燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
第302話 アクエリカ様と愉快な仲間たち、追加メンバー募集中だぜ!
「任務完了ご苦労様。今回も上出来でしてよ」
ミレインは聖ドナティアロ教会、教区司教の執務室にて。
まとめた報告書を軽く叩いて端を揃え、アクエリカはデュロン、ヒメキア、ソネシエの三人に向かって、にっこりと微笑んでくる。
それに対してヒメキアがほんわかした安堵の表情を返しているのを、デュロンは横目で盗み見た。
ヒメキアはアクエリカに結構懐いていて、良いことか悪いことかは別として、彼女のことを信頼している。
なので先日デュロンがクーポの力を借りて密談を持ちかけたときも、ヒメキアは「アクエリカを教皇に担ぎ上げるべく、全力で後押しする」という方針に対し、むしろ積極的な賛意を示してきた。
「世界が平和になるといいね、デュロン」とはそのときの彼女の言である。
複雑な思いがありつつも、それ自体はその通りなので、結局デュロンは「そうだな」と答えた。
彼女の了承を得るにあたり、全会一致で可決を見た結論を、成員たるミレイン在住の〈銀のベナンダンテ〉を一人残らず引き連れて、ベルエフがアクエリカに直接面会の上、当該意思を表明するに至る。
これを受けてアクエリカは、彼女がゾーラ教皇に就任した暁には、〈銀のベナンダンテ〉と通称される労役刑を始めとする諸制度を、完全に撤廃してみせることを、彼らの前ではっきりと宣言した。
デュロンを始めとする人狼たちは、嗅覚感知によりそれが嘘でないことを確認したが、あくまで念のためでしかない。
彼女が本気で彼らを欺こうとすれば、嘘を吐かずに騙し切り、それを最後まで悟らせないくらいは容易だろう。
極論を言えば彼女を疑うのは自由だが、下手の考え休むに似たり以上の意味は生じないのだ。
逆の見方をすると、彼女は自身の実力とカリスマをもって彼らをいくらでも心服させられるのだから、わざわざ闇の制度で縛る意味がないと言える。
実際、彼女は彼らの提起に応えて、ジュナス教の基本理念の一つであり、また彼女が日頃から特に繰り返し唱えている「神の下の平等」を、そのときもまた高らかに説いた。
そして〈銀のベナンダンテ〉の撤廃を、「神に誓って」叶えると口にしたのだ。
〈教会都市〉ミレインに勤める
ジュナス教の原理主義、あるいは救世主ジュナスという存在に対して、彼女はけっして立場上の建前に留まらない、敬虔な信仰を捧げている。
幼い頃からゾーラ教皇を志していたというのも単なる野心ではなく、その称号の一つである「ジュナスの代理者」を志すがゆえの、誇り高き行いに相違ない。
アクエリカ・グランギニョルは悪辣で、残虐で、冷酷な女だが、守るべき信念もなくヘラヘラ言い訳を垂れて逃げ回るような、安い、浅い、軽い女ではないこともまた確からしい。
利害の一致を見ている以上、これからも彼女を侮ることなく、心から仰ぐ必要があり、それはけっして難しいことではなかった。
差し当たりデュロンたちができることは、アクエリカの任地、つまりこのミレイン教区における実績を担保すること……要するにいつも通り任務を熟し、着々と成果を挙げていく他にない。
いずれにせよ実力を蓄えていく必要はあるので、もちろんこれに関しても異論などない。
もう一つは、
今のところ彼女がほぼ自由に使える、彼女の取り巻き、親衛隊と呼べる成員は、メリクリーゼ、パルテノイ、ギデオン、ヴェロニカ、クーポ、シャルドネと、数も質も着々と揃ってきてはいる。のだが……。
「猊下猊下! 例の研究が大詰めなんだ! 天才のボクにさらなる資金をちょうだい!」
「いいわよ〜」
「アクエリカ、遊興費が足りん。お前が命じた使いに必要なんだ、寄越せ」
「あげるわ〜」
「ごめんねアクエリカさん、ソネシエちゃんに似合いそうな服が」
「出すわよ〜」
「エリカ様! パティスリー・ギルドレイがまた新作スイーツを!」
「買うわね〜」
「あ、あの、アクエリカ様……! 購入を検討したい書籍がありまして……」
「え? うーん、精査の必要があるわね」
「おい!? なんでそこだけそうなる!? 対応が逆じゃないか!? もっと甘やかせよ! この子が所望する本なんて真面目で有用なものに決まってるんだから、スッと買えばいいだろう!」
「なに、うるさいわねメリーちゃん」
「これ私が悪い流れか!? それでお前、相変わらず湯水のごとくドップドプのガバガバ勘定だな!? 類が友を呼んでいる自覚はあるか!?
イカレたメンバーを紹介するぞ! 倫理観の希薄な生体錬成士! 節操なしのヒモ妖精! 姪コン出戻り借金令嬢! 目隠し徘徊甘党メイド!
そして最高にキレてる陰険腹黒妖怪水蛇司教だ……お前のことだぞアクエリカ!? なんだその、誰かしら〜みたいな顔!? まともなのは私とクーポだけというこの惨状を見ろ!!」
「え〜っ」
「え〜っじゃない!」
「うふふ」
「うふふでもない!」
「ひどいやメリクリーゼ、ボクたちのことをそんなふうに思ってたのかい!?」
「まったく心外だな。俺たちはそれぞれがアクエリカに求められた役割を果たしているだけだというのに」
「そうだそうだ! 断固抗議するぞー! ていうかわたしだけお菓子食べてる変態みたいな言い草が無体すぎません!?」
「ええいやかましい! 市民の血税から集めた、貴重な教会の資金を不明瞭な用途で着服しているという点でお前たち全員同罪だ! 会計担当者はいないのか!? 早く登用し……」
「あ、それ私なんです〜」
「あなたかシャルドネさん!? そもそもあなたはまとも側だと思っていたのに!」
「メリクリーゼさん、私おかげさまで借金は完済させてもらったんです〜」
「知ってるが、訂正を求めるのはそこでいいのか!?」
「姪や甥のこと大好きなのは本当ですし〜……あっ、もう令嬢なんて齢じゃないから、そこはちょっと恥ずかしいかな〜という……」
「は?? かわいいが?? その気品は一生色褪せないが?」
「えっ、わっ、どうしましょうソネシエちゃん、急に口説かれちゃったわ〜!?」
「叔母様、わたしは祝福する」
「メリクリ姐さん、アンタもときどきちょっとアクエリ姐さんみたいになってるときあるぞ、今とか」
「冗談はやめてくれるかデュロンくん!? 名誉毀損で訴訟するぞ!?」
「わたくし泣いていいわよね? 泣きます」
「師匠……」
「やめろソネシエ、そんな純粋な眼で私を見るんじゃない! これは本当の私じゃないんだ、信じてくれ!」
「メリクリーゼさん、あたしアクエリカさんのねこ触っていいですか!?」
「別にいいけど君も大概自由だなヒメキアくん!?」
いよいよ収拾がつかなくなってきたアクエリカと愉快な仲間たちを放置して、デュロンはこっそりクーポに話しかけた。
「どうだ、新しい職場には馴染んできたか? 上手くやっていけそうか?」
「はい……! 大変なことも、あります、けど……ここはとっても、楽しいです……!」
それを聞けて誰より安心したのは、こっそり二人のことを見ていた、ヒメキアとソネシエであるようだった。
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