第316話 真・気の触れたお茶会
ウーバくんの身長は目測で250センチ程度、かなりデカいし筋骨隆々だ。
体格としては中肉中背の
普段からそういう機会に飢えているのか、ヴェロニカは嬉々として長広舌を振るい始める。
「クーポちゃん、さっきボクはこのお茶会を、貴重なミーティングだと言ったね。
それもそのはず。天才であるボクはもちろんのこと、キミの能力だって珍しいものではあるけど、他のメンツを見回してみなよ。
死にかけの人間から吸血鬼へと転化再生を果たし、その経緯ゆえに人狼や妖精の因子も併せ持つ、一代限りの混沌個体であるパルテノイ。
対して生粋の人狼であり、若くして生体活性の極地を見せてくれる、専門家としては興味が尽きない対象であるデュロンくん。
特異体質〈
そして極めつけがヒメキアちゃんだ。世界で一人の存在だとか、守護者を無意識に翻弄する特異点だとか、銀すら無視できる超強度の治癒能力とか、他にも秘密は眠っていそうだけど、それらは一旦置いといて。
そも、彼女がどうしてこのジュナス教会でここまで重要視されているのは、キミらも知っていると考えていいのだろうね?」
以前イリャヒが言っていたことを思い出し、そのまま口に出してみるデュロン。
「ヒメキアは救世主ジュナスの再来……みてーな存在として、その象徴性が持て囃されてるんだっけ」
「そうとも。だけどそんな彼女ですら、救世主ジュナスその人が有したという力の、ごく一部に当てはまりうるものを持っているにすぎない……そういうことになってしまうんだ」
これを聞いてヒメキアはがっかりするどころか、どちらかというとホッとしていた。
デュロンにも気持ちはわかる。自分があまりにも重要な存在だと言われてしまうと、分不相応さにプレッシャーしか感じないに違いない。
「あくまで伝承でしかないんだけど……誤解を恐れずに言うと、ジュナスはヤバい。
体術も魔術も完璧、あらゆる属性の異能を操り、当時のいかなる人間も倒し、魔族も殺し、魔物も屠り、悪魔も祓ったとされる」
固唾を飲む一同の反応に満足したようで、ヴェロニカの語りはますます熱を帯びる。
「彼が原初にして最強の
彼にできたことは、ただ他の人間や魔族にできることを、圧倒的な練度で突き詰めたものに過ぎなかったとされている。
この性質は彼が地上を去り、人間たちに加護を与えるのみの存在となった後にも、変わらず反映されていたと考えられている。
彼を信じる者の攻撃力や防御力、機動力や回復力を……つまり全部を底上げする。
本当に強い奴ってのは結局、なんでもできる隙のない奴のことでしかないんだよ」
デュロンは思わず、サイラスと顔を見合わせた。ヴェロニカが言っているのは、サイラスがガルボ村での組み手の合間に言っていた、最強の定義そのままだったからだ。
「神はなぜ人間に加護を与えたか、これも諸説ある。たとえば単に一番弱い種族だったからという判官贔屓説、これもなくはないとは思う。ただボクを含む多くの研究者や神学者が推しているのが、人間が能力値的にもっともフラットな種族だったからという説なんだ。失礼」
ヴェロニカは席を立ち、据え付けされている黒板の前でチョークを手に取る。
「たとえば人狼の能力値をグラフで表すとこうなるよね」
案の定と言うべきか、わかっていたがトッキントッキンのグッチャグチャだ。
「あるいは吸血鬼ならこう」
人狼と数値を入れ替えただけくらいのもので、ガタガタ加減は同程度である。
「竜人や喰屍鬼なんかはこうなるかな」
前の二者に比べるとまあまあバランス型ではあるが、やはり数値に高低差がある。
「で、かつての人間さんはこんな感じ」
見事なまでに中央値近くでフルフラット、貴賓席で観劇するならこんなソファを選びたい。そしてヴェロニカが言いたいこともわかる。
「これをなんも考えず軒並みグイッと上げりゃいいんだから、強化する方も助かるわな」
「そういうこと。知っての通りボクら魔族は、得意なことは引くほど得意なんだけど、苦手なことはとことん苦手という傾向が強い。残酷な言い方をすると、可能性が有限の範囲で閉じちゃってるんだよね」
みんな重々承知なので、誰も反発して声を荒らげたりはしないが、ヴェロニカは慎重に論を展開していく。
「ならかつての人間たちはどうか。彼らはとにかく数が多かった。大半はぶっちゃけ
大戦士や大魔道士、賢者に剣聖、俗に超人と呼ばれる類の連中だね。
問題は一つの種族の中にそれらの最大値がそれぞれ偏在しうるという点なんだけど。
たとえばそんなすごい連中を集めて組まれた勇者の一行が、魔王……ボクらの時代でもそう呼ぶけど、魔族の王を討つために旅立った。
そりゃ強いさ、各分野を生涯賭けて極めた、スペシャリストの集まりなんだから。
でもそんなんボクら魔族は納得いかないや。何人もいていいなら、こっちだって
なんて議論の規模が集団戦闘まで広がると、汎用技術の扱いなんかも絡んできてもう埒が明かない。
じゃあもうめちゃくちゃわかりやすく、その人間さんたちの最高到達点を無理矢理一人に統合する感じで、いわゆる万能人ってやつを仮想するとどうなる?」
パルテノイがピンと立てた小指で、ヴェロニカを差しながら指摘する。
「人間が思い浮かべる神は人間の姿をしている。人は神の似姿だなんて言ったそうだけど、そんな力を持っていたのがまさに救世主ジュナス様そのものであり、彼の加護を得たそういう人間たちに、かつてのわたしたち……あ、わたしが言うと微妙にややこしいね。かつての魔族たちは苦しめられたってわけなんだね」
「パル賢い! 正解っ! しかしこれがね、ボクら魔族に当てはめると、机上の思考実験すらままならないんだよね。どうしたって因子がバラけちゃう。元々みんな別々の種族だから、混血しまくったってどうにもならないのは、仕方ない部分も多いわけでね。
というかそれをマジでやろうとし続けているのがヴィトゲンライツ家だ。最高傑作と呼ばれるメリクリーゼですら、言い方悪いけど発現した固有魔術〈
結局全部高水準に持っていくっていうのは難しいんだよ。ちなみにラスタード四大名家の他の二つも、それぞれのロジックで最強一族を目指してる……目指してたという表現が正しいのかな、伝え聞く現状を鑑みると。
リャルリャドネはとにかく純血化を突き詰めようとしたみたいだけど、吸血鬼という単一種族への過信とこだわりと、近親婚の危険性が爆発し、まずもって子供の育て方から間違えた。
強くなりゃなんでもいいってのは、持続可能性を無視した考え方だよね。
愛情はフレーバーじゃなくエッセンスなんだ、そのことを嫌というほど理解する二人だけが末裔として生き残ったのは皮肉だね。
グランギニョルは力や技でなく、奸智と詐術を重んじた。貴族の作法と同じレベルで日常生活に組み込み、未来の梟雄を蠱毒の果てに産み育てようと試みたそうだ。
結果はご存知の通りで、それ自体は成功してるんだけど、副作用としてやっぱり族滅しちゃってるんだよね。
といってもつまるところ、巻き込まれて対処せざるを得なかったとしか言いようがない猊下としては、傍迷惑極まりなかったはずさ。
自然淘汰に頼んだホストハイドが、意外と一番健全だったことになるな。ただ、通底する種族の性質がそうだからってことでもあるんだけど、男は主に膂力、女は主に魔力って感じで分かれちゃってるのが、最終的にそっちのがいいんじゃんみたいな、逆説として浮き彫りになっちゃってるんだよね。
一族としてトータルで見ると発展大成功なんだけど、万能超人を輩出するという先のテーマを満たしてはいないわけ。ドラゴスラヴなんかかなりいいとこまで行ってるかと思いきや、あいつはあいつで遠距離攻撃が全然できないんだよね。惜しいなあ。
ボクたち魔族には……過ぎた夢とまでは言わないにせよ、向き不向きってのが厳然として横たわっている。そんな再三の確認作業に成り下がりかねない顛末を見せたわけだ」
一息吐いてお茶を飲み、ヴェロニカは再度語り続ける。
「じゃあ人間ならできたのか? できたよ、あくまで理論上でだけどね。さっきパルがああ言ったけど、厳密に言うと現実的には無理だった。強いて言うなら救世主ジュナスを人間と定義すれば当てはまるくらいで。
いかなる金属も瑕疵や夾雑、脆化や揺動によって実測強度が十分の一以下に落ちるように、英雄は神話の中にしか存在しない。
だからもう一から作ったさ。一代限り、一体限りの、オーダーメイドの怪物をね。
あ、そうだ。このウーバくんはある人物の依頼で、今こうしてほぼ出来上がってるわけなんだけど、納期がハロウィンなんだよね。
そういうわけで完成に向けて協力してくんないかな?」
「話の戻し方怖っ!? あと四日しかねーんじゃねーか、どーすんの!?」
どうするんだろうねと浮かべたヴェロニカの笑みは、眼が完全にキマっていた。怖い。
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