第6章・神代編

第300話 こんにちは、懲りずに教会の方から来ました!

 一口に田舎の村と言っても色々あるわけだが、そんなことは住民たちに助けを求められ派遣される、の方がよくわかっているはずだ。


 近くの洞窟で小鬼ゴブリンが大量発生していて困っていたというトリゴ村。

 魔性化した寄生キノコに乗っ取られていたというメレナ村。

 落盤事故を口実に呼び出して、眠れる生体兵器を起こさせようとしていたガルボ村。

 そしてまだ詳しい報告は上がっていないが、大鬼オーガたちが暮らす森の広範囲が爆発かなにかで吹き飛んでしまったというラムダ村。


 ただしここエルザ村は、そういった凡百の下界集落とはわけが違う。

 ラスタード王国の中でももっとも天国に近いと称されるエルザリード高原に存在し、咲き乱れる花々や草木が美しい高貴な場所である。


 共同体としての意識も高く、住民はそのすべてを長森精エルフの上位種である上長森精ハイエルフが占めている。

 もちろん近親婚を避けるため、ちゃんとときどき外から血を入れてはいるのだが、いわゆる「血が強い」ことが原因で、産まれてくる子供はみな白金色の髪に青緑色の眼、秀麗な眉目に天を指す長い耳を持っているのだ。


 今、雲一つない秋晴れの中天に登った太陽の下、草花の飾りをあしらった大きなポールの前で、先ほど村の入り口を訪れたというお客様方を待っている、ドルフィという名の17歳の少女も、その例に漏れなかった。


 彼女は今年の〈星辰の巫女〉に選ばれ、〈花冠の儀〉を執り行うことを許されるという名誉ある立場にある。

 ちなみにこの村におけるこれらの用語を記憶する必要はまったくない。なんとなくそれっぽい正当化のための、それっぽい名称に過ぎないのだから。


 要するにこのゴミクソみたいな村は外からの来訪者を踏ん捕まえて、唯一の特産品である麻薬でシャブシャブのラリラリに仕上げて無理矢理次代のゴミクソを産ませるという一回限りの使い捨てとして、ゴミクソ村を存続する肥料にしているわけである。

 自分の生まれ育った村がゴミクソ限界突破集落であり、擁する信仰もどきもゴミクソカルトに過ぎないことを、自身もとっくに麻薬漬けになった頭でなお、ドルフィは重々理解している。


 しかしこの〈花冠の儀〉を行う〈星辰の巫女〉……平たく言うとシャブ漬けにした余所者の男の子とエロいことをして子供を産むというクソ田舎の因習オブクソ田舎の因習みたいな「お役目」もクソではあるのだが、上手いことやればゆくゆくは共同体の長をも狙っていけるポジションでもあるのだ。

 今でさえなにもしなくてもこうして侍女たちを侍らせて身の回りの世話をさせることができ、なに不自由ない生活を送ることができるというだけでも、ドルフィは満足している。


 そしてそれよりなにより、シャブ漬けにされた余所者どもが最終的に生贄として無惨に殺されていく様は、何度見ても筆舌に尽くしがたく……愉快な趣があるのでやめられない!


「あははは! 今度の子たちは、どんな死に方をしてくれるんですかねぇ?」


 なにせずいぶん活きが良いと聞いているので、否が応でも期待が高まる。

 ミレイン教区の祓魔官エクソシストが、本腰入れて動き出したのだ。


 なるほど異端邪教の典型だ、狩る気満々なのだろうと、ドルフィ自身も一時は身構えた。

 しかしいざ蓋を開けてみれば、かのアクエリカが採ったのは、たった三人の祓魔官エクソシストに旅の若者を装わせ、私服で訪ねさせるという稚拙極まりない下策だった。


 しかも決定的だったのがその三人の中に、ことを構えるとなったら彼らにとっては足手纏いの邪魔にしかならないはずの、あの不死鳥人ワーフェニックスの少女が含まれていることだった。

 これは彼らにとっては戦闘の腹積もりはないことを意味するはずで、そうなると彼らは村の入り口で通過儀礼を……要するにシャブシャブお薬ゴミクソ茶をしこたま飲まざるを得ないということになる。


 件の不死鳥人の少女には効かないだろうが、他の二人は正常な判断力を失うだろう。

 それはいかに魔力による回復力に優れた四大名家の吸血鬼であろうと、基礎代謝が信じられないくらい高い人狼の白眉であろうと例外ではない。


 ソネシエ・リャルリャドネとデュロン・ハザークについては、すでに調査は済んでいる。

 エルザ村の情報部はなかなかに優秀なのだ。


 特にデュロン・ハザークに関しては、この後ドルフィの「お婿さん」になる(ただその後は生皮剥がされて殺され、狼の敷き物ちゃんになる)予定なので、さしもの彼女も複数の意味で興奮していた。

 もちろんいきなり見ず知らずの男の子を連れて来られてアレしなさいというしきたりにはゲーッて感じだが、それはそれとしてかわいい男の子だったらいいなとも思うわけだ。


「……ん?」


 にわかに村が騒がしくなってきた。

 しかし生贄を確保しラリラリに仕上げたという歓喜とは様子が違う気がする。


 ドルフィが今いる〈星辰の……いやもう名前はどうでもいい、この原っぱからはよく見えないが、道行く住民が次々に倒れていき、なにかがこちらへ近づいてくるのが見える。


 侍女たちは三々五々逃げ出したが、魔術戦闘に覚えのあるドルフィとしては、落ち着いて迎えることができた。

 それになにより、相手が一人きりであることで、十分な精神的優位に立つことができる。


 資料は読んだが、顔を見るのは初めてだ。

 ドルフィは白いワンピースの裾を摘んで、優雅にお辞儀し微笑んでみせる。


「こんにちはぁ、ソネシエ・リャルリャドネちゃん♡ お友達二人はどうしましたぁ? まさかもう死んじゃったなんてことはないですよねぇ?」


 対する吸血鬼の少女は、長い黒髪や黒いワンピースの裾をいじいじと弄った後、躊躇いがちに口を開く。


「彼らは死んだ」

「あらぁ、それはご愁傷……」

「それはこちらの台詞」

「は?」

「あなたたちの村の、長老たちがみんな死んだ」

「……あへぇ?」


 なにを言っているのだろうこの子は、見ている幻覚についてそのまま喋っているのだろうか。いやそうに違いない。

 しかしソネシエの口調はとてもしっかりしていて、下手すればラリラリお薬ちゃんを一口も飲んでいないようにすら見える。


「最初に招かれた建物で怪しいお茶を勧められたのだけど、デュロンがわたしたちのぶんもすべて飲んでしまった。困惑した長老たちは、どうしてもわたしたちに最高のおもてなしをしたかったようで、三人ともに無理矢理飲まそうとしてきた。というかもはやストレートに殺そうとしてきた」

「そうでしょうよ! 腐っても我々は上長森精ハイエルフですから、伊達に隠棲してるわけじゃないんです! あの老害たちも相当に魔術を使うはず、いくら閉所とはいえ……」

「普通ならそう。しかし、あなたたちがわたしたちについて調べることができたように、この村が扱う麻薬のサンプルも、すでにこちらの手回しで流出していた。

 そしてわたしたちの中には生体や植物の専門家がいる。あなたたちの処方したお薬と一緒に飲むと、一時的に運動能力と凶暴性が格段に高まるという作用が生じる種を、ここへ来る前にデュロンの口内に仕込んでくれた」

「なっ……!?」

「デュロンが主要人物をだいたい殺した後、ヒメキアが彼を治してくれ、今は二人とも村の入り口付近に留まり、休んで待っている。

 率直に言って、この村はすでにほぼ制圧されている。後はどうとでもなるということで、わたしに一任されている」

「ななな……舐めて、くれますねぇ……!」


 逆転不能を告げる示威のつもりだったのだろうが、逆にそれでドルフィのなけなしの、チンケなプライドに火が点いた。

 このまま与しやすいクソ田舎のイモ女だと思われたまま、流れで殺されるのだけは耐えられない。


「いいんですかぁ!? そこはもうすでに、わたしの固有魔術の有効範囲内ですけどぉ!?」


 ドルフィは荒い息を吐きながら、勝利の確信を言葉にしていく。


「あなたもう、詰んでるんですよぉ! わたしの能力は圧力を操る! それも一定空間内をまるで己の手足であるかのように支配し、どの方向からでも攻撃を加えられる!

 まるで海底にでも叩き込まれたように、あなたのそのすっとんとんの体を、比喩抜きでぺったんこにしてあげますからねぇ!」

「やれるものなら、やってみるといい」

「……なんですって?」

「どこからでもかかってきてよいものとする」


 見た目に似合わず、堂に入った啖呵を切ってくるソネシエ。


「あなたの言葉が真であるなら、あなたの魔術はすでにわたしを包囲していることになる。

 しかしそこから『用意ドン』でも、わたしはあなたに対処できる」


 やれるものならやってみるといいというのは、ドルフィの方の台詞だ。

 しかし言うだけならタダではある。このちびすけ、引き千切って祭壇に詰めてやる。

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