬車の方はどうなってますかい?」
「今回は往きは六人、帰りは八人になる予定なので、四人掛けを二台で間に合うかと」
「あ〜、そういう感じっすか……いや、一つ気になってたんですけどね?」
ブルーノはその仕草が気に入ったのか、指をチョキチョキ動かしながら尋ねる。
「指って切り取ってったら、すぐ腐っちゃうわけじゃん。そこはどうする感じ?」
「わたしが凍らせれば、外気や日光によって溶けることはほぼない」
なんならソネシエが切断係になれば、その作業がワンアクションで終わる。
そういう意味でも彼女はこのチームに選出されたのだろう。
「なるほど……いや、それもいいんだけどさ、現場で指ズバッてのもどうなん? て話で。いちいちめんどくさいし、なんだったらもう指要員も体ごと確保してっちゃえばいいんじゃねぇ? そんな大人数にはなんないわけでしょ?」
「ええ。できれば欲しい属性があと四種類ほどあるそうで、そのうち二つでも埋まれば十分、というのが実情だそうです」
「なら絶対欲しい奴は念のため身柄ごと、そうでもない奴らは指だけ狩ってけばいいか? もし使わなくても
「いいですね、そうしましょうや。そんなら、馬車は六人乗りを二台の方がベターなんじゃ? 最初突入時の方針話し合うとき、全員が一台に揃ってないのはちょっとね。移動時間も有効に使わないと。なんならこっちで手配しましょうかい?」
「いえ、大丈夫です。では、そのように……」
『もう業者に連絡したわ。寮の玄関で待ってなさい』
「すみません猊下、ありがとうございます」
『良くってよ。わたくしも、お土産期待してるわね♫』
「今から行くの廃墟なんですけど」
『だから、そこからちゃんとかわいい男の子や女の子を連れて帰ってきてね♡』
「もう終わりだよこの街の倫理観」
「それは元からじゃね? で、話戻すけど、引く馬もさ〜、乗ってる重さによって疲労度が変わるわけ。だからときどき交代させてあげたいわけ。あ、でもそれは御者さんたちがやってくれるか。あともう一個あるんだけどいい?
帰りは確保した連中はいちおう捕虜の扱いになんのかな? ほら、オグマさんとこの娘さんとか、隙を見て逃げようとするかもしれないわけじゃん。だからそんときは俺たち三人ずつに分かれて監視ね?
で、今からその組み合わせも決めとこっか? だって現地で任務終了後だと疲れて頭回んなくて適当になってミスが起こるかもしれないでしょ。後々グダるより絶対その方がいいわ、一番この六人のパワーバランスわかってる人、よ〜しイリャヒさんお願いしま〜す」
「わかりました、考えておきます」
「ブルーノくんってすごく仕切り屋で効率重視なんですね、付き合ったらめんどくさそう」
「ドルフィ、お前もう少し歯に衣着せるってこと覚えろよ」
「いいんよデュロンくん、実際そうだし。あと俺すげぇドケチだからさ、ドルフィちゃんも気をつけて。俺デートで絶対金払ったりしないと思うから」
「それは普通にクズなのでは……?」
「ううん、大丈夫ですよ。そのときはわたしもお金払いませんし」
「それ無銭飲食になってねーか!?」
「経費で落とすってのはどうかな?」
「場合による」
「場合によるんだ! すごい!」
「よりませんよ?」
「そもそも自分で金払いたくねぇような店で、食事とかすんなって話っすよね」
「そうですよね!」
「いや、あなたたちに言ってるんですよ、ブルーノとドルフィ」
「「ワハハ」」
「なに笑ってんだお前ら……」
「変なとこで波長合ってて危険ですね……」
とにかく回してもらった六人掛けの馬車二台のうち、前の一台にみんなで乗り込んだ。
ブルーノは眠そうな表情からはわかりにくいが、ちょっとウキウキしているようだ。
「席どうする? 途中で替える感じ?」
「いやこれそういうんじゃねーから……」
「ちょうど男女で三対三かつ、席も向かい合わせなのがなんとも……」
しかしはしゃいでいるのは彼だけではないようで、出発してしばらくすると、ヒメキアが隣の親友とイチャイチャし始めた。
「へへ……またソネシエちゃんと一緒で嬉しいよ」
「わたしも。お菓子をたくさん持ってきた」
「あたし魔法瓶にお茶入れてきたよ! ほしい人どうぞ!」
「俺もらっていいですかい?」
「わたしも! ちゃんとキマるやつですよね?」
「キマらないやつだよドルフィさん!」
「えーっ、おハーブ恋しいですわー」
「まるきりピクニック気分ですね……緊張しないのはいいことですが、完全に油断していい相手というわけではないこともお忘れなく」
ごくり、とヒメキアとソネシエが喉を鳴らした。もっとも固唾を飲んだのはヒメキアだけで、ソネシエはお茶を飲み込んだだけなのだが。
「兄さん。今回の任地について、わたしたちは詳しく聞いていない」
「〈ブマルシールサグの幽霊屋敷〉と呼ばれる場所です。そう呼ばれるようになったのは最近のことらしく、以前はただの廃墟でした。ブマルシールサグというのは地名でも家名でもなく、どういう意味の言葉なのかわかっていません。幽霊屋敷と呼ばれ始めたことと、不良たちの溜まり場になり始めたことの、前後関係と相関関係も不明です」
早くも背筋がゾゾゾとなってきたデュロンは、不本意ながらイリャヒに尋ねる。
「幽霊が……出るのか?」
「と、されています。怖いですか?」
「こえーよ、わりーかよ」
「ふふ……私も怖いです」
「なんなんだテメー!?」
「おばけはこわい。自然なこと」
「テメーらよくそんなんで、恩赦祭のとき俺をイジり倒せたな!?」
「いやー、あのときはビビり散らかすあなたの様子が面白かったので、つい」
そしてヒメキアもあのときも同じ反応をしていた。
「おばけ! あたし、おばけ好きだよ!」
「おばけを好きってのはどういう感情なんですかい、ヒメキアちゃんは?」
「ご存知の通り彼女は
「あたしおばけに会ったら、むしゃむしゃ食べちゃうかも!」
「ヒメキアちゃん強気ですねぇ。だけど、鼠を知らずに育った猫は、初めて鼠を見たらびっくりしちゃうらしいって、わたし聞いたことありますよ。ヒメキアちゃんは大丈夫です?」
「そ、そのときはヨハネスにお任せするよ!」
「ヨハネスの責任がデカすぎるだろ、彼はごく普通の猫なんだよ」
六人乗りの馬車は足元のスペースも広く、みんなの靴の間をウロウロしていたヨハネスを、イリャヒが抱き上げながら付け加える。
「しかし一口に不良グループと言いましても、場末のチンピラみたいな連中とは限りません。
特に都会では、暇とお金を持て余した貴族の子女が夜な夜な徒党を組み、悪事に手を染める闇のサロンが存在するとかしないとか」
「へーっ、すごいですね! おくすり食べたりもするんでしょうか?」
「あったら全部私が燃やしますよ」
「ひどいです!」
「ひどいのはテメーだよドルフィ。お前とブルーノがふざけるせいで、今日イリャヒがすげー真面目じゃねーか」
「兄さん、珍しくあまり笑わない」
「ふふ、そうですか? 話を戻しますと……人間時代では坊ちゃん嬢ちゃんの傍迷惑な火遊びで済んだのかもしれませんが、ことこの魔族社会において、貴族とは強き血の吹き溜まり、未熟な怪獣の集まりに他なりません。あまり舐めてかかっていると、思わぬビッグネームにぶつかる可能性もあるわけで」
「あー……たとえばヴィクターの弟とか、そういうのがいるかもしれねーわけか」
「あとイリャヒの妹とかですね」
「兄さん、それはわたし。ここにいる」
「ソネシエちゃん、ぐれちゃうの!?」
「お菓子をくれないと、ぐれるかもしれない」
「ハロウィンはまだ四日早いですよ。心置きなくパーティを楽しめるよう、任務を頑張りましょうね」
「「はーい!」」
落ちていく陽に吸い寄せられるように、二台の馬車は街道を走っていく。
同じ頃、同じラスタード王国内の某所。
ホストハイド家の屋敷の中で、廊下を全力疾走する男がいた。
彼はバイゼン、炎のような髪型が特徴の熱血漢である。
家令たちが迷惑がるのも気にせず、バーニングダッシュを繰り返した彼は、ようやくある部屋の前で立ち止まり、拳を大きく振りかぶって……控えめに数回ノックした。反応はない。
次にドアノブをそっと回すと、扉は施錠されていないことがわかった。
だからといって即突入するほど彼は愚かではない。彼の頭が戴く炎は、知性の象徴なのだ。
扉が施錠されている場合、相手は昼寝か着替えの最中か、勉強に集中しているかの可能性が高いのだが、まだそのすべてがおおむね排除されただけだ。
なので彼はそっと扉を閉め直し、ここでようやく全力のノックとともに行儀良く室内へ呼びかける。
「エエエニャアアアア! エヴロシニヤ! 兄さんだぞ、バイゼン兄さんだ! 一緒に『午後の燃え盛る健康体操』をやらねぇか!? 付き合ってくれたらお茶とお菓子を奢ってもいい! エーニャちゃん? いるのかな、いないのかな、どーっちかなーっ!?」
ここまでやっても反応がないので、バイゼンは意を決して扉を勢いよく開け放つ。
「エーニャ……あれ、マジでいねぇな。ん?」
そのときバイゼンの燃える瞳が、机の上に書き置きらしきものを発見した。
シュババッ! と駆け寄り一読した彼は深く頷き、再びのバーニングダッシュをもって部屋を脱した。
今度はノックも確認もなく、目的の部屋へ扉を破壊して飛び込んでいく。
「親父、大変だ!」
「なんじゃい、倅よ!」
上半身裸で鍛錬の最中だった現当主ガルムレット・ホストハイドは、巨大な鉄塊を持ち上げた姿勢そのままに、口髭の下から朗々たる声を発した。
「エーニャがいなくなった! あいつの部屋に、これが残されてたぜ!」
筋骨隆々の汗だく大男が二人、書き置きの前で厳つい顔を並べる。
「『ドラゴ
「みてぇだな! たぶんまた例の、クリムゾン、なんとかいう集まりに行くんだろう! 意味はわからねぇが、アツい名前だぜ! 俺は信用できる連中だと思う!」
「バイゼン、貴様はアツければなんでもいいんじゃろが! エヴロシニヤはまだ十三歳だぞ!? 目的はわかったが、だとしても朝帰りを許してたまるかい!」
父親の動転ぶりを見ていくぶん冷静になったバイゼンは、壁にもたれて腕を組む。
「つってもなぁ。あいつは
「やかましい! あやつを……ドラゴスラヴを置いて他に誰がおる!? それに儂とて去るもの追わずで放置しとるわけじゃないわい、ちゃんと定期的にあやつを連れ戻すための刺客を送っとる!」
「刺客なのがダメなんじゃねぇの……?」
「そう思うなら、バイゼン、貴様が己の長兄を探せばよかろう!」
「無理無理、大兄者の行動は予測できねぇよ。仮に見つけたとしても、俺じゃ殴り倒すことも説き伏せることもできねぇし。あの人のアツさときたら活火山並みだ、どうしようもねぇ」
「ぐぬぬ……!」
「まぁとりあえず一回落ち着けよ親父。健全な魔術が……じゃなくて、精神が肉体に? 宿る。そうだ! 大事なのはやっぱ肉体だぜ!」
「……一理あるが、ならばなんとする!?」
「知れたこと。『午後の燃え盛る健康体操』だ!」
「望むところじゃあ! かかってこんかい!」
「よし! まずは優雅に燃え盛る蝶の動き!」
「ふん! まだまだ若いモンには負けんぞ!」
「うおおおお! 俺が親父を超えてやるぜ!」
「優雅!」
「優雅ああああ!!」
すでに二人に忘れられている書き置きが、風に吹かれて廊下へと飛び去っていった。
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