第303話 ベルエフさん、強くて賢くて優しいから、仕方ないよね!

 話を戻すと……しかし、これでもまだまだ足りない。

 というより、特に戦闘員の話だが、どれだけいても損ということはない。


 そこに関してはデュロンやヒメキアが募兵官リクルーターとしての才能も期待されていて、応えていきたいところではある。

 ちょうど今回も一人、捕獲してきたところだし。


「うわぁぁぁん助けてくださいぃぃぃ! 頭の中が神様のことでパンッパンに……ぎゃひっ!」


 隣の部屋から裸足で逃げ出してきたドルフィが、アクエリカの使い魔に絡め取られて引きずり戻され、抵抗虚しく閉まる扉の向こうへ姿を消すのを、デュロンたちは全力で見て見ぬふりをした。

 彼女と彼女の村がしてきたことを考えると、禊の意味も含めて、これくらいの荒療治は施されてしかるべきではある。

 問題はそれにかこつけて、まったく関係ないエロいことをされている可能性がある点だが。


「ドルフィちゃんは最高の素材ね。頭と性格が悪い……間違えたわ。頭が良くて性格が悪く、固有魔術の性能も上々。顔もかわいいし、おっぱい大きいし、言うことなしだわ〜」

「後半は聞かなかったことにした方が良さそうだな」

「猊下、よだれ」

「あら、ごめんなさいね。じゅるり……ねえ、まったく、彼女みたいな子ばっかりだといいんですけど……実際にはわたくしたちが望んでもいないのに、上から寄越される人材というのとありますからね。

 組織である以上は仕方ないのだけど、無駄な流動は避けてほしいものだわ。そのあたりも含めて、ってところね」


 例の約束を忘れていないというのを、折に触れて言外に含めてくれるのはありがたい。

 そして野心に長けた者は、他者の大望も否定しないようだ。


「デュロン、あなた教会を辞めたら自分の傭兵団を作りたいのでしたね? だったら覚えておきなさい。集団が古く大きくなるほど、上意下達感を出して悦に浸る、命令のための命令しかできない間抜けが増えていくわ。今回のこれがそうだとは言わないけど、無能な働き者には注意することね」


 祓魔官エクソシストたちの教官が一人異動したので、代わりが一人〈聖都〉ゾーラから送られてくるという話を、デュロンたち末端も聞き及んでいる。

 アクエリカが言いたいのは、その者が上層部から因果を含められており、アクエリカの野心への牽制、または妨害のため派遣されるのではないかという懸念なのだ。

 そのあたりを汲み取りつつ、助言そのものも誠意に基づくものであることを嗅ぎ取ったデュロンは、皮肉でなく純粋な敬意で応える。


「肝に銘じます、猊下」

「薄気味悪いわ、今さら畏まるのはやめなさい。というよりそうすべき相手は、必ずしもわたくしではないのではなくって? たとえ相手が何者であろうと、立場に対してもある程度尊重することを覚えなさいな」


 アクエリカの言い回しは迂遠で示唆的なことが多いが、今回はさしものデュロンもはっきりと理解せざるを得なかった。

 頭を垂れて「御意」とだけ答え、促されるに任せて退室すると、回廊を歩きながらヒメキアが顔を覗き込んできて、心配そうに尋ねてくれる。


「デュロン、最後ちょっとだけ叱られた?」

「ちょっとだけな。姐さん自身はあんまり気にしねーんだけど、立場上注意しないわけにもいかなかったって感じだ。いや、わかってるんだけどよ……」

「ヒメキア、聞いて」

「おい、やめろ……」

「ミレインの祓魔官エクソシストたちの間におけるデュロンの異名の一つに、〈教官殺し〉というのがある」

「教官殺し!? 教官を殺すの!? 殺しちゃったの!?」


 素っ頓狂な声を上げるヒメキアを横目で見ながら、デュロンは片手で頭を抱えた。


「だから言うなっつってんのに……違うって。ほんとに殺してるわけねーだろ。何人か退職に追い込んじまったのを、大げさにそう言われてるだけだよ」

「そっかー、良かっ……でも辞めさせちゃったんだ!?」

「おーそうだ、聞いてくれよヒメキア。ちょっと愚痴になっちまうけどよ」

「あたし、聞くよ!」

「ありがとな」

「結局話すの」

「お前らから余計な脚色されるよりはいいんだよ。つーか俺は悪くねーし」


 あれは六年くらい前のことだっただろうか。当時は祓魔官エクソシストの候補生だったデュロンは、ある日の訓練で、教官に耳元で怒鳴られている、長い黒髪の女の子を発見した。

 確かそれがソネシエとの初対面だったように思う。


 その教官様は威張り腐るのが特技で、無駄な声のデカさだけが取り柄な上、大人しそうな子に眼をつけて化石価値観を押し付けるという、典型的な弱虫くんだった。

 そういうどうでもいいのがどこにでもいるのはわかっていたため、波風立たず適当にやり過ごそうかとデュロンも思った。


 だが女の子が我慢強いのをいいことに、いつまでも金切り声でピーピーピーピーと、ハゲた薬缶の笛がやかましい。

 ので、とりあえず一回、極めて穏便に、殴りかかることもせず、デュロンは「子供らしく」「元気よく」話しかけただけなのだ。


「声が小さーい! ハッキリ言えやー! とかなんとか叫んでやがるから、お望み通りのクソデカボイスで横から喋ってやったわけ。さすが俺、配慮のできる男だわ。

 なのに、そしたら、なんだ。鼓膜が破れただの、耳鳴りがどうの、脳の調子が悪くなっただの、それはそれで気に入らねーんだとよ。

 知らねーっつーんだよ、なんだよあのおっさん。脳の調子が悪いのは元からだろうが、むしろちょっと治してやったんじゃねーの?

 なんで俺のせいになってんのかわかんねー。口だけ野郎、あいつが一番根性ねーわ」


 ヒメキアはなにかを察した様子で、ニコニコしながらデュロンとソネシエを見比べている。一方ソネシエも、まっすぐな視線と言葉を寄越してくれる。


「あのときはありがとう」

「お、おう。なんだよ、急に素直だな」

「わたしはいつでも素直」

「そう? じゃいいけどよ……お前も覚えてるだろ? あんときイリャヒが近くで見てて、ブチ切れる寸前だったんだよ。だから俺はむしろあのおっさんを焼殺魔から守ってやったわけ。礼を言われこそすれ、文句垂れられる筋合いはねーはずなんだわ」

「客観的にはかなり酷い出来事だというのも、わかってはいる」

「それは俺もわかってるよ」


 ソネシエはヒメキアを振り返り、説明の総括に入る。


「そういうようなことが何度か繰り返された結果、デュロンは教官殺しと呼ばれるようになった。上層部も采配に問題があった自覚はあるため、この男を強く咎められない」

「なんか俺が上手くやりやがったみてーな表現やめてくれるか!? こっちだって不本意なんだよ! どいつもこいつも、実力の低い奴に限って態度がデケーのはなんなんだろうな?

 そんで、あいつらにとっても超身近に見習うべき相手がずーっといたはずなんだが、全員眼ん玉が逆さ向きについてんのか!?」

「デュロン、興奮してる! 興奮してるよ!」


 つられて興奮しているヒメキアを後ろから抱き止め、ソネシエが冷静な分析を話す。


「ヒメキア、デュロンは成人男性の能力と人格における完成度の基準を、ベルエフに置いてしまっている。なのでおじさんに対する理想が異常に高く、あまり現実が見えていない」

「だからそんな言い方だと、俺がめちゃくちゃヤベー変態みてーになるだろ!?」


 しかし言わんとする内容は伝わったようで、落ち着いたヒメキアはほんわかしている。


「そっかー。ベルエフさん、強くて賢くて優しいから、仕方ないよねー。あたしもパパがパパだから、パパへの理想は高いんだー」

「ヒメキアは本当によくわかってるぜ」

「あなたはやばい。早めに自覚すべき」

「なんとでも言え。俺より弱い奴から、教わることなんてなにもないね!」

「出た。二、三年前デュロン。とてもおらおらしている。普通に苦手」

「当時の俺のことそういう扱いすんのそろそろやめてくれるか!? 誰しもそういう時期が……どわっ!?」

「……おっと、失礼」


 余所見していたのはデュロンの方だ。ぶつかった相手に倣って、謝るべきだったというのはわかる。

 しかしそれ以上に、軽くショックだった。自分を一方的によろめかせ、尻餅をつかせる膂力の持ち主は、今ミレインの祓魔官エクソシストの中に、ベルエフを除けばそうそういないと自負していたためだ。


 互いに無意識の接触だったからこそ、それが誤魔化しようもなく如実に表れてしまったこともだが……そのことを相手がなんとも思っていなさそうなのも、久しぶりにデュロンをイラッとさせた点だった。

 差し出された手を無視して立ち上がり、前傾姿勢で睨み上げるという、普段ならあまりしない行動に出るデュロン。


「おー、なんだテメー、気をつけろ。見ねー顔だな。どこのモンだ、あーん!?」

「それを本当に言う人を初めて見た。とても柄が悪い」


 呆れるソネシエをよそに、相手の男は平常心で自己紹介を返してくる。

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