第322話 シスコンに悪い奴はいない

 落ち着いて事情を説明すると、ブルーノは一転コロッと笑い、屈託なく非礼を詫びてきた。


「な〜んだ、それならそうと早く言ってくださいよ〜。危うく本気で殺しにかかるとこだったじゃないすか〜」

「わりーわりー、あんな藪から棒じゃ、そりゃ疑うわな。俺の配慮が足りなかった」

「いやいや、気にしなくていいって〜。俺たち苗字が違うからわかりにくかったよね〜。異父姉弟でさ〜、種族もパックリ分かれちゃってるし〜。俺はこの通り裏社会、姉貴は堅気に就職しちゃったからってこともあって、最近はあんまり会ってねぇのよな〜。意識してそうしてる部分もあるんだけどさ〜、それでもちょっと寂しくて〜」

「気持ちわかるぜ。俺も共謀防止で、任務中はずっと姉貴と離されてるからな」

「え、それって、〈昼〉も〈夜〉も?」

「うん、両方。いちおう例外もあるけど、まー実際滅多にねーわ」

「ふへ〜、マジで監獄みてぇなシステムになってんのな。あ、監獄といやぁさ、俺の方はこないだまでガチで投獄されてて〜」

「ヤベーじゃん。ブルーノくん、なんかすげー悪いこととかした?」

「うん、ま〜それは業務上の秘密なんだけど。トレさんの命令でやったことだから、ちゃんと事前の取り決め通り金払って釈放してもらえたから、そこは不満とかないんよ〜」

「へー、そういうことってほんとにあんだな。やっぱカリスマあんな、お前のボス」

「だろ〜? でもさ〜、一回監獄で生活しちゃうと、もうシャバの空気とかシャバすぎて吸えなくなんの。今さらシャバくなんのダサいし嫌だからさ〜、そういう理由でマスク着けてるわけ」

「え、それほんと?」

「いや嘘なんだけど」

「オーイ、嘘かよ!」

「あはは! いや、ごめんって! 後でちゃんと理由教えるから!」


 一瞬で意気投合した二人を生温かく見守っていたトレンチは、しかし実際楽しそうな部下の様子に悪い気はしないようで、微笑を浮かべて話に入ってくる。


「デュロンくんよぉ、ブルーノの能力は間近で見といて損はないぜ。そいつの固有魔術は闇影系の努力蓄積型っていう、なかなか珍しい代物だからな」

「努力型っつーと……なんかのきっかけで発現した感じのやつじゃなく、ウォルコやファシムみてーな、自力で練り上げたタイプってことか?」

「いや、それとはまた別だが……それも一緒に戦ってるうちにわかるさ」

「そうですぜ。俺は無駄な努力ってのが嫌いでね、この手の能力におけるある意味で究極形をお見せできると思うから、期待しててくれよ、デュロンくん」

「じゃせっかくの機会だし、マジに勉強させてもらうわ」


 ブルーノは上機嫌にイリャヒへ視線を移し、手をチョキチョキ動かしながら打診する。


「で、知ってるみたいだけど、うちの姉貴も、頭脳系の擬似憑依型っていう結構珍しいやつなんだけども、なんだったらまず俺らが指を提供しよっか?」

「いえ、今回我々が求めているのは、あくまで珍しい属性ですので、闇影系や頭脳系自体は、教会やその周辺にも、すでに持っている者がいます。それにそこらのチンピラならいざ知らず、あなたのお姉さんの美しい指なら、我々だって切りたくはないですし」

「お、イリャヒさん、あんたもこっち側なんじゃん。いいね〜、この仕事すげぇ上手くいきそうな予感がするわ〜。そんでそっちのお姉さんはさ」

「こんにちは、ドルフィです!」

「ドルフィちゃんはさ、かわいいね。ところで固有魔術は何系?」

「そんなナンパの仕方初めて見たぞ……」

「いえ、ナンパに見せかけて能力を聞き出すという、高度なテクニックなのでは?」

「低度なテクニックに引っかかって答えてあげましょう! 圧力系に分類されています!」

「圧力……? なんかよくわからんなぁ……つまんね」

「訊いといてなんですかぁ!? かわいい顔して態度悪いですねこの子!?」

「かわいいこの子て……俺いちおう十七歳なんですけど」

「え!? わたしと同い年じゃないですか!?」


 デュロンは嗅覚による感情感知が発動したため、新米ベナンダンテにそっと忠告する。


「ドルフィ、今お前たぶんブルーノくんのブチギレ禁句タブーの周辺撫でてる状態だから、仲良くしてーなら気をつけてやれよ」

「そうなんです? ブルーノくん」

「まぁ……でも姉貴のこと以外では俺そんなに怒んないから気にしないでよ」

「なるほどシスコンなんですね」

「うん」

「うんてお前……」

「素直じゃないですか」

「イリャヒ、お前はシスコンなのか?」

「私は普通です」

「俺も普通だよ」

「どっちが重症かだいたいわかりました!」


 ブルーノが気にしているのは、たぶん自分の身長とか体格のことだ、デュロンもそうなのでわかる。

 そこではたと思い出し、トレンチに尋ねる。


「そうだ、肝心のことを聞き忘れてる。アンタたちからの依頼内容ってなんなんだ?」

「あぁ、それな。俺らもちょっと困っててね。レイシー・オグマが加わったという不良集団……今は〈紅蓮百隊クリムゾンセンチュリ〉と名乗ってるようだが、そいつらの幹部級の一人に、俺たちの債務者が混じってる。そいつを確保してきてほしいって話なんだが……」


 デュロンの顔から明らかな難色を読み取ったのだろう、トレンチは両手を広げて肩をすくめる。


「待て待て、最後まで聞け。俺らに引き渡せってのは気が咎めるだろう。だからそいつは……そいつはっつーか、オグマ以外の不良どもの中でも、身寄りのない連中は全部、お前ら教会で保護すりゃいい。柄こそ悪かろうが将来有望な若者の巣窟だぜ、ありゃ。その代わりその債務者が負ってた借金を、教会さんが丸々肩代わりしてくれ。そうすりゃ丸く収まる」

「ふざけんな、なんだその取引は? こっち側になんのメリットもねーじゃねーか」

「メリットときたか。教会さんとしても全うな慈善事業に思えるがね」


 水掛け論になりかけたところで、やや険しい表情のイリャヒが口を挟む。


「親愛なる叔母様の件で、味を占められてしまったようですね。それでは要するに身柄の売買じゃないですか。倫理的にも実利的にも請けかねますね」

「酷ぇ言い草じゃねぇか、譲歩してやってんのはこっちなんだぜ? それに俺たちはこの件に噛むことに関して、それ以上なにも要求しねぇ。俺たちにしてはずいぶん慎ましいよなぁ、ブルーノ?」

「そうですねぇ。しかし俺はその件についてよく知りませんので、これ以上口は挟みません」


 ドルフィも同様だ。飲まざるを得ないと判断したようで、イリャヒは苦い顔で一線を引こうと試みる。


「では、以前と同じように元金で」

「いや、今回は利息含めて全額だ」


 膠着しかけた状況を、イリャヒの袖からにゅるりと這い出た、蛇の一声が打開する。


『構わなくってよ。その条件で成立です』

「しかし、猊下……」

『釘を刺しておかなかったわたくしにも、非があります。こういうのはもう、これっきりにしていただきたいものね、トレンチ・リッジハング。わたくしの足下を見る好機は、そうそう巡ってこないものと心得なさいな』

「肝に銘じますとも、猊下」


 おどけて一礼してみせるトレンチを、デュロンとイリャヒが不服そうに睨んでいるのを見て、アクエリカは使い魔を動かし、これ見よがしに囁いた。


『おそらく標的はプロの取り立て屋である彼らが難儀するほどの、相当な不良債務者なのよ。彼らにもプライドがある中、涙を飲んでわたくしたちに押しつけてきているの。虫にも小さな魂があると言うでしょう、不快害虫のチンケな気持ちを汲んであげなさい』

「こっちも今すぐクソ蛇女を殺してやりてぇところだが、さすがに我慢ってもんは知ってる。俺の気が変わらねぇうちにさっさと行け。……いや、やっぱちょっと待て」


 トレンチが吐き出した紫煙と言葉には、確かに彼の本音が混ざっていた。


「改めて誘うぞ。デュロン、イリャヒ、それにドルフィ、お前さんもだ。ブルーノの話相手ってだけじゃなく、同僚になってやる気はねぇか?」


 三人は顔を見合わせ、一様の答えを返す。


「嫌っつーか、無理なんだよな。わかって訊いてんだろうけどよ」

「仮に選択肢があったとしても、たぶん鞍替えはしないですけどね」

「神様は絶対なんです、ごめんなさい!」


 なら仕方ない、もう言うことはないと言いたげに、トレンチは黙って眼を閉じ苦笑して、緩やかに手を振った。

 それを合図に三人は……いや、四人はリッジハングを後にする。

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