第317話 真・気の触れたお茶会②

 自分で言っていて現実を思い出したようで、ヴェロニカは顔から脂汗を流しながら爪を噛み始める。


「そうなんだよ……もうこれで完成でもいいかなってとこまでは来てるんだ。でもどうしても納得できない点があってだね。キミらにはそこをちょっとだけ埋めてほしいわけ」

「簡単に言うけどよ、俺らだってできることとできねーことがあるぜ」

「それはわかってる、さっきの論の通りだよ。ボクが求めているのは、指だ。指指指指、指を集めてほしい。ユ・ビ・ア・ツ・メ」

「サイラスかテメーは!?」

「オイラだってそんなこと言わんね! オイラはただ切り離しやすく、再生しやすい場所だからそこを指定してるだけで、本人が脇腹の肉とかでいいなら、そりゃもう舌舐めずりしていただくわけでね!」

「理屈はわかるが、それ以上に部位のチョイスと熱量が別の意味でこえーんだが!?」

「なんでオイラの性癖バレてるね!?」

「今自分で言ったからじゃねーの!?」


 抱き合って震えるヒメキアとクーポを宥めながら、パルテノイが苦笑気味に補足する。


「待って待ってみんな、ちゃんと理由があるんだよ。ね、ヴェロちゃん?」

「そうともさ。他は早くにできたんだけども、このウーバくん、魔力を多系統に分化するのだけが、どうにも上手くいかない。

 かの救世主ジュナスはすべての属性の魔術を使えたとされる。少しくらい出力が足りなくてもいいから、曲がりなりにもその域へ到達しないと困るんだ。

 だけどもボクは天才なので、すぐさま対応策を思いついたってわけなのさ」

「天才は納期四日前に手が震えてお茶溢したりしないんじゃ……」


 さっきからそんな様子だったのだが、ついにカップを取り落とし、ヴェロニカは逆上して叫んだ。


「うるさいぞパル! キミを十年間漬け込んでた培養槽の中身で水出しコーヒー淹れてみんなの前で飲んでやろうか!?」

「なんなのその独特の脅し!? ていうかあれ、まだ残してあるの!? 嘘だよね!?」

「ウヒヒ」

「嘘って言って!?」

「落ち着けよパルテノイ。確かになかなか重量級の変態発言が出たが、今はそれより天才の閃きとやらを聞かなきゃこの任務が始まらねー」

「デュロンくんスルー!? わたしの眠っていた十年間にもっと興味持ってよ!?」

「すっごく悲壮にきこえるね……なるほどね、パルテノイの」

「なんで興味持ってるのサイラスくん!? ドスケベ! 最低!」

「なんね!? どっちね!?」

「……呼んだか?」

「うわっ!? ギデオン!? なんでだ!? 誰も呼んでねーぞ!?」


 突然現れた戦闘妖精は、慣れた様子で勝手に自分のお茶を淹れ、飲んでからデュロンを見て渋い顔をする。


「出会い頭に失礼な奴だな。パルテノイが一定以上の危機を感じても、召喚されるように契約している。それで今俺が処さねばならんのは、お前かサイラス?」

「誤解ね!?」

「ああそうとも! 死ぬのはキミだよ、庶務雑務くん! 毎度言っているが、ボクのラボに立ち入りを許可した覚えはないぜ!」

「何人たりとも俺の愛を阻むことはできない。一方でヴェロニカ、お前からはパルテノイへの歪んだ波動を感じるぞ。もっと健全なものを育め、たとえば俺のように」

「歪んでないやい、ボクのは純愛ロマンチックだ!」


 ヴェロニカがどこからともなく鉤状の刃物を取り出して振り回し、ギデオンがそれを軽くあしらい始めたので、みんなにお茶のおかわりを注ぎながら、パルテノイが代わって説明してくれる。


「えっとね、ヒメキアちゃんやクーポちゃんはわかると思うけど、魔術って手から出すことが多いから、指っていうのは一番その人の魔力が染みついてる部位なんだ」

「そ、そうなん、です……?」

「ふへー……あたしも知らなかったよ、クーポちゃん」

「ふ、ふふ……いっしょ、です……」

「へへ……いっしょだねー」


 言われて自分の小さな手をじーっと見つめ、笑顔で視線を合わせる二人がかわいい……のはともかくとして、イリャヒやファシムなんかがまさにそうだし、ソネシエなど直接手元に精製するくらいで、魔術と手指に密接な関わりがあることは、魔力ゼロのデュロンにも理解できる。


「くまの手からはちみつの味がするのと同じことだよね!」

「んー、どうだろ……? それはちょっとだけ違うかも……」

「ねこの手がかわいいのと同じことだよね!」

「ごめんだけどそれは全然違うと思うな!?」

「よし、ヒメキアが猫暴走する前に話を戻すぞ。俺たちはその、魔力の出力器官……いや、変換器官ってのが近いか? となりうる指を、蛮族よろしく集めてくればいいんだな?」

「そ、そうさ……ゼー、ハー……ミレイン中の祓魔官エクソシストを全員当たっても、手に入れられなかった珍しい属性が、あといくつかあるのでね……その中でも一つか二つ見つかれば……ゲホッ、ちょっと休憩……」


 ギデオン抹殺を諦めたヴェロニカが、息を切らしながら席に戻ってきた。


「そんな都合良く素材……もとい目当ての標的が集まるもんか?」

「それが集まるんだな。というより、猊下が運良く見つけてくれた。だからこそ納期ギリギリなんだけど、そこはキミらならできるって信じてる!」

「こんなときだけ持ち上げやがって……でも、それってつまりウーバくんの指を切り落として、狩ってきた指に挿げ替えるってことだよな?」


 グロテスクな話に再び怯える小鳥と小動物を尻目に、ヴェロニカはお茶のおかわりで喉を潤してから答える。

 ギデオンとサイラスも「うへぇ……」という顔をしていた。


「そういうことになるね」

「素人質問で恐縮だが、拒絶反応などは問題ないのか?」

「なんだとう!? それはキミ、煽っているのかな!?」

「いや、ギデオンは純粋に疑問に思っているはずだね」

「そ、そうかい……それはそれとしてこの天才を見くびっているのか!?」

「結局反応一緒じゃねーか……そこはクリアしてるんだな。いや、俺が訊きたかったのは単に指の太さが違って、上手く嵌まらなかったりしたらどうすんだろってとこで」

「結婚指輪とかでする心配を、このシチュエーションで聞きたくなかったね」

「指の細さは普段から舐めたりしていれば自ずとわかるんじゃないか?」

「ギデオン、テメーなんでそうやっていきなりブッ込んでくるんだ!?」

「や、やだギデオンくん、みんなの前でそんなこと……♡」

「ふんぬぬぬぬぬ!!」

「ほら見ろ、ヴェロニカの御髪おぐしが荒ぶってんぞ」

「眼鏡外さなかっただけよく耐えた方だね……」


 なんとか怒りを抑えた蛇髪精ゴルゴーンは、神経質に顔をしかめながらも質疑に応じてくれる。


「ウーバくんより指が太い奴なんて、それこそ猪鬼オーク大鬼オーガ巨人タイタンくらいさ。持ってきたやつが細すぎてウーバくんに合わなかったら、培養して太くして嵌めればいい。そもそも彼は元からツギハギだから、パーツはいくらでも取っ替え放題だもの」

「今サラッと重要なこと言わなかったか?」

「大丈夫、生体じゃなくて死体を使ってるから現行法にはまったく触れてない! そんなことは気にせず細かいことはボクに任せて、キミらはとにかく珍しい系統の固有魔術を持ってそうな野生の魔族を指狩り指狩り! して持ってきてくれればそれでいいのさ!」


 逆に教会の庇護下でしかできない研究なのだろう。倫理を問われると基本殺し屋であるデュロンたちに言えることはなにもないが、たまにでいいので節度は意識してほしいものだ。


「指指指指、ユビビビビ! ゆび、ほし……頼むボクに指をおくれ! じゃないと納期ががが」

「指が欲しすぎて頭おかしくなった奴みてーになってんな」

「いや指が欲しいのも頭おかしいのも本当なんだけどね?」

「ごめんねみんな……普段はここまでおかしくないんだよ」


 ヴェロニカに代わって畏まるパルテノイを宥めつつも、やや釈然としない点が残る。


「つーか、それでヒメキアが呼ばれたのか? 指切っちゃった相手を治すために?」

「いや、相手がどんな連中だか知らんが、魔族なんだ、再生能力は自前であるだろう」

「貴重な属性持ちが見込めるんね? 指の土台が死んだら新鮮な指を採れなくなっちまうから、それを避けるためと見たね」

「なるほど」

「それでか」

「どんどん会話が蛮族化していくよ……ヒメキアちゃんの力を悪用しないであげてよ……」


 渦中のひよこに寄り添いすすり泣くパルテノイを見て、ようやく冷静になったヴェロニカが締め括る。


「うーん、少なくともボクの方でそういうオーダーを出したわけじゃないな。それはおそらく他に二人いるという依頼主たちからの要望に関わるんだろう。というわけで、ボクからの概要説明は終わりさ。きっちり成果を上げてきてくれよ、〈指狩部隊フィンガーピッカーズ〉!」

「すげー嫌な名前を付けられたが、拝命するぜ」

「よし! わかったらこんなとこでお茶なんか飲んでる場合かい!? そら、行った行った!」

「その通りなんだけど、あいつに言われるとなんか腹立つね」

「お世辞にも正論が似合う女じゃないからな」

「なんか言ったかい!? 培養槽に詰めたるぞ!?」

「なんつー脅しだよ……クーポ、変なのに付き合ってくれてありがとうな」

「い、いえ……わ、わたしもう少しここでお茶させていただきます……居心地がいいので」


 変なのに染まらないか、大丈夫か? と言おうとしたが、デュロンはヴェロニカの足元に十数枚の羊皮紙が散らばっており、それが次々と葉っぱに戻っていくことに、今さら気づいた。

 ヴェロニカは話の最中、なんらかの閃きを書き捨てて、その黄金の頭脳に刻んでいたのだろう。学習に余念がないことだ。


 クーポとパルテノイ以外をラボから追い出し際、ヴェロニカは扉を閉めながら、最後は研究者としての顔で笑ってみせた。


「行ってらっしゃい、世界の守護者たち。短く慌ただしいお茶会になってしまったけど、ボクにとっては十分に有意義な時間だったよ。また機会があれば、ぜひよろしくね」

「俺で良ければ付き合ってやらんこともない」

「キミ以外だぞギデオン、偉そうだなあ!?」


 この嫉妬深さがなかったらな、とも思うが、それも含めての才能なのだろう。

 奇しくもヴェロニカ自身が、天は二物を与えることを証明してしまっている。

 彼女が作る怪人というのがどんなものか、デュロンも俄然興味が湧いてきた。

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