第311話 vs.ファシム・Lesson.4 餓鬼と群勢

 イリャヒはここへ来る前、サイラスが寮の食堂でファシムに勝つための根回しをしていたのを見ていた。

 と言っても単純に、目ぼしい相手に指をせびって回るという、蛮族の王のような所業だったのだが。


 彼の特異体質〈混成編者キメラビルダー〉が肉を喰うことで併行発現を可能とする八枠の内訳は、今回は以下の八種となった。

 デュロン・ハザーク(人狼)、リュージュ・ゼボヴィッチ(竜人)、ナーナヴァー・ワーズナー(闇森精ダークエルフ)、ヨーカ・ポポミプグ(鳥人)、セーラ・ポポミプグ(鳥人)、ホレッキ・ビスキレ(長森精エルフ)、ガップアイ・ガトーホン(小鉱精ドワーフ)、ドルフィ・エルザリード(上長森精ハイエルフ)。


「ほう……悪くない」


 ファシムが感嘆の声を漏らすほど、その構成はまずまずのものだったようだ。


 まずファシムに近接格闘で張り合うための、最低限の筋力を確保するためにデュロン、硬い鱗で防御力を得るためにリュージュを採用。

「特別な臓器」までは再現できないサイラスは、リュージュの息吹ブレスは不発となるため、〈透徹榴弾ステルスハウザー〉の内部浸透を内部循環によって防ぐことができない。というより魔術抵抗力自体にあまり習熟していないそうだ。


 そこで彼は念のため、土下座して借りたナーナヴァーの固有魔術〈闇影絶華シャドウブロッサム〉のうち、自身以外の魔力を直接削る性質のある灰色の魔力弾を、効果時間中自分の血管内に流し続けることで、〈透徹榴弾ステルスハウザー〉を確実に抵抗レジストすることを選択した。

 これならまず内臓に直接ブチ込まれる心配はなくなる。デメリットは魔力の消費が激しいことと、あとは皮膚が這骸ゾンビのような灰色になることくらいか。


 あとは単純だ。鳥人であるファシムと同じ闘技場に立つために、ヒメキアと仲のいいヨーカとセーラの双子姉妹に拝み倒してキモがられつつも、飛行能力、プラスそれぞれから雷と雪の固有魔術をゲット。


 残りの三枠はそのときその辺にたむろしていたホレッキ、ガップアイ、ドルフィで埋めたようだ。

薄明光線トワイライトレイズ〉〈傀儡工廠ゴーレムメーカー〉〈反響酊威エコーチェンバー〉、いずれもイリャヒから見ても強力な固有魔術であった。


 計六種の固有魔術を併行展開することもできなくはないのだろうが、サイラス自身の魔力がお世辞にも多いとは言えないため、すぐに枯渇してしまうだろう。

 だがもとより短期決戦のはらのようで、サイラスは背中に木菟みみずくの翼を、全身に灰紫色の鱗を展開。低空飛行でファシムを強襲し、突き出した右の掌同士が互いを抑え込んだ。


「……ッ!」


 ファーストコンタクトは互角にも見えたが、やはりと言うべきか、サイラスの方が少し押されている。

 ただその拮抗も一瞬のこと、いまだ空中にあったサイラスの体がガクリと落ちた。


 力負けして屈服したのではない、サイラスが〈傀儡工廠ゴーレムメーカー〉の発動条件を満たすべく、地面に触れるため進んでそうしたのだ。

 ファシムの足元に盛り土が錬成され、巨大な石の腕と化して彼を押し上げる。


 同時にサイラスも再び飛び立ち、伸び切った巨人の腕の周囲を、螺旋を描くように旋回上昇していく。

 さっさと跳び降りることもできたはずだが、ファシムは形成されたその足場に残り、腕を組んでサイラスの襲撃を待ち構えた。


 ファシムの背中にもすでに、頭髪と同じ臙脂色の、荘厳な翼が展開されている。

 空中という闘技場での挑戦を、受け入れるという意思表示だ。


 挨拶代わりにサイラスの左手から放たれた〈薄明光線トワイライトレイズ〉の熱線が、天に掲げた石巨人の掌を粉砕する。

 ファシムはすでに飛び立って、挑発するように上空で弧を描くところだった。


「上等ね!」


 猛追するサイラスを迎えて、お返しとばかりにファシムの〈透徹榴弾ステルスハウザー〉が迫撃する。

 喰屍鬼グールの体は人狼の筋骨と竜人の鱗、闇森精ダークエルフの魔術が強固に守り、まったく痛撃としていない。


 そのまま空中での格闘戦へともつれ込み、腕力と火力が嵐のように応酬する。

 途中まではまあまあ互角に張り合っているように見えたサイラスだったが、あるときを契機に流血量が増え始めた。


 といってもイリャヒの動体視力では二人の動きは捉え切れず、判断材料となったのは吸血鬼としての血への感度だけだ。

 高速で縺れ合うサイラスとファシムの軌跡を、花火のように炸裂する爆炎、明後日の方向へ飛んでいく光芒、虚空を噛み千切る圧力、轟く雷撃と荒ぶ吹雪が彩っていく。


 その終点でついに地面へ叩き落とされたことで、ようやくイリャヒもサイラスの全身に刻まれた塞ぎ切らない傷口を視認するに至り、彼の敗因を理解した。


「クソ! またやられちまったね! あいつほんと嫌いね!」


 サイラスとファシムはどちらも、すねから下が猛禽の脚へと変貌していたが、後者の鉤爪にだけ、ベットリとサイラスの血が付着している。

 のんびりと着陸して優雅に翼を仕舞いながら、ファシムは恒例の講評に移行した。


「自分の得意分野を押し付けるというよりは、相手の苦手分野に引きずり込む……これが手数の多さを活かすということだ、サイラス・マッカーキ。

 というかまず生粋の鳥人に対して、空中戦に持ち込もうという考え自体が正着とは呼べんな。どうした、貴様らしくもない。なぜ俺に真っ向勝負を挑むことにこだわった? それに一撃受けた時点でやめても良かったというのに、食い下がってくるものだから、ずいぶん手傷を与えてしまったぞ」

「うるさいね。そりゃ真剣にやるね。誰も口に出さないようだから、オイラから言わせてもらうけどね?」


 消化変貌の制限時間が終わり元の姿に戻ったサイラスは、自前の再生能力で癒えた体を起こした。

 新調したばかりの黒服の、早くもズタボロになった裾を靡かせて、血だらけの前髪の下から燃える瞳を覗かせ、決然とファシムを指差して詰問する。


「お前いったい、ヒメキアちゃんをどうするつもりね!? さてはほっぺぷにぷにの童女がお好みだね!? お前その顔で小児性愛者は犯罪すぎるし、ああ見えてあの子は16歳らしいね、かわいそうだから手を引くといいね!」

「「「「「…………」」」」」


 純粋にどう反応していいかわからない、なに言ってんだこいつ……という気持ちで、ファシム、イリャヒ、ソネシエ、ギデオン、ガップアイが完全に沈黙し、走らされているリュージュとドルフィのリズミカルな足音だけが運動場に響いた。

 静寂を察知した様子の二人が連れ立って近づいてきて、好機と見たようで胡麻をすりながらファシムに伺いを立てている。


「えーと……教官殿、休憩ということでよろしいでありましょうか?」

「リュージュさんもう一押しお願いします!」

「貴様ら思ったより元気そうだな、望み通り百周追加だ」

「そんなあああああんまりだああああ!」

「予想はしてましたけどこの展開はぁ!」

「ならなぜ止めなかった!? ドルフィお前マゾなのか!?」

「いいからさっさと走り直せ」

「はい教官殿!」

「はぁい! えへへ、リュージュさんリュージュさん!」

「なんだヤク中のマゾ!」

「ヤク中のマゾに考えがあります! こういうときはあっちの世界にトリップすればいいんですよぉ! うひゃひゃひゃひゃ!」

「言ったそばから実行に移している!? そのヤク中にしかできない逃避方法を提示されたわたしはどうすればいいというのだ!?」

「黙って走るといい」

「はい教官殿!」

「うひゃぁぁい」


 悪い意味で相性の良い二人を見送ったイリャヒは、もしリュージュが庭で麻薬を栽培し始めたら無断で全部焼いてやろうと心に決めた。

 一方のサイラスは冷静になったようで、口を尖らせながらファシムに背を向けている。


「ちぇっ。蹴りによる刺突や斬撃の応酬なんて、慣れてる奴の方が少ないと思うね。ソネシエちゃん、オイラと一緒に練習してほしいね」

「わたしも慣れていない。というか、わたしは蹴り技を使わない」

「そうね。でもキミは足技が得意と聞いたね」


 首をかしげながら視線で助け舟を求めてくる妹に対し、イリャヒは燃える靴で地面を叩いてみせた。

 それだけで伝わったようで、ソネシエはサイラスに顔を戻して呟く。


「フラメンカ」

「だね。ピンヒールでも履いているつもりで、オイラを思いっきり攻撃してほしいね!」

「サイラス、あなたもマゾなの」

「いや違うね!? オイラは対応を学びたいだけね! ソネシエちゃんの〈紅蓮冽華クリムゾンブルーム〉も足で牽制を打てると、戦法の幅が広がると思うね。とりあえず今ちょっとだけ付き合ってみてほしいね」

「了解した」


 妹にしては珍しいことに、まごまごせず素直について行った。

 二人を眺めるファシムも、口元に微笑を浮かべている。


「わかっているのなら構わん。ではそろそろ、今日の……」

「おっと、待ってくれよ教官殿」


 ようやく来たのか、という感じで、全員の視線が声の方向に集まる。


 あと15分ほど経つと、正規の訓練時間が開始となる。なのでまったく遅刻というわけではなく、現に一般の祓魔官エクソシストたちがぞろぞろ集まってきた頃合いだ。

 ただしデュロンは彼らとはいささか毛色の異なる、殺気立った集団を引き連れて、この場に臨んでいた。


 祓魔官エクソシストの制服を着ている者が、デュロン・ハザーク、ホレッキ・ビスキレ、ナーナヴァー・ワーズナー、ヨーカ・ポポミプグ、セーラ・ポポミプグの5人。

 それとは別に似た形をした民族衣装を着ている者が、ラヴァリール・グリザリオーネ、リラクタ・カフツザツィロ、オルガ・エイボリー、フィリアーノ・フェロアライ、ベナク・ユーガリティの5人。


 前者5人はともかく、後者5人に関しては、以前の件で知り合ったラグラウル族の竜人戦士たちの中でも、ガタイの良い者、または交戦的な者、または防御力に長けた者をきっちり揃えてきていた。

 イリャヒも少ないわけではないが、相変わらずデュロンの仲間や友達の多さには驚かされる。昨夜連絡を取り付けて、今朝この充実度で雁首が揃うのだから。


 どういうつもりかはもはや明白で、なにも問わないファシムに対し、デュロンは高らかに謳い上げる。


「確かアンタとの約束は、一日一回一撃だったよな? とりあえず今日はこのメンツで行かせてもらうが、足りなかったらおかわりを要求してくれよ」


 確かに人数に関しては指定がなかった、とイリャヒは含み笑いを溢す。

 ファシムは気を悪くする様子もなく、のんびりと独り言を発していた。


「なるほど……この台詞はこういう状況で使うものなのだな」


 そうして軽く構えて、右手の指と舌だけを動かして誘う。


「面倒だ、全員まとめてかかって来い」

「そのお言葉を待ってたぜ、ファシムさんよ!」


 群勢は一切躊躇うことなく、10人がかりで教官に襲いかかった。

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