第307話 可能な限り最強に近くありたいという、子供じみた見栄でしかない願望

 とりあえず親愛を込めて話しかけてみるデュロン。


「おっ、ソネシエ、今夜はまだおねむじゃねーんだな」

「失敬な。わたしは赤ちゃんではない。ヒメキアを寝かしつけた後、こうしてここにやって来た。感謝してもよいものとする」


 ふん、と鼻息を吐く傲慢な吸血鬼ソネシエ・リャルリャドネちゃん15歳は、任務以外で夜更かしをしないせいか、まだ宵の口だというのに徹夜明けみたいな興奮状態の様子だ。

 怒らせると怖いので、とりあえずデュロンは迎合した。


「はいはい、ありがとうな。つーかヒメキアも赤ちゃんじゃねーんだが……まあ顔は赤ちゃんみてーにかわいいけども」

「そこは同意する」

「どいつもこいつも隙あらば惚気るね! それでお前ら、デュロンの爆破現場を見ていたね? 魔術の専門家である吸血鬼として、見解の一つも述べてやるといいね」


 サイラスの要請に従い、兄妹はファシム攻略の見通しを口にする。


「さすがにあの一回だけでは、なんとも言えませんね。表面的な現象としては内部破壊能力。と一口に言っても、照準対象が人物なのか空間なのか、他に発動条件はあるのか、照準対象を追尾できるかなど、色々確認事項があるんですよね」

「幸いチャンスはまだいくらかある。明日以降ファシムに挑む際は、わたしか兄さんが近くにいるときを推奨する。ハロウィンの夜までに、ファシムの固有魔術〈透徹榴弾ステルスハウザー〉を解析してみせる。もっともその上で対策を用意できるかは、また別の話だけれど」

「いや、なんとかしようではないか。ヒメキアを奴の好きにさせるというのは、憤懣やる方ないものがある」


 いつの間にか地下へ降りてきていたリュージュが、いつになくキリッとした顔で述べる。


「わたしは今回のことを、働きたくない同盟の復活の機と見ている」

「それまだ諦めてなかったのかよ」

「ファシムの排除に貢献してヒメキアに『やっぱりリューさんの言ってたことが正しかったんだ! すごい! 大好き! 養いたい!』と言わせてみせる!」

「妄想が都合良すぎるのだよ」

「頼んだぞ、デュロン・“教官殺し”ハザーク」

「あっうん……」


 ありがたいのだがなんとも言いようがない。若干引きつつもギデオンが口を開いた。


「嫌な利害の一致を見たな……フン。俺とて無条件で看過しようというわけではない。探りくらいは入れてやろう」

「オイラはね、格闘訓練は楽しいから好きだけど、基礎体力の向上はもうたくさんね。つーかぶっちゃけゾーラにいた頃も、あいつに何度かしばかれてたね。ムカつくしこれ以上チンタラ走らされるのは嫌だし、お前らに加担して一泡吹かせてやる方が、断然お得と見切ったね」

「よしサイラス、お前もこちら側だ」

「うはは! さっき素晴らしい同盟の名前が聞こえたね!? オイラの理想もそこにある気がするね!」

「いーッスね。それオレも入れてほしーッス」


 肩を組んで踊り出すリュージュとサイラスの後ろから、ホレッキとナーナヴァーが姿を現していた。

 ホレッキはサイラスとハイタッチを交わした後、リュージュに共感を求める。


「オレたちもね、ああいうのは故郷で散々やらされてうんざりしてるんスよ。魔術はともかく体力の天井は自分でわかってるんス。メソッド押し付けるのは教育とは呼ばないッスよねー、ほんとそう絶対そう。だって楽して稼ぎた……いや、なんでもないッス!」

「よく言った。一緒に平和のため戦おうではないか」


 増殖する沼を、ギデオンとソネシエが冷たい眼で見ている。


「また一人クズが増えたぞ……」

「これは由々しき事態」

「まあまあ、そう言わずに……ナーナヴァー、あなたも知恵を貸していただけますか?」

「ええ。ヒメキアちゃんにはこれからも、あたしたちに美味しいごはんを作ってもらわないと困るからね!」

「なんか最近リュージュみてーな思考回路の奴が増えてる気がするぞ」

「確かにヒメキアには彼女にしかできないことや、彼女にやってもらいたいことが多いからね。それらをこう、邪魔されるという言い方は良くないのだけれど、彼女のエプロン姿はかわいいのであるからして、ずっと見ていたい」

「最後文脈がブッ壊れたな、お前もか姉貴」

「ヒメキアはわたしの姉になってくれるかもしれない女性」

「急にどうしたソネシエ」

「んー、でもこの子はいつもこんな感じです」

「そういやそうだった。別の意味でも頼もしい連中だぜ」


 こうしていると半年前の、ウォルコに攫われたヒメキアの奪還作戦を練っていたときを思い出す。

 高揚するデュロンの気分に水を差すことを躊躇ったのか、イリャヒがソネシエの頭を撫でながら、遠慮がちに切り出してきた。


「一つだけ前提条件を確認しておきましょう。魔術による相手の肉体内部への干渉・浸透攻撃というのは、相手の魔術抵抗力による阻害を受けます。

 たとえばここにいるソネシエの固有魔術〈紅蓮冽華クリムゾンブルーム〉は、相手の斬ったり刺した部分を体内から凍らせることができますが、相手の血肉に含まれる魔力が多いと、彼女の放つ冷気はその伝播が遅くなります。生体機能における免疫機構のようなものと考えるとわかりやすいかもしれませんね」

「といってもわたしの場合、ハモッドハニーやホーディングといったそこそこ強い血の吸血鬼の肉体であっても、あっという間に凍らせることができる」

「そうですね。相手の練度とか、体積や表面積あたりの浸透量にもよりますけどね」


 尊い吸血鬼(以下略)のご機嫌を右手で取りつつ、イリャヒは左手で背後を示した。


「で、そのなかなか凍らなかった例がこちらの子になります」

「一晩寝かせたものがこちらですみてーな言い方……って、お前か!」


 またしてもいつの間にか地下訓練場に入ってきていたのは、先日デュロンたちが捕獲してきた、至高の上長森精ハイエルフドルフィ・エルザリードちゃん17歳である。

 アクエリカによる洗脳……もとい教化が完了したようで、ドルフィはやけにキラキラする眼でにっこり笑い、ジュナス教の象徴である円環を両手で作り構えた。


「あははははは! そうです、わたしですよぉ! 今夜付けでここミレインにおける〈銀のベナンダンテ〉の一員となりましたぁ! すべては神のご意志のためにっ! 皆さんよろしくお願いしますぅ!」

「彼女も猊下のご命令で、我々に協力してくださるそうです。私も期待しています」

「へへーん、任せてくださいよ! わたしの固有魔術ちゃん、めでたく教皇庁から識別名を授かりましたぁ! 明日の訓練でお披露目しちゃいますよぉ!」


 また変なのが入ってきた。しかし誤解されがちだが、ミレイン以外の土地にもそれぞれ〈銀のベナンダンテ〉と呼ばれる部隊があるし、ミレインにおける〈銀のベナンダンテ〉もここに集まっているベルエフの部下たちのように変なのばかりではない。逆にベルエフの部下も全員が〈銀のベナンダンテ〉の成員というわけでもない。

 たとえばホレッキとナーナヴァーは一般の祓魔官エクソシストだし、そして……。


 イリャヒに手振りで断りを入れ、デュロンはさっきから、というよりいつものように、地下訓練場の隅で一人黙々と筋力強化に勤しんでいる青年に声をかけた。


「よー、精が出るね。話は聞こえたろ。お前も手を貸してくれねーか?」

「……」


 名前はガップアイ・ガトーホン。身長は150センチ、体重は80キロといったところだろうか。

 筋骨隆々の短躯に、荒々しい茶髪をまとめる自作の鉄製額当て、二股に束ねた顎髭、厳つい顔の造作を持つ、同世代における小鉱精ドワーフのエース的存在である。

 祓魔官エクソシストだがベナンダンテではなく、デュロンたちと同じベルエフの部下だ。年齢はギデオンと同じ23歳。


 ガップアイはめんどくさそうに振り返って、おもむろに口を開いた。


「おめぇも知ってんだろ……俺たち小鉱精ドワーフは、力は強ぇが足は遅ぇ。機動力が欲しけりゃ、駆動木偶ゴーレムでも作って乗る方が、手っ取り早いと思ってんだけどよ。

 おめぇらどうも気ぃ使って口を濁してるようだから、代わりにはっきり言ってやる。

 俺ぁファシムの方針は好かん。みんながなんでもそこそこできるようにと、バランス取って整えて、好き好んでのっぺりとした凡人を量産しちまうっていう、ありゃ人間時代の悪弊だ。

 根性出しゃあ獣が空を飛べるか? 気合を入れりゃあ魚は地に潜れるか? 得意は得意、苦手は苦手でなにが悪ぃ? 都会から来たエリート様の上から目線はぇっきれぇだ!」


 デュロンは根が臆病なので、ガップアイのこういう、反論を恐れず予防線を張らず想定問答を練らない、逃げ道なしの直截な物言いに憧れる。

 果たして彼はニヤリと笑い、大きくゴツいその手を差し出してくる。


「前置きが長くなっちまったが、結論としては……当然、乗る!」

「ありがとよ!」


 力強く握り返し、彼を連れてみんなのところへ戻ったデュロンは、イリャヒに続きを促した。


「話の腰折って悪かった。それで……そうだ。でもお前、ケヘトディに頭パーンされてたよな?」

「ああ、彼のあの技に関しては、狙って撃って当てるというよりは、呪いをかけるのに近いというか……ちょっと複雑なので、例外と考えてくださいな。

 つまるところなにが言いたいかというと……デュロン、魔力ゼロの人狼であるあなたは、魔術抵抗力をまったく持っていない。よってファシムの固有魔術〈透徹榴弾ステルスハウザー〉を、必ずその身へ無防備に受け入れる羽目になるのですが、大丈夫ですか?」

「問題ねーよ。せっかく親から頑丈な体をもらったんだ。むしろ俺が勝つまで、あいつを解放してやんねーぜ」


 その答えに満足したようで、イリャヒは薄い笑みを浮かべ、妹を連れて背中を見せた。


「そうですか。ではまあ、適度に頑張ってくださいね。ちなみに我々は魔術の属性的に相性が悪いため、手は出しませんので」

「さっきも言ったけれど、やるときはわたしたちを呼ぶとよい。暇なら立ち会う所存」


 つれないスカした態度を取ってみせる二人に対し、デュロンは呆れるしかない。

 嘘をついたらすぐわかるというのに、あいつらときたら気にもしないのだから。



 翌朝。イリャヒとソネシエは全体訓練が始まる一時間前に、聖ドナティアロ教会の運動場に到着していた。三十分ほど待つとファシムが現れる。


「ずいぶん早いな、リャルリャドネ兄妹。やる気があるのはいいことだ」

「ええ、ありますとも。有り余っているとも言えますね。そこでアグニメット教官、お願いがあるのですが」

「みなまで言わなくていい。奴の援護がしたいのだろう?」


 見透かされるのは気分が良くない。イリャヒははいともいいえとも答えず、要求を口にする。


「我々とも一度ずつだけ、手合わせを願いたいのです」


 ファシムは好戦的な笑みを浮かべ、太い首の関節を鳴らした。


「構わんぞ。貴様ら二人は、連携すると精強だと聞いているが……」

「いえ、個々の課題を確かめたいので、一人ずつお願いしたいです」

「よろしい。まだ時間はある、慌てずじっくりやろう」

「ありがとうございます」

「お礼を申し上げる」


 別にデュロンやヒメキアのためというばかりではない。

 他の連中と違って、ファシムの指導方針に文句はない。


 ただ単純に、この男の技量に興味があった。学べる部分を吸収し尽くしたい。

 そして、吸血鬼にもプライドがある。こと魔術戦闘においては、可能な限り最強に近くありたいという、子供じみた見栄でしかない願望が。

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