第298話 スキヤポデスっていう片足のお化けがいるんだが、要はそれの逆だ
「ちょっとお前ら利き手じゃない方、足でもいいが、小指を一本ずつ差し出すね」
サイラスがいきなり蛮族の王みたいなことを言い出すので、いったんは全員が身構えたが、理由を聞くと理解はできた。
「この中でザカスくんに喰われた場合に、一番リスクが低いのはオイラだ。下位互換であろうオイラの肉から、奴が格別得られるものがあるとは思えないからね。だが一方で、こうすれば……」
「ぐ!」「ぬ……」「いっ!」「てーッス!」
電光石火の早業でナーナヴァー、ギデオン、デュロン、ホレッキから最小限の肉片を噛み千切ったサイラスは、手持ちからさらに四種類の肉片を加えて、一息に飲み込んだ。
「この状態でオイラが囮に、もとい美味しそうな擬似餌になる。
……あ、ヒメキアちゃん、キミのは結構ね。しまってくれていいね」
ぶるぶる震えながら痛みに備えていたひよこちゃんの頭を撫で、サイラスは他の四人に笑いかける。
「後はお前ら、手筈通りに頼んだね。ザカスを確実に仕留めてくれ!」
返事も待たずに翼を生やし、眼下へ飛び立つサイラスだったが、すぐにザカスの爆裂光線に照準され、慌てて旋回する羽目になった。
「どわっ!? 到着するまで待てないか、行儀の悪い怪物だね!」
サイラスは底面に降りると同時に、混成獣化変貌を完全展開。
取り込んだ八種類の形質を歪に併行発現することで膨れ上がった彼の体格は、身長が三メートル程度にまで上がる。
「これでもお前にとっちゃまだチビだろうが、多少は見映えが良くなったはずね?」
彼の言う通り、ザカスバダクは爆裂光線の射出を中断し、八つの眼で興味深そうに、捧げられた生贄を観察し始める。鰐の顎から垂れる涎も、見間違いではないだろう。
奴からすれば今のサイラスは、豪華ステーキ八種選り取り盛り合わせだ。消化変貌で能力だけ再現したわけだから、見掛け倒しの、栄養価ゼロの紛い物なのだろうけれど。
ザカスの食指が動いたところで、ギデオンとデュロンが上から仕掛ける。
「行くぞ」
「おう!」
声を聞き咎めたザカスくんの視線が向くが、端から隙を突こうとはしていない。
ギデオンの空間踏破能力が発動条件を満たして、対象へ向かって高速移動する。
彼の右手が掴むのは、デュロンのベルトだ。少し苦しいが、一番安定するのだ。
一般的に、突きより蹴りの方が威力は高い。しかし今回は空中からの一発勝負ゆえ、インパクトのタイミングを外さないことが重要なため、より高い精度で打てる手技が適していると判断した。
本当なら〈
なので今回デュロンは
ただし漠然と上半身全体ではなく、右腕を中心として筋骨を集中させる。
再三の繰り返しになるが、
ギデオンとデュロンを捕捉すると同時、ザカスバダクはすべての眼から爆裂光線を照射している。
「今よ!」
「ッス!」
八条のうち、ナーナヴァーの〈
「「!!」」
ギデオンはガードに掲げていた左腕が、デュロンは腰を掴まれることで自然に前へ出ていた両脚が焼失したが、頭部や胴部は無傷で済んだ。
なにも問題ない。再生能力を前提とする魔族同士の戦闘では、基本的に死なないことだけ考えればいい。
それに、極論……重心移動や踏ん張りを無視していい空中だから言えることでもあるが……手技を使う瞬間に足は要らない。
同様に、次の動作を考慮しないなら、足技を使う瞬間に手は要らないことになる。
「……」
刹那の中でデュロンが思い出していたのは、東の森の儀式場での、ウォルコとの最後の攻防だった。
あのときは左手を削って、右腕を飛ばされ、右脚で跳ね返って、左の蹴りで倒したはずだ。
なら今も腕は片方しか要るまい。デュロンは左の肩から先を体内へ引っ込ませ、その分の筋骨を右腕へさらに上乗せした。
いや、まだ足りない。殴る動作に必須となるのは、指令を出す脳と血液を送り出す心臓を別にすれば、背筋から腕橈を経て、拳へ至る一連の組織だけだ。
それ以外の内臓だの骨格だのは、殴る瞬間においては無用な贅肉でしかない。
生体活性でいったん全部溶かして、右上半身の糧とする。
限界まで詰め込み圧縮した筋密度は常にない膂力を、骨密度は鋼を超えた強度を実現する。
そうして文字通りデュロンの総身を捧げた一撃に、ギデオンが採った俯角における落下の重力と、空間踏破能力による移動速度が乗る。
ザカスバダクの脳天に触れた瞬間、デュロンが感じたのは「なんだ、思ったより柔らかいな」だった。
まるで極上のソファに手を置いたように、頑丈なはずの鱗へ肘までが沈み込む。
「ッッ!!」
次の瞬間、浸透させた膨大な衝撃波の反動で、増大し切った右腕は内側から破裂し、デュロンは後方へ吹っ飛ばされて、石の地面に叩きつけられた。
激痛で声もまともに出ないが、このまま放置するとさすがに死ぬので、意識的に肉体活性と再生能力を行使し、自分を二足歩行の四足動物に戻していくデュロン。
「……まったく、お前はときどきとんでもないことをやるものだな」
隣で同じように左腕を修復中のギデオンが、呆れているのか感心しているのかわからない調子で言いながら、無事な右手でデュロンの背中を叩いてきた。
「ありがとよ。……どうだ、やったか?」
結果的には無傷で済んだサイラスに尋ねると……彼の横顔は冷や汗をかいている。
「いや、これは……微妙ね」
「威力が足りなかったか?」
「違うな……様子が妙だぞ」
ギデオンに指摘されると同時に、デュロンの嗅覚は微細な空気の変化を嗅ぎ取っていた。
ザカスバダクもやはり動物であることに違いはないようで、頭頂部を大きく凹まされたことで脳に深刻な損傷を負ったらしく、四対八個の眼は濁り、活動を停止している。
だが奴が発散していた爆裂系魔術……正確に言うとその発動前兆となる体臭が、さっきまで眼から爆裂光線を発射してしたときとは比べものにならないほど、全身に破裂せんばかりに満ち満ちているのだ。いや、これは比喩でなく……。
「まずい、自爆だ!」
瀕死になるか、あるいは一定以上のダメージを受けると、発動するよう組み込まれてあったのだろう。
「なんね!? 範囲はどうなるね!? お、オイラ肉壁で盾になるね!」
「ダメだ、防ぎきれん! お前たち、俺の……」
突如として放散された膨大な光が眼を、音が耳を擂り潰す。
あ、死ぬんだな……と悟ると同時に、デュロンが考えたのはヒメキアのことだった。
せめてあいつだけでも逃れてくれるといいんだが……結局、約束を果たせなかった。
散々大口叩いておきながら、最後はこの体たらく。ウォルコに叱られること必至だ。
願わくば次の〈守護者〉は、俺よりもっと……。
などと、呑気な感慨に浸っているうちに、世界は元の鈍光と雑音を取り戻していく。
「……な、なんだ……? 助かっ……た?」
そして視線を正面に戻すと、ようやく状況を把握できた。
「……別にどっちが勝ったって、俺にとっちゃ美味しい展開だったんだがよ……」
爆風の余波でズタズタに裂けた赤いローブが翻り、巌のように逞しい、広い背中が垣間見える。
体格はウォルコに近いと思っていたが、実際には筋量がかなり上のようだ。
「自爆の巻き添えで相討ちなんて結末は、どうにも面白くなさすぎるからな」
外れたフードの下は、この魔族社会でも滅多に見ない、炎のように真っ赤な癖っ毛。
振り返った顔立ちは精悍で、昨日は獰猛に感じた橙色の眼も、今は温かい慈愛に満ちている。
「将来性抜群っつったのも、別に世辞ってわけじゃねぇ。つまんねぇ死に方で消えちまうなんてのは勘弁だぜ、ただでさえ少ねぇ遊び相手が減っちまう」
カラカラと陽気に笑う男に、デュロンは意を決して話しかけた。
「赤ずきんのあんちゃん、助けてくれてありがとう。マジで死ぬとこだった」
「いいってことよ。こういうのはあんまり俺のガラじゃねぇんだけどな」
「……アンタいったい、何者なんだ?」
「えっ。いや、俺は別に名乗るほどのアレではないというか……」
『ドラゴスラヴ・ホストハイドよ。ラスタード四大名家最強の男と言えばわかるかしら』
いきなり素性を明かされた赤ずきんちゃん……ドラゴスラヴは知った仲のようで、使い魔に向かって声を荒らげた。
「おい!? てめぇアクエリカだな!? うやむやなまま爽やか〜に立ち去ろうとしてんのによ、なにスッとバラしてんだ!?
こういう細かい証言を辿って目撃情報が出回るから、親父殿に捕捉されて強制送還用の追っ手を送り込まれるんだよ!
せっかく自由に放浪してるところによぉ、なんでわざわざ水差すかね!? それが部下どもを守ってやった礼か!?
お前がそういう態度取るんならさぁ、次からこういう気まぐれも二度と起こしませんけど、いいですかぁ!? 大丈夫かなぁ〜、蛇さん困りませんかぁ〜!?」
『いいからあなた、一度実家に帰りなさいな。一番下の妹さんが心配していると聞いたわよ』
「親戚のババアみてぇな説教垂れてんじゃねぇよ、てめぇの心配だけしとけターコ!」
『エヴロシニヤちゃんかわいいわよね』
「俺の末の妹まで狙ってんの!? そんなにうちらと戦争起こしてぇの!?」
『あっシスコン発見。家族を大事にしてて偉いわね〜、ところで世継ぎはお作りにならないのでして? ねえねえねえ』
「あ〜、やっぱ俺こいつすっげぇ嫌いだわ〜! そういうことは自分がまともに恋愛とか結婚できるようになってから言ってください〜、レロレロレロブーッ!」
『あなた確かわたくしの三つ年下だと記憶してますけど、ドラゴスラヴきゅん五しゃいの間違いだったかしら? 自分でパンツ履けましゅか、バブバブ〜、ベロベロバ〜』
「うっせぇわ! お前らこんな性悪ゲロドブ女をいつまでも上司として仰いでっと、そのうちにマジでサックリ裏切られっかんな、気をつけろよ!?
悪ぃこたぁ言わねぇ、神の下僕なんざさっさと辞めちまえ!
そんじゃまた! 命は大事にしろよな!」
「あっ、ああ……」
もっと話をしてみたかったのだが、アクエリカが余計なことばかり言うせいで、ドラゴスラヴはカリカリ怒って去ってしまった。
『まったく、相変わらず力ばかりのアホなお子ちゃまね。言動に品というものがないわ、わたくし困ってしまいます!』
「アンタたちを見てると、貴族ってなんなんだろうって、改めて考える機会が多いよ」
四大名家の連中はこんなんばっかりなのだろうかと憂いていると、肩を叩いてきたサイラスと眼が合い、その隣でギデオンが神妙な顔をしている。
「デュロン……あの兄さん、本当に半端じゃないね」
言われて改めて見回し、ようやく理解が及んだ。
最終的にデュロンたちは第二採掘場の西側に陣取り、東側で足を止めたザカスバダクと対峙していたのだが……自爆を阻止すべくドラゴスラヴが救い主として降り立ったのは、ちょうど真ん中あたりだったとわかる。
なぜなら、その地点から西半分は三人とヒメキア、シュネーザ、ホレッキ、ナーナヴァー、村長含めて傷一つないが……東半分はその地点を頂点とした放射状に土石が消し飛び、吹き曝されているからだ。
鳥瞰すれば円形の渦状に掘られていた現場は、鍵穴のような形に変わっているはずだ。
つまりザカスバダクが自爆した衝撃波を、ドラゴスラヴは綺麗に防ぎ切り、残らず弾き散らしたことになる。
さすがに固有魔術は使っただろうが、強度と練度が違いすぎる。
世界は広く、上には上があり、望んだ夢は程遠い。
そのことを痛感せずにはいられなかった。
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