第320話 自動手配

 腐っても人狼だ、デュロンたちの感情を克明に嗅ぎ取ったようで、慌てて弁解してくるアゴリゾ。


「お、おい待て君たち、それは偏見だぞ! ミレイン市は多様な種族を登用し……」

「ハーッ……いやいや、そういうのいいから、ほんと。きっついわー……」

「デュロンくん、素で失望するのやめてくれるかな!?」


 言葉もないデュロンに代わって、ドルフィが元気よく尋ねてくれる。


「あのぅ、市長さん! そちらの女性と不倫され始めたきっかけってなんだったんでしょう!? わたし気になりますぅ!」

「誰だいこの、初対面なのにグイグイ来る子は!? 違うから、彼女は私の愛人とかそういうんじゃないから! ほ、ほらムーちゃん、フルネームから特技まで自己紹介して!」

「すでに付けてるかわいい愛称がダウトなのですよね……ソネシエはどう思います?」

「なにも」

「無なのもそれはそれでしんどいなあ!? ひ、ヒメキアくんは私の味方だよね!?」

「ご、ごめんなさい……あたしなんて言っていいかわかんなくて……」

「そうだ、君と私も初対面だった! しかもその肝心の第一印象が最悪になってる!」


 聖職者たちの猜疑に満ちた視線をものともせず、新米秘書は笑顔で名乗る。


「皆さんこんにちは〜。わたしムラティ・ランギットっていいます〜。

 固有魔術は〈自動手配オートマチケット〉、相手の頭の中にある情景を読み取って、紙の上に描画できるんだよ〜」


 近いものに覚えがある気がしたデュロンは、やがてそれがなんなのか思い至った。


「つまり……ヴィクターみてーな方向性の能力者で、それで雇ったってことか?」

「そう! そういうこと! 前例として彼がいてくれてよかったあ! いや、彼女自身の事務能力も高いんだけど、固有魔術の方もほんと説明とか紹介に役立つものでね、重宝してるんだ! ムーちゃ……ムラティくん、ちょっとやってみせてくれたまえ!」

「はいは〜い、なにをお描きしましょ〜?」


 自分のデスクに就いてペンと紙を取り出し待機する淫魔サキュバスに、アゴリゾは確信的な指示を与える。


「そうだ、言葉で特徴を伝えても事足りるだろうけど、これも万が一ってことがある。レイシーの容姿を直接知っておいてもらった方がいいな」

「なるほど〜、そうだよね〜。アゴちゃん、思い浮かべた?」

「アゴちゃん思い浮かべた!」

「このやり取りを奥さんに伝えるだけでもまあまあ面白いことにならねーかな?」

「やめてねデュロンくん!?」


 頭上で飛び交う会話をよそに、ムラティはすでに固有魔術を発動していた。

 にこやかな表情が消え去り、無心の様子で、凄まじい速度の描画が行われている。

 三十秒も経たないうちに完成し、眼に輝きの戻った彼女は、額の汗を拭いながら微笑む。


「ふ〜、できた〜。上手く描けたかな〜?」

「そりゃあ、君の腕前は承知の……あれ?」


 デュロンたちもアゴリゾの後ろから覗き込むと、羊皮紙にはまるで鏡に映したかのような精巧さで、美しい女性の似顔絵が描かれていた。

 しかし、見たところ四十代くらいで、しかも絵ですらわかるほど冷たい侮蔑の目つきをしている。

 十四歳の女の子がこの大人びた表情をできるとしたら怖いが、幸か不幸かそうではなかった。


「しまった! まったく、デュロンくんが余計なことを言うから、一番サドっ気が強いときの妻の顔を思い浮かべてしまったじゃないか!」

「だから他所よそのそういうやつ知りたくねーって……でも今のでなんとなくわかったぞ。いわゆる自動筆記の、絵画バージョンってことか」

「そうだよ〜。わたし自身の絵は下手くそだけどね、能力使うとすっごく克明になるの〜」


 にへ〜、と無邪気に笑うムラティは、先ほどまでの写実性とは似ても似つかない、その……だいぶ個性的な絵柄の落書きをし始めた。

 霊媒による自動作用、または変性意識トランス状態と呼ばれる、いずれにせよ本人の知識や技術とは無関係な内容や様相を、腕の筋肉が勝手に出力していくという現象が、まさにムラティの体で起こっていた。

「相手の愛する者の姿を読み取る」という淫魔サキュバスの基礎能力に根差した固有魔術であるという点で、確かにヴィクターと似て非なる能力ということになる。


「いちおうやり直してもらうね。これがちょっと前までのレイシーちゃん」

「はいは〜い」


 ムラティの右手が新しい羊皮紙に、先ほどの女性によく似た、セミロングの黒髪に白い肌の美少女が、穏やかに笑っている様子を描き出す。


「で、これがごく最近のレイシーちゃん」

「おっけ〜い」


 髪の毛以外がガラリと変わった。肌は褐色となり、眉間に皺を寄せ牙を剥く、今にも噛みつきそうな表情でこちらを睨んでいる。

 この子を探して保護するというのが、今回の二つ目の任務なわけだ。


「この浅黒くなってんのも、レイシーちゃんのグレた一環なのか?」

「いや、それはさっき言った、ママとバカンスしたときに日焼けしただけみたいだ。私の知らない間に、二人きりで……」

「わかった。この人がこの調子だと、仕事が滞って困るよな、コニーさん」


 振り返るとアゴリゾの第一秘書は、クスクス笑いを堪えているところだった。

 ムラティに対しても悪感情を持っていないようだし、意外と職場環境に不満はないらしい彼女は、眼鏡の下で涙を拭って話に加わる。


「ふふ……すみません、黙っているだけで愉快になっていくので、ついそうしていました」

「あなたも大概ですね……ところで私は、この絵柄に見覚えがあるのですが」

「あ、理由わかりますよ。今年の〈恩赦祭〉で〈永久の産褥〉の構成員たちの間に、ヒメキアさんの似顔絵が出回っていたじゃないですか? あれ描いたのムラティちゃんですよ」

「おい市長!? アンタほんとに多様な人材採ってんな!?」

「しょうがないじゃないか、野垂れ死にそうなところを拾っちゃったんだから。それに正式な〈産褥〉の構成員ではなかったようだし、エリカ様の許可は取った上で登用している。教派の長クラスまで〈銀のベナンダンテ〉に取り込んでいる君ら教会に比べたら、なにも問題はないと思うが」

「出たよ、エリカ様。あの人をこの呼び方する奴は」

「重度の信奉者である。彼はもう両足ずっぷりです」


 手遅れのアゴリゾは放っておいて、人気の似顔絵師が囲まれていた。


「ムラティさん、あたしのパパに頼まれて描いたんですよね? あたし嬉しいです!」

「あの絵はヒメキアのかわいさをよく表現できていたので、許すものとする」

「ありがと〜。当時仕事かつ能力で描いたものだけど……ヒメキアちゃん、君の穏やかな表情をたくさん読み取っていたから、今が初対面に思えないんだ〜。良かったら友達になってくれないかな〜? 手紙と使い魔、どっちで連絡取る?」

「会いたい! あたし直接会いたいです!」

「うわ、やっぱ好きだこの子〜……自己紹介が途中だったね〜。わたし齢は十九歳で、特技はこう見えてダンスなんだよ〜」

「ほんとですか! あたしも、踊るの好きです! ここにいるソネシエちゃんも! ムラティさん、あたしたちハロウィンに寮でパーティをやるので、よかったら来てください!」

「ほんと〜? じゃあお邪魔しちゃおっかな〜」

「歓迎する」


 プライベートのお誘いがまとまったところで、ここに留まる用件はなくなり、一行は退出する。

 まだウダウダ言っているアゴリゾ、にこやかに見送ってくれるコニーとムラティの対比が、残酷なほど鮮やかであった。

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