上見ぬ鷲を撃て!

第308話 vs.ファシム・Lesson.1 鬼火と氷刃

「参ります!〈青藍ターコイズブへぁ!?」


 敗けることはわかっていた。一瞬でやられることにも特に遺憾はない。

 それよりも早速得られた情報がある、とイリャヒは倒れながらも笑む。


 魔術抵抗力の高い吸血鬼に対し、基本的に魔術攻撃は体内へとおらない。

 だが逆に言うと貧弱蚊蜻蛉の、わざわざ内臓を狙う意味はあまりない。


 普通に腹部表面で弾けた爆裂魔術に対して、無防備でしかいられない。

 うつ伏せで再生中のイリャヒを見下ろし、ファシムは寸評を寄越した。


「発動も展開も遅い。対峙して用意ドンの直接戦闘には、あまり向いていないと言う他ない」

「面目ない限りです」

「しかしそれ以外の襲撃や掃討、支援や護衛においては安定した成果を挙げているようだな。応用力と拡張性は大したものだが、やはり格上相手にも使える、必殺の一撃が欲しいところではある」

「というと……たとえばウォルコ・ウィラプスの〈爆風刃傷ブラストリッパー〉のように、圧縮・収斂するというのが正道でしょうか?」


 有用な助言をありがたく受け取りつつも、同時にイリャヒは自分の役割だと自負している、ファシムの固有魔術〈透徹榴弾ステルスハウザー〉の分析も進めておく。

 昨日デュロンが食らっていたものと同じく、視覚ではまったく捉えられなかったが、魔力感知により、イリャヒは自分の腹に向かって、魔力の軌跡が伸びてくるのを把握していた。


 これは導火線や弾道のようなもので、つまり発動条件を満たすといきなりどこからともなくドカンと起爆するわけではなく、狙って撃って当てるという、普通の爆裂系固有魔術の範疇で考えていいということになる。

 ただ、飛んでくるのは見えない魔力の塊で、対象に着弾した段階で、初めて爆裂魔術として発動するという印象だった。


 もっとも、空中に絵を描くように撃つというウォルコの〈爆風刃傷ブラストリッパー〉もだいたいそんな感じだったので、対処こそ難しいものの、理解はできる。

 やはり色々なパターンで何度も見る必要があるなという認識を確かめ、イリャヒは意識を自分が受けるべき教導へ戻した。


「それも悪くはないが、どうだろうな。貴様の〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉は強度自体が長所というような、ゴリ押しの力勝負が映えるタイプではなかろう。

 あくまで俺から出る一案に過ぎないとして聞いてほしいが、たとえば逆に拡散してみるというのもアリかもしれんな。

 相手にただの垂れ流しの魔力としか感知できないくらい、霧のように薄く伸ばして、あらかじめ散布する、といったような……今考えた、思いつきだが」

「なるほど……参考にさせていただきます」


 ファシム自身が固有魔術を近い方向性で運用しているようなので、彼からそういう発想が出てくるのは、さもありなんという感じではあった。

 というかさらに一歩踏み込むと、彼と自分の固有魔術は、仕様や性能に近い部分があるのかもしれない、とイリャヒは沈思する。


「いずれにせよ、相性の悪い属性への対策も、ある程度は考えておけ。全部が全部を実用水準まで確立しろとは言わん、漠然と考えておくだけでも土壇場で役に立ったりするものだ」

「努力いたします。考えることは、苦手ではないつもりなので」

「うむ。貴様の場合は、爆裂系や風嵐系、音響系……あと忘れてはならないのが、相手の練度や周囲の条件にもよるが、水瀑系や錬成系だな。

 炎が効く効かない以前の問題として、リソース量で押し切られて手も足も出ないという場合がある。そういう意味でも、出力や威力を上げておくことも、まず損はないぞ」

「ありがとうございます。やってみます」

「よろしい。では次だ」


 ちょうど腹が癒えたので立ち上がって一礼し、イリャヒは脇に退いて見学体制に入る。

 入れ替わりに妹が前へ出て、まだ武器は精製せずに、平手で構えて挨拶した。


「よろしくお願いする」

「こちらこそよろしく」


 答えてファシムも同様に構え、両者は10メートルほどの距離を空けて対峙する。


「!」


 ファシムが先に動いたように見えたが、どうやら先に仕掛けたのはソネシエで、ファシムはそれに対処したようだ。

 イリャヒは魔力感知により、ソネシエが右の掌から精製した、間合いを丸々埋める長い氷の槍が、一瞬でファシムの胸板に向かって伸びるのを把握していた。


 作って振って突くのではなく、最初から相手を刺せる位置に作り置いてしまおうというやり方だ。

 パッと作ってすぐに破棄すれば、大きさも重さも気にする必要はない。


 だがファシムもイリャヒと同じように、彼に向かって伸びる氷の魔力の軌跡を捉えていたようで、動体視力ではまだなにもないようにしか見えないはずの眼前の空間に向かって、素早く手刀を一払いする。

 正面切って繰り出されていた脆く鋭い暗殺の刃は横薙ぎに打ち砕かれ、ダイヤモンドダストと化して消え散った。


 すかさずファシムは攻め手に転じ、不可視の爆撃を連発しながら前へ出る。

 やはり吸血鬼であるソネシエの体内へはとおらないため、イリャヒに対してと同様に腹部表面を狙ったようだが、ソネシエはとっさに氷の盾を精製し、すべてを無傷で凌ぎ切る。


「……」


 その間にファシムは距離を詰めており、長い脚で中段横蹴りを繰り出した。

 ただし単なる打撃ではない。


 ファシムの足裏に集まる爆裂魔力を感知したイリャヒが、妹にすべき指示は「受けに回ってはいけません。盾を解除して剣を精製し、ファシムの脚を斬り挟んで止めるか、刺突攻撃に転じなさい」といったところだったが、これを早口で言ったところで間に合ったとも思えない。

 ファシムは盾を一撃で粉々に蹴り砕き、崩したガードごとソネシエの体を吹き飛ばした。


 さしたるダメージはなかったようで、地面をころころと転がった妹はすぐに起き上がって、ファシムを興味深げに、じっと見返して尋ねる。


「教官、今のは……」

「うむ。貴様らの知っていそうな範囲で言うと、息吹ブレスの内部循環などに近い技術だろうか。

 打撃の威力に、爆裂系の魔力をそのまま乗せる……と言うと聞こえはいいが、実際は一・五倍がせいぜいといったところだな。

 厳密には少し仕組みが異なるものの、これに近いものを膂力のほぼ倍で撃てるのがドラゴスラヴ・ホストハイドだ」

「先日の任務で、デュロンたちが遭遇したと聞いた」

「らしいな。まあ、奴のはあまり参考にできるものではない。徒手格闘能力の低い貴様ら兄妹には縁遠いかもしれんが、これももし覚えたければ申し出るといい」

「ご配慮に感謝する」

「まったく、ここの連中は礼儀のなっている者となっていない者、真面目な者と不真面目な者の差が激しいな。皆が皆、貴様ら兄妹のようならやりやすいのだが……それはともかくとして、ソネシエ・リャルリャドネ、貴様は一度構築した武器をそのまま変形するというのは、やはり難しいか?」


 ファシムの口調は責めるようなものではないが、妹は小さい頃の癖を思い出したようで、うつむいて地面を蹴り蹴りしながら、ぽつりと呟いた。


「……難しい」

「そうか……たとえばさっきの俺の蹴りに対しても、保持した盾の表面から刃を伸ばして迎撃する、などができれば良いのだが……おそらく貴様の〈紅蓮冽華クリムゾンブルーム〉は鋼のような強度の実現に際し、連続的な柔軟性を犠牲にしているのだろう。

 なら、貴様が求めるべきはスピードだな。と言っても、貴様自身が速く動けという意味ではない。構築・破棄・再構築のサイクルを早め、相手に手の内を悟られないまま、一方的に斬り刻むことを徹底するのだ。

 理想を言うなら、いわゆる抜く手も見せぬ早業というやつになるわけだが……いや、メリクリーゼに師事し才ある貴様なら、それも不可能ではないはず。

 今まで通りに、とにかく戦闘技術を磨いていけ。そして貴様も兄同様に、苦手な属性……貴様の場合は炎熱系や爆裂系への対策が、一つでもあれば望ましい」

「了解した。鋭意励む所存」

「よし。では……次は、貴様か?」


 運動場に入ってきた気配を捉えて、ぐるりと首を動かした、ファシムの鋭い眼光の軌跡が光る。


 る気の有無は、火を見るよりも明らかだ。ギデオンはすでに右手に斧、左手に杖を握り、場に相応しくないほどの殺気を放っている。

 怒っているわけではなく、ただ真剣なだけだ。ゆっくりと歩いて近づきながら、請願に見せかけた挑発を口にする。


「一手御指南」

「一手御教授」


 応えてファシムも不遜にせせら笑うという、正しい作法で挑戦者を迎え入れた。

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