第301話 銀のベナンダンテってこういうものなんですよね
しかし確かに言うだけのことはあると、ドルフィは頭のまだ冷静な部分で気づいていた。
魔力が多い種族というのは、ただ再生能力と固有魔術が精強なだけではない。魔力感知力と魔術抵抗力も自然と高い傾向がある。
それによりソネシエに先の先を取られたが……用意ドンで出遅れてなお、ドルフィが無数に握る形のない拳は、ソネシエの矮躯を押し潰さんと、すでに殺到した後だ。
横からも後ろからも上からも……そしてなにより正面からも。
要はソネシエの氷で触れられさえしなければドルフィの勝ちなのだ。いかなる武器を生成して来ようと、それごと圧し折って叩き込み、墓標代わりに埋めてやる!
ソネシエがドルフィを指差してくるのが見えた! 遅い! そんな悪足掻きなど通じない!
「あははははは! わたしのかちかちかちかち……!!?」
歯の根が合わなくなり、吐き出す白い息を見て、ドルフィはようやく自分の体が、すでにガチガチに凍りついていることに気づいた。
足の裏も地面にへばり付き、もはや逃げることさえ叶わない。
「な、なんで……!? 攻撃も迎撃も完璧だったはずなのに……!」
真なる冬の化身は冷静に、黒曜の瞳でドルフィを見つめ返してくる。
「わたしの〈
漫然と生成すれば砕かれたかもしれない氷も、密度を上げて糸状に精製すれば、蜘蛛のそれのごとき強度となりうる。
触れさえすれば冷気を伝播させられるという能力なので、このような使い方もできる。
そしてあなた、豊富な魔力が宝の持ち腐れ。せっかくそうして凍り切らない程度には耐えられるくらい、他者の魔術に対する抵抗力も高いのだから、防御に徹すれば完全に弾いてしまうこともできたかもしれないのに、攻撃と迎撃に集中しすぎた模様」
「う、うぅぅ……! だ、だとしても、一瞬とはいえ、わたしの全方位からの圧殺魔術も、あなたに到達していたはず! なんでまったく効いてないの!?」
ふと相手が微笑んだように見えたが、前髪が落とす影が生んだ錯覚だったようだ。
「わたしの兄さんと、わたしの友達の一人が、自分の血管内に魔力の性質を発現して防御するという技術が巧み。彼らほどの練度ではないものの、わたしも真似をしてみた。文字通り薄氷だったけれど、意外とうまくいくもの」
完敗だ。ぐうの音も出ない、というか普通に寒さで舌が動かしにくい。
フッ……どうやらわたしはここまでのようですね、死体は置いていってください……とやけに殊勝な気持ちになったドルフィだったが……いつまで経っても静穏な死は訪れず、むしろ鮮明になる痛みに呻吟する。
「うわぁぎゃぁぁぁぁあああ!? なんでなんでなんで!? なんでサクッと殺してくれないんですかぁぁ!!?」
「あなたたちが今までやってきたことの報い。儀式とやらの生贄に捧げられた、名もなき旅の者たちの冥福を、あなたたちに代わりわたしが祈っておく」
「わ、わたしのためには……?」
「さようなら」
「それだけですかぁ!?」
死神に慈悲などあるわけがない。悪夢の波に
……しかしなぜかまだ死んでいない。
「ふへっ!?」
目覚めたドルフィは拘束された状態で、四人掛け馬車の一角に座らされていた。
クソカルトの温床としてジュナス教会の手先に見事浄化されたエルザ村から帰る途中のようで、ドルフィの隣にデュロン、その向かいにヒメキア、その隣にソネシエという配置である。
拘束帯は動きを封じるためのもので、銀などは含まれていないため、圧力魔術を発動すること自体はできなくはない。
しかし間違いなく直前に感知されて、さっき以上の半死半生まで袋叩きにされるだろう。
ソネシエは変わらず無表情だが、今は本気で無感情な瞳を向けてきて怖い。
「また会った。こんばんは」
「こ、こんばんはです……な、なーんだ、結局殺さずに済ませてくれたんじゃないですか」
「わたしは殺そうとしていたのだけれど、直前になって猊下に止められた」
「ちょっとぉ!?『わたしは興味なかったけど友達に誘われたから付き合いで』ぐらいのどうでもよさ加減で、
「おー、すげースピードでブーメラン投げやがるぜ。これがハイランドエルフの特技なのか」
茶々を入れてくるデュロンに対し、日頃から考えていたことなのか、ソネシエは真面目な論で応じる。
「彼女もわたしたちも、上の命令に従っているという点では同じ。わたしたちが教義に基づき行う民族浄化や文化浄化も、ただの殲滅でありそこに正義はない。極論、価値観や倫理観……世界観の相違でしかないのだから」
「わかってるさ。俺らはただクソカルトが気色悪くて、ムカつくから潰してるだけだ。そこは履き違えてねーよ」
「それはそれでどうかと思いますけど!?」
しかしソネシエは納得したようで頷き、デュロンに向かって手を差し出した。
「ああ、小腹が空いたのか? またおやつの時間だな」
「かたじけない。ぺろぺろ」
「え!? なにしてるんですか!?」
「なんだようるせーな……」
「こっちの台詞なんですけど!? なんでソネシエちゃん、デュロンくんの手についた返り血を熱心に舐めてるんですか!? 普通に怖いんですけど!? ていうかどういう距離感なの!?」
「
「いやそういうことじゃなくてですね……」
「確かにこういうときイリャヒいないと、汚れたら汚れっぱなしで困るんだよな」
「いやそういうことでもなくてですね……」
「あまりうるさいとあなたの血を吸う」
「ぴぃっ!? わ、わかりましたよ! でもそれならむしろ、ヒメキアちゃんに血をせびった方がいいんじゃないですか? 考えうる限りの最高級でしょう?」
「なにを言っているの。友達の血を吸わない、当たり前のこと。あなたは頭がおかしい」
「この状況でわたしが一方的に非難されることには理不尽を感じざるを得ないですよ!?」
ドルフィの抗議を無視してヒメキアとイチャイチャし始めるソネシエに代わって、デュロンが話の先を引き取ってくる。
「俺らについて調べがついてるってんなら話が早いぜ。よろしくな、ドルフィ」
「な、なんですか……!? まさかわたしを捕虜として連れ帰るつもりですか!?
自分で言うのもあれですが、わたし……というかあの村の住民は全員、
「大変だねアンタ」
「
「でも今はもう大変じゃねーはずだぞ。まだ体はシャブいか?」
「そ、そんなの急には……って、あれ? 全然シャブくない……」
言われてみれば常態化していた倦怠感や軽めの幻覚が消えていることに気づく。
ヒメキアと眼が合うと、彼女ははにかみ気味にドルフィへ笑いかけてきた。
やはり
そのとき髪の中から首元へ這い寄る感触を覚え、ドルフィはその場で跳び上がった。
「わひゃっ!?」
『ふふ、かわいい反応ね。大丈夫よ〜、あなたがジュナス様の教えを理解し、自ずから平伏すようになるまで、わたくしがこうして使い魔越しに、あるいは直接、耳元で囁き続けてあげますからね〜』
「教化っつーか洗脳なんだよな……」
「こ、こわいよ……」
デュロンやヒメキアも怯えているが、ドルフィ自身の比ではない。
ソネシエに視線で助けを求めるが、反応は素っ気ないものだった。
「猊下があなたを飼ってくださるので、好きな鳴き声で媚びるとよい」
「ぎゃぴぃぃぃいいい!?」
「それに決めたの」
「違いますぅぅぅ! わわわ、わたしなんか捕まえて育ててもなんにもならないですから! 今すぐ野山に逃がしてあげることをおすすめするんですけどぉ!?」
『そういうわけにもいかないのよね〜。有能な人物や有望な人材は、どれだけいても足りるものではない。特にこれからはなおのこと』
ソネシエ、ヒメキア、デュロンが神妙な表情で黙りこくるという雰囲気の変化を敏感に察したドルフィは、なんの気なしに言及する。
「あ……もしかして、あの噂は本当だったんですか? アクエリカ・グランギニョル猊下が近々本気で、ゾーラ教皇の座を獲りに行く、という話……」
そしてまた余計なことを口にしてしまったと、すぐに後悔する羽目になった。
全員の注目を集めて褒め称えられるが、ちっとも嬉しくない。
「あなたは本当に話が早い」
「すごいよ、ドルフィさん」
「俺らがなにも言う必要はなさそうだな」
『良い子ねドルフィちゃん。骨の髄までしゃぶり尽くしてあげましてよ♡』
「うわぁぁああん! 助けてママぁぁぁ!」
「あなたのママはすでに死んでいるはず」
「そうでした! それもわたしが生まれた直後にね! あははははは!」
「こいつまだラリってる?」
「お、おくすりは全部抜いたはずだよ!」
「じゃあナチュラルハイかよ、こえーよ」
「帰して帰して! わたしを村に帰してくださいよぉぉぉ!」
「情緒不安定さが半端じゃねーぞ」
「
「そんなあるあるネタっていうか格言みたいに言われても納得しませんけど!? 焼いたの!? こんがり焼いちゃったんですか!?」
「ここから見えるあの煙がそう」
「ほんとに焼いてやがります!? 麻薬だらけの建物燃やしたら公害になっちゃいますよぉぉ! 山や森が丸ごとシャブ漬け! みんなラリラリになぁ〜れっ☆ ゲヒャヒャヒャヒャ!」
『せっかくの綺麗なお顔が、はしたない笑い方で台無しでしてよ。そのあたりも含めてわたくしの子猫ちゃん……じゃなかった、立派な淑女に育ててあげますからね』
「別の意味で身の危険を感じるんですけど!? わたしどうなっちゃうんですか!?」
ドルフィの叫びを無視して、馬車は一路、ミレインへ向かってひた走るのだった。
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