第297話 最強の衛生兵が、銃後で待機しているのだから
「デュロン!」
名前を呼ばれて振り向いた途端、胸座を掴んで引っ張られ、横移動の後、縦移動させられたかと思うと、気づけばヒメキアの隣へうつ伏せで倒れ込んでいて、小さく温かい手が頭を撫でてくれる。
彼女を挟んで向こう側では、サイラスが同じ状態になっていた。
「三人とも、ぶじでよかったよー」
「お、おう。ヒメキアとシュネーザも平気だったか?」
「大丈夫! あたし、ギデオンさんをじっと見てたよ!」
デュロンとサイラスを回収したギデオンは、ヒメキアの元へ帰還する形で、命からがら逃げ延びたらしい。
「安心するのはまだ早いぞ。どうにかこの場で奴を処理する必要がある」
彼が下した判断の通り、最優先事項が切り替わったことにより、ジェドルとパグパブの追跡を打ち切ったホレッキとナーナヴァーが、戻ってきて合流するところだった。
「すんげーエグい見た目してるッスね……」
「でもよりエグいのは、能力の方みたいよ」
ナーナヴァーの言葉に従い、全員が露天掘りの底面を覗き込む。
憑いていた悪魔はすぐに活動限界が訪れたようで、文句を言いながら暗黒物質と化して異界へ帰っていった。
あいつもあいつで厄介そうだ、いずれ依代を代えて再戦……などという展開は勘弁してほしい。
さておき、素の状態に戻った鰐蜘蛛は、そういうふうに動くと効率がいいと刷り込まれているのか、さっきから数十秒ごとに休息状態と活動状態を繰り返している。
休息状態においては石化したのかというほど微動だにしないが、活動状態においては露天掘りを逆順に進めるかのように、底面から周辺の岩肌を少しずつ削り回り、渦の半径が徐々に大きくなってくる。
さすがに野次馬と化していた村民たちも、とうに姿を消していた。
使い魔の蛇に代弁させて、アクエリカが差し当たっての見解を口にする。
『そもそも鰐は砂嚢に溜めるために石を食べるけど、これはそういう行動じゃなさそうね。
たとえば
対してかの者はおそらく消化機能そのものに錬金機構が組み込まれていて、砂礫からも養分を摂取できるようにできている。
どんなに枯れた大地においても、放っておくだけで勝手に成長し、どんどん大きく強くなる。
作られてすぐ眠りに落とされていたそうだから、今はこんなものだけど、比喩抜きで街や村を喰い潰し、山に等しい巨体となるのも、時間の問題でかないのでしょう』
彼女が今しているのは、ベースとなる規格と膂力の話だ。奴の真髄は別にある。
『まったく、わかりやすくて助かるわ。七つの罪源において、鰐は暴食、蜘蛛は強欲を、それぞれ象徴する動物の一つです。
前者が
「最強の
「……だけなら、まだいいね。もし効果に制限時間がなく、いくつでもストック可能なのだとしたら……いいねお前ら、よく聞くね。オイラたちは誰も奴に喰われてはならんね。
犠牲を出しちゃならんのは普段から当然のことだが、この場合はそれに加えて、一人でも奴に能力を与えちまったら、オイラたちの勝率はさらにガクンと下がるということね。あくまで無傷の勝利を目指す必要があるね」
「そうなると理想は、遠距離攻撃のみで倒すことかしら」
ナーナヴァーが腕捲りする姿は頼もしいが、デュロンとしては却下せざるを得ない。
「いや、ダメだな……ギデオン、試しにあいつに石でも投げてみてくれ」
妖精の手から鉄の指弾が繰り出されるも、鰐蜘蛛の眼がそれを捉えた瞬間、八つのうち四つが赤黒い極太の光線を放ち、上空高くにあるうちに焼き切ってしまった。
「爆裂系の匂いがするとは思ったが、錬金機構とは別枠で、あんな強力な固有魔術を持って、る……その上でさらに、消化変貌を積んでくるってのか……!?」
「生半可な魔術や息吹はアレで相殺され、飛び道具は通じず、飛行して近づくことも不可能だ。地に潜り腹を攻めたとて、おそらくはそこも対策が施されているだろう。
決死の吶喊は思う壺、間食にされて終了だ。かと言ってグズグズしていると質量だけで詰まされかねない。
催眠や洗脳、幻惑や封印は可能だろうが、確実な解除方法が少なくとも一つはあるのが判明した以上、いつ動くかわからない呪いの石像に変わるだけで、気休め程度が関の山。
なるほど、これは確かに長ずれば大陸をも獲れる。いきなり出鼻を挫かれなければの話だがな」
「つまり可及的速やかに……一撃で破壊するしかないわけッスね。と言ってもオレたちの中に、そこまでの大火力を持ってる奴はいないんスけど」
「ああ。だが近接打撃なら……」
自然と視線が集まるのに気づき、デュロンは覚悟を下敷きに苦笑を浮かべた。
「……いちおう訊くが、俺がミスって喰われたら、あいつはどうなる?」
『運動量と突破力が上昇し、休息時間がなくなって、侵攻がより早まるでしょうね』
「結構責任重大だな……えーと、それで、あの鰐の……」
「ザカスバダク……それがあやつの名じゃ」
いつの間にか野次馬の村民たちと入れ替わりに、もっとも荘厳な
満ち満ちていた覇気が衰え、憔悴した様子であるのも、その原因の一つかもしれない。
彼は教会の手先どもに向かって、すでにその重い頭を下げている。
「虫のいい話じゃが、御一同……頼む、あれを止めてくれまいか。まさか今さら、しかもあのような方法で眠りを覚まさせれるとは、夢にも思わなんだのだ」
「おっと、クソ田舎の村長が、クソ田舎の村長っぽいことを言い出したッスね」
ホレッキの皮肉をもはや誰も咎めず、むしろ流れに棹差した、サイラスが糾弾する。
「御大……まさかあれがオイラたち
「違う……と言うても、説得力はなかろうな。そして、儂の携えた抑止力は、あれに対してはまだ動かんらしい。自己以外は守れぬという、類が友を呼んだ形だったようじゃ」
村長がなんのことを言っているかはデュロンにもわかるが、ないものねだりは詮がない。
今ここにある戦力で、邪法の産物を土へ還すしかないのだ。
まさしく
『デュロン、無理なら避けてもいいのよ? 現場にそうさせるため知恵を絞るのが、わたくしの仕事の一つなのだから』
「……確かに、五人がかりでも厳しいな」
デュロンが視線を向けると、自然とその先へ注目が集まり、皆が得心の表情となる。
「だが六人なら可能だ。ヒメキアが近くにいてくれるんなら、多少の無茶ができる。ガツンと一発ブチ込んで、パズルを完成させようぜ」
この世でもっとも治癒能力に長けた
自分と同じその表情を見て、デュロンは他のなによりも勇気づけられた。
事態は火急だ、すぐさまの作戦開始が望ましい。
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