第321話 シスコンはシスコンを知る
三人目の依頼者のところへやって来たデュロン、イリャヒ、ドルフィは、奥の一間へ通されて、しばしの間待たされる。
と言っても高級そうなソファは座り心地も上等で、格別の不満は起きなかった。
下手すれば今回の任地そのものよりよほど危険な場所ゆえ、ヒメキアを連れてくるわけにはいかず、彼女はソネシエと一緒に寮で荷造りをしている最中である。
デュロンたちもここでの話を早めに済ませて、あの二人に続きたいものだ。
手持ち無沙汰に傍らを見やり、デュロンは上機嫌な
「ドルフィ、それどうしたんだ?」
「へへーん! さっき別れ際に市長さんがウダウダ言っている間に、ムラティさんに描いてもらったんですよ! どうです、かわいいでしょ?」
「ああ、すげーよ。自分の顔を一切の美化なく思い浮かべられる、お前の完璧な自己愛がな」
「言い方酷くないですか!? わたしこの絵そのままの美少女ですよね!?」
「ああ、だからそれがすげーって言ってんの」
無駄口を叩きすぎて叱られるかなと、反対隣を一瞥するデュロンだが、イリャヒは実家に帰ってきたように寛いでいて、特に注意してくることもない。
「おめぇら、大したタマだなぁ……そうも堂々と構えていられると、美学より先に自負が折れちまうぜ」
なんの先触れもなく現れて、対面に腰を下ろしたのは、この街の暗黒街を取り仕切る黒幕の一人である、トレンチ・リッジハングだ。
さっきからずっと彼の部下たちがデュロンたちを取り囲み、しきりに殺気を放っているのだが、遠吠えしかできない負け犬どもにもはや用はない。
今のデュロンたちが目指しているのは、今目の前に座っている男のような相手と、対等に戦えるレベルなのだから。
トレンチは威圧を諦めて部下に酒を注がせ、美味しそうに飲んで口元を拭う。
「しかしデュロンとイリャヒはともかく、そっちの嬢ちゃんはなんでそんなに落ち着いてんだ?」
「はじめましてリッジハングさん! わたしドルフィ・エルザリードっていいます!」
「おうおう、こんなところでフルネームを叫ぶもんじゃ……待て、エルザリード? 住民全員がその地名を苗字として名乗ってる、あの麻薬と因習まみれのイカレた村か?」
「はぁい! こないだ焼かれて、わたし以外全員この人たちに殺された、あのクソみたいな村が産地のドルフィですよぉ! あははははは! 外の世界って素晴らしいですね!」
「この通りこいつは頭がおかしいだけだから、アンタらの脅しが弱いわけじゃねーんだ。あんまり気にしてくれるな」
「あっそ……じゃ本題入るけどいいか?」
「ええ、どうぞ」
トレンチは葉巻に火を点けて吹かし、デュロンたちには飲み物を勧めてくる。
デュロンとイリャヒはアクエリカほどの胆力はないため、警戒して普通に手も触れないが、ドルフィは頭がおかしいので、ニコニコしながら口をつけた。
「わぁ! これ美味しいです!」
「美味しいんだとよ」
「遠慮しておきます」
「あーっと……そうだ、先に紹介した方がいいだろうな。今回うちからも一人出して、お前らの任務を手伝わせることになってる」
「ああ、そう聞いてるぜ」
「内容としてはレイシー・オグマは保護。その他のチンピラどもから、可能な限り指ちゃんをゲット。これでOKだよな?」
「OKです」
「よし。おい、誰かあいつ呼んでこい」
手下の一人を動かしたトレンチに、待っている間デュロンは雑談を持ちかける。
「今日はアンタの弟さんはいねーんですか?」
「他に仕事があるんでね。俺らだっていつでもセットで暇なわけじゃねーよ、悪党以前に大人舐めんな。……しかしお前ら、つくづく危ねぇ橋を渡らされてんね」
「そうか? 今回は指狩り自体を除けば、そんなヤベー要素はねーと思うが」
「おいおいデュロンくん、お前おたくのひよこちゃんがついてく意味わかってんの?」
デュロンが答えを求めて視線を向けると、イリャヒは肩をすくめて静かに口を開く。
「我々が襲撃を仕掛けている状況下で万一レイシーさんが死んだら、他の事情をすべてスッ飛ばし、我々がミレイン市長の一人娘を殺害したものと
今さらながらデュロンの背筋は冷え切った。トレンチは特に呆れた様子もなく、純粋に楽しそうに笑っている。
「そういうこったからよ、頼むぜお前ら。こっちからもちゃんと腕利きを出してやっから」
「その腕利きが最後の最後に我々を裏切って、火薬庫に火を点けてくる可能性を危惧しているのですけど」
「アホぬかせ。教会と王国を喰い合わせるなんて、周辺被害のデカすぎる方法採るもんかよ、せっかく馴染んだ俺の街がグチャグチャになるだろうが。あの市長は普段荒事に慣れてねぇからこそ、そんなズレた計画を平気で立てられたんだろうぜ。
ほら、来たぞ。早いとこ仲良しになれるよう、互いにちゃんと挨拶しな」
首魁の後ろから影のように現れたのは、思いのほか小柄な少年だった。
ダークブラウンの髪にライトブルーの眼、顔の下半分は鴉の嘴のような黒いマスクに覆われている。
身体は百五十センチ程度、おそらく
筋量も間違いなく自分より下なのに、なぜかデュロンは、彼と殴り合ったら敗けるのではという危惧が、彼に対する第一印象だった。
固有魔術の系統はわからないが、相当な使い手の雰囲気がある。
イリャヒも同様に感じたようで、先んじて名乗る礼を尽くした。
「イリャヒ・リャルリャドネと申します。他の二人はデュロン・ハザークとドルフィ・エルザリード。今回我々と協調してくださるそうで、深く感謝の意を表明いたします」
「ど〜もど〜も。俺はブルーノ・ブルートってモンです。あんたらだってそのナリだが、実質は
すぐさまマスクの下から、くぐもってはいるが気さくな声が返されたことで、ひそかにデュロンは安心した。
ひとまず会話が成り立つどころか、友好的な相手のようで、やりやすくて助かる。
それゆえか同時に気になった点を、そのまま口にしてしまう。
「その髪と眼の色……アンタもしかして、ムラティ・ランギットの関係……」
みなまで言うより早く、ブルーノの全身から黒い不定形の物質が湧き上がる。
それらは拳の形となり、デュロンの五体へ殺到した。
都合十二発を受け切ると、ブルーノは喋れる程度まで怒りの発作が回復したようで、眠たげだった瞳孔を開いて声を張ってくる。
「ムラティは俺の種違いの姉だが……てめぇ、あの人になんかしたのか!?」
なるほどそれなら仕方ないなと、デュロンは迂闊な発言を素直に反省した。
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