第246話 ミレインに巣食うもう一人の大悪再び現る

 変態の店員さんに見送られて店を後にしたソネシエとシャルドネは、夕焼け空を眺めながら、レストランのテラス席で軽い夕食を摂っていた。

 観劇の後で寮に帰り、ヒメキアに夜食をたかる算段である。


 オープンサンドとシチューを食べながら、二人はまだぎこちなさこそあるものの、いくぶん打ち解けた会話ができるようになっていた。

 シャルドネ叔母様は選んだドレス姿のソネシエをたいへん気に入った様子で、じっと見つめながら喋ってくる。


「魔力の色が髪に宿ることが多いから、この魔族社会では地味になりがちだけど、こうやって服を選ぶときだけは、黒髪で良かったな〜って思うわね〜。なんでも合うものね〜」

「同感。叔母様も新しいものを買えば良かったのに」

「私はいいのよ〜、今日はこれからソネシエちゃんをエスコートしないといけないんだから、この格好がベストなの〜。

 だけど、ほら、たとえばヒメキアちゃんなんて、すごく綺麗でかわいいんだけど、色を合わせるときは大変そうよね〜」

「意外とそうでもない。叔母様、ヒメキアの髪と眼を思い出してほしい」

「えっ? 髪は赤紫で、眼は緑……で合ってるわよね?」

「合っている。まず、髪が赤紫色なので、類似色である赤、青、紫は彼女に合う」

「そうね〜」

「赤の補色であり、眼の色と合致している緑も当然合う」

「うんうん、そう思うわ〜」

「青の補色である橙、紫の補色である黄も問題なく合う」

「なるほど、確かに〜」

「黒や白、灰色も、明度や彩度で赤紫色と引き立て合う」

「そうなるわね〜」

「結果、すべての色はヒメキアに似合うので、彼女は無限にかわいい。証明終了」

「理解したわ〜!」


 わかってもらえて嬉しいが、叔母様が把握したのは補色万能理論だけではなかったようで、にっこりと笑いかけてくる。


「ソネシエちゃんは本当に、ヒメキアちゃんのことが好きなのね〜」

「とても好き。先生や叔母様と同じくらい」

「うっ……!」

「叔母様、また鼻血が」


 なぜか興奮しやすくなっている叔母様を宥めた後、ソネシエの口からは自然と、さらに言葉が溢れてきた。


「……4ヶ月ほど前……わたしが彼女に出会った2日後に、彼女が攫われたことがあった。変態蝶々、親バカライオン、ギンギラ巨大おじさんのいずれに対してもわたしは手も足も出ず、結局兄さん、リュージュ、デュロンが彼らを撃破し、ヒメキアを奪還した」

「な、なにその悪の怪人3人組みたいなの……そんな人たちと戦いたくないわ〜……」

「そう。しかし……わたしは悔しかった。もっともっと強くなって、次はどんな輩が襲ってこようと、ヒメキアをこの手で守れるようになりたい」

「ソネシエちゃん、立派だわ。私にできることがあったら、なんでも言ってね」

「ありがとう。……あっ」

「どうしたの?」

「訂正する。ヒメキアだけでなく、兄さんも、先生も、師匠も、猊下も、仲間も、友達も……もちろん叔母様も、誰でも守れるようになる。わたしは強くなる」


 我ながらなかなかの決意表明だと自負したが、問題は叔母様のシチューへ、彼女の鼻血に加えて涙がだばだば混入したため、だいぶしょっぱくなっていそうなことであった。




「よう、精が出るねぇ。しかしあんまり過保護だと嫌われちまうぜ」


 テラスの反対端に面した防風林の陰に隠れて伺っていたデュロンたちは、まさか完璧な隠密行動の最中である自分たちに声をかけてくる者がいるとは露ほども思わず、度肝を抜かれた。


 しかも相手が相手である。今日のトレンチはおそらくリッジハングの半ば制服となっている臙脂色の背広ではなく、黒いベストを着て長い黒髪を一つに結び、美味そうに葉巻を燻らせていた。


 悔しいがこの男、パスタとワインを前に寛いでいるだけで、なかなか絵になる。悔しいのでデュロンは絡んでみた。


「おーおー、出たな、闇金クソ野郎。まだ陽も落ち切らねーうちに大手振って出歩いてんじゃねーぞ、弁えろ、揉み上げ全部剃ってこい」

「やめなさいデュロン。あなた相手がアウトローだと、無限に態度デカいですね」


 今日の趣旨に反してイリャヒを止める側に回らせたのは失態だが、言っておかなければならないことはある。

 しかし出鼻を挫く形で、高利貸しは皮肉げに笑った。


「相変わらず冴えたツラしてんじゃねぇか、狼小僧。で、なんだって? お仲間と一緒だとずいぶん気が大きくなるようだが、一対一で勝てる算段があるってんなら、喜んで相手するぞ。ん? どうした? それとも遥か格上相手に烏滸おこがましくも説教垂れて、泣く泣く返り討ちにされるのが最近のトレンドなのか?」


 そう言われると痛いが、喧嘩腰で絡んだ手前タダでは引き下がれず、デュロンはまず相手を挑戦的に指差し、それから返す言葉を考えた。


「……確かにアンタは、固有魔術込みでだが、ベルエフの旦那とほぼ互角の戦闘能力がある。それはわかってる」

「ほう。で?」

「だが少なくとも……今の俺でも、お前相手に逃げ切ることはできるぜ!」

「ダッサい敗北宣言なのだね……」「言ってやるな、妥当な判断ではある」


 後ろで言われている通りなのだが、意外にもトレンチは笑みを消し、欠伸混じりに吐き出した煙で、輪っかを作って飛ばしてきた。

 それを振り払うと、今度は舌打ちが耳を打つ。


「チッ、つまんねぇ。昔はこんな安い挑発にも簡単に乗って、ノチェンコにすらボコられてたあの小せぇガキがまぁ、デカくなったもんだ。お前、ますますベルエフに似てきたよ。本当はあいつの隠し子なんじゃねぇの?」

「そいつは最高の褒め言葉だね。なんだ? 泥水ぶっかけりゃ、蜂蜜をお返ししてくれる方針に変わったのか?」

「バカ、リードで繋がれた大人しい犬ッコロに成り下がっちまったなっつってんだ。教会都市このまちに来たばっかの頃の、野性だの野心だのを思い出してほしいもんだね」

「……おい、アンタなんか勘違いしてねーか? 四対一なら凌げるか? ってのは言ったっけな? それともこの話は避けた方が良かったか?」


 同数揃えた決闘の帰趨に問題解決を委ねるという、ベナンダンテの伝承を一部切り取った風習をミレインの、主に路地裏に広めたのは他ならぬ当時のベルエフだが、別にデュロンたちがそれに準拠する必要もない。

 袋叩きに引っ立ててから、山と出た埃を改めて検分するのでも、そうそう順序は間違っていないのだから。

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