第319話 ミレイン市長に新たな疑惑浮上
他の四人が途方に暮れる中、コニーとヒメキアが二人がかりでアゴリゾを落ち着かせるのにしばらくかかり、ようやく冷静に喋れるようになった市長は、もはや体裁もへったくれもなく相談してくる。
「例の件があって以降、私はかなり腰が引けた姿勢で、妻や娘に接していたからね……最初は寛容に受け入れてくれていたレイちゃん……あ、娘はレイシーというんだけど、彼女も私がそれまで家族に対し働いていた不実や怠慢と、その埋め合わせがまったく吊り合っていないことに気づいてきたのだろう」
「まったく勘弁していただきたいですね、オグマ氏。ただでさえ乏しい我々の結婚願望をこれ以上減衰させないでくださいよ」
「いやほんと、面目ない……」
恭しく頭を下げているかと思えば直截な皮肉を口にするという、イリャヒのスタンスもよくわからない。
ズバズバ切り込んでいくその姿勢はデュロンとしては空恐ろしいものがあったが、この面倒な場を仕切ってくれるのはありがたい。
「参考までにお伺いするのですが、娘さん……レイシーさんはおいくつでしたっけ?」
「今年で14歳になったところだ」
「なるほど、難しいお年頃ですね。差し出がましいことを尋ねるようですが、奥様はこのことを?」
「もちろん把握している。というか、妻は娘が出て行く場面に立ち会っていたそうだが、止めなかったそうだ」
「さぞかし娘さんの反抗が強く、止めきれなかったと……」
「いや、そうじゃなくて、家出する理由が理解できるから、むしろ後押ししたくらいらしく」
「そ、そうですか……しかし奥様もご心配でしょうに」
「そう思うだろう? ところが妻は使い魔を介して、娘の居場所を把握している。妻にとってはちょっとした外泊程度の感覚で、彼女に言わせるとむしろ私が心配しすぎなんだと」
「な、なるほど……それはまた……」
「妻と娘は、すごく仲が良いんだよね。この前なんか私に内緒でイノリアル南部へバカンスに行ってたそうだし」
「あー……ま、まあその、南イノリアルのリゾートはほら、有名ですよね……」
「……」
「……」
「……なんというか、心中お察し……することもできないですが」
「いや、いいんだ……すべて私の不甲斐なさが招いたことだから」
イリャヒが大変いたたまれない表情でなぜかデュロンの方を見てくるので、仕方なく主導権を交代する。
ちょうど訊きたいこともいくつかあったので、渡りに船といえばそうでもあった。
「そうか、だからヒメキアを指名したんだな」
「そうなんだよ。もちろん贅沢な要望なのはわかってる。こんな任務、君たちにとっては日常茶飯事なんだろう。だけど万が一ということがあると……」
「大丈夫です、アゴリゾさん! もしレイシーちゃんが事故で大怪我とかしても、あたしが絶対死なせません!」
「そう言ってもらえると助かるよヒメキアちゃん!」
頼みの
「まー確かに俺らにとっても、敵対する立場にある人物を100%生け捕りで保護ってのはあんまりねーが……言っても相手は一般市民なんだ、そう難儀はしねーはずだぜ?」
「いや、どうかな……多分君らでも相当手こずるはずだよ。妻が娘の非行をまったく心配していないのも、単に私と逆方向の親バカだからってだけでもない。
娘はフラフラ出歩くことも、悪い連中とつるむこともあるが、彼女がそう簡単に屈したり靡いたりしない、確かな強さを持っているからだ。
先に言っておくと、私の妻は吸血鬼で、私と彼女の間に生まれたレイシーは、俗に
私としては彼女が成長してきてようやく実感できてきたところなんだが、彼女は人狼と吸血鬼の長所を見事に併せ持っている。
物理的・魔術的なほとんどの干渉に対して耐性を持つし、生半可なチンピラ程度が相手なら何人がかりで来られようと一方的に叩きのめせる。
たとえば私が彼女を押さえようと思ったら、私が三人くらいはいないとキツいな。捕まえるには五人要るだろう」
デュロンは同族ということもあって、アゴリゾの身体能力は大体わかるが、我らが市長殿も人狼族の謳い文句をそれほど裏切っているわけではない。
にも関わらず彼がそういう認識を持っているということは、レイシー・オグマは……相当なジャジャ馬ということになる。
「もしかしてあれか? レイシーちゃんはママが強すぎるせいで、パパを舐め切ってるみてーな感じなのか?」
「いや、妻の固有魔術は戦闘タイプではないし、他にさしたる異能を持っているわけでもない。ただ娘が妻のことが大好きで、自ずとゴロニャンするので、私がするような想定が必要ないというだけであって」
「あっ、そ、そっすか……」
「血の強さが均等な夫婦は円満な家庭を築けるという言説を聞いたことがあるが、あれは嘘だな。結局は気質の問題なんだ。というよりこの場合は、私の努力が……」
「おい旦那、勘弁してくれ。さっきイリャヒも言ったが、俺たちがその手の愚痴を処理できるわけねーだろ」
「す、すまない……そうだよね、未婚の若者たちを相手に、私はなにを……」
誰かこの辛気くせー空気をどうにかしてくんねーかな、とデュロンは同僚たちを顧みるが、ヒメキアはあせあせするばかり、ソネシエは久々のお人形さんモードに突入していて、イリャヒとドルフィは完全に匙を投げた様子で口笛を吹いたりしている。
反対方向を振り向くが、いつものことのようで、秘書のコニーさんは苦笑するばかりだ。
そのとき部屋に入ってくる足音が聞こえたので、デュロンはその人物に期待した。
「ただいま〜。アゴちゃ〜ん、お使い終わったよ〜」
アゴちゃん? と首をかしげかけたが、その女性がアゴリゾ・オグマのところへ直行し、彼の首に抱きつくのを見て、その疑問は解消された。
しかしまんざらでもない様子でデレデレ応えている彼の様子から、同時に別の疑惑が浮上してくる。
「あはは、おかえり。相手はちゃんとわかったかい?」
「もちろんだよ〜。ていうかアゴちゃんが教えてくれたんじゃ〜ん」
「はは、そうだったね。しかしそれも君の能力あっての……」
「えーと、ちょっといいか?」
思わず声をかけたデュロンに対し、謎の女性はようやく気づいた様子で返事をする。
「あっ、ごめんね〜。お客さんだったんだ〜。はじめまして〜」
ダークブラウンの長い髪を掻き上げ、垂れ気味なライトブルーの眼を細めて、おっとりと微笑む彼女から、デュロンは隣の市長へと視線を移す。
「旦那……もしかしてそちらの方は、奥様?」
「いやいや、違うよ。彼女はこの前雇った新しい秘書だ。ちなみに種族は
「も〜アゴちゃん、もうちょっと詳しく紹介してくれないと、それだけじゃ誤解されかねないって〜」
キャッキャと笑う二人から、もう一度背後を振り返ると、仲間たちは虚無の表情になっており、デュロン含めて全員が、一斉に二人へ視線を戻した。みんな考えていることは同じだろう。
娘さんが機嫌悪い理由って、単純にこれ知っちゃったからなんじゃね?
ていうか奥様も言わないだけで、普通にめちゃくちゃキレてるのでは?
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