第245話 信仰心の低い空間に天使が降臨!

 シャルドネ叔母様が褒めてくれるのはいいのだが、彼女が構えた手の上に乗る栗鼠りすが、しきりに瞬きしており、そのたびに微弱な魔力が漏れるのが、ソネシエはすこぶる気になった。


「……叔母様、それはなに」

「え? この子は画像記録能力が発現した、私の使い魔の一匹だけど、ダメだったかしら〜?」

「……問題ない。続けてもらって構わない」

「ありがとう〜! あっ、次はまっすぐじゃなくて、ちょっと斜めの角度でお願い! そう! その感じでね、アンニュイ〜な視線がほしいの〜。こう、日傘を深淵に向かって差し掛けるような奥ゆかしさをちょうだい!」


 要求が高度すぎるが、ソネシエがそれらしい佇まいを見せてみると、身内贔屓みうちびいきもあってだろうが、叔母様は一発OKをくれた。

 その後も栗鼠をバシャバシャ瞬きさせ、なぜかやたら汗だくで息を切らしている叔母様に、変態の店員さんが伺いを立てる。


「どうでしょうかっ? まずはご本人のお召し物に合わせて、そこから発展してみたつもりなのですがっ」


 叔母様は顔を手で覆う、芸術家然とした懊悩のポーズを見せた後、それを払うように勢いよく腕を振って宣言した。


「良いわ〜。良い……んだけど、他っ! のも、見てみたいわ!」

「承知いたしましてございますっ!」


 またもや哀れな犠牲の村娘と化したソネシエは、先ほどのものと似ているといえば似ているが、黒の配分を減らして白を増やしたエプロンドレス、頭のヘッドドレスも白、小道具は小さなを持たされる。

 いかに世間知らずのソネシエといえど、なんの衣装かは見当がついた。


「これはめいどさん」

「その通りですっ! お客様、大変お似合いですよっ! というか、お似合いすぎてわたしたちが大変なことになっていますっ!」

「キャ〜! かわいい〜、踏んでほしい〜! ……はっ! そういえばアクエリカさんはパルテノイちゃんにメイドさんの格好をさせて侍らせていたわね……私もソネシエちゃんを仕えさせて、直に甘やかすことが……?」

「叔母様、わたしは祓魔官エクソシスト。それはできない」

「そ、そうよね〜、無理言ってごめんなさいね〜! だからこそ今この場で、私と栗鼠ちゃんの眼に焼き付けさせてもらうわね〜! ソネシエちゃん、エプロン部分を広げて! なにかを掬い上げるように!」

「なにかとは……」

「じゃあ〜、葡萄にしましょう! 野葡萄をい〜っぱい、その『希望の籠』に溜め込むのよ!」

「了解した」


 ひとしきりポージングを要求された後、店員の変態さんがなにか言おうとする機先を制し、叔母様は号令を発した。


「次、行ってみましょうか!?」

「イエス、マムっ! 仰せのままにっ!」


 店員さんはますます活き活きとして駆け出す。そして彼女たちに振り回されるソネシエも、不思議と悪い気分ではなかった。


 シャルドネ叔母様は、あれをしてほしい、これが見たいと言うのだが、それに従ってあげると必ず「良いわね〜」「かわいいわ〜」「ソネシエちゃん素敵よ〜」と褒めてくれる。

 自分を大切にしてくれる相手のためなら、なにかしてあげたいという気分になるのは当然のことだ。


 なのでソネシエはシャルドネ叔母様が要望を伝えてくれることに、屈託のない嬉しさを覚えていた。

 ……しかしだからといって、これはどうかという一線はある。


 次にソネシエが着せられたのは、ジュナス教の一般的な修道女が着る、黒い修道服だった。手に持たされたのがメイスなのも、ソネシエの好みではある。

 衣装を見せられてから叔母様の前に出ていくまで、物言わぬお人形さんになりながらも、考え込んでいた彼女は、意を決して異を唱えた。


「キャ〜ソネシエちゃ……」

「叔母様、申し訳ないのだけれど、これは信仰上良くない」

「……あっ、そうよね……ごめんなさい、ちょっと調子に乗りすぎたわ〜」


 結構ヒートアップしていたが、一瞬でいつものおっとりした叔母様に戻ってくれることに、ソネシエは安堵した。

 潜入任務のときなどに着ることはあるが、悪ふざけに使っていいものではないという機微を、きちんと汲んでもらえて嬉しい。

 店員さんもしょぼんとしつつ頭を下げてくる。


「すみませんっ、わたしも事前に確認すべきでしたっ……次はこれをと思っていたのですが、まずいですよね……?」


 黒いワンピースはいいとして、とんがり帽子に大きな箒……この時代なので一般市民はまだしも、教会の手先が魔女の装いをするとなると、あまり良い意味にはならないため、避けた方が無難と思われる。


 せっかくの楽しい雰囲気を盛り下げてしまった。初等部時代の嫌な思い出が蘇りかけたソネシエだったが……伏せていた叔母様の顔が上がると、そこにはただ笑みがある。


「よ〜し! じゃあ悪ふざけはこのくらいにしておいて、そろそろ真剣に選びましょう〜!」

「やはり悪ふざけだったの……」

「ち、違うわよ!? あれはあれで真剣だったけど、俗に言う真剣に遊ぶみたいな感じであって〜! この後オペラを観るのに着て行けるものっていう意味では、ちゃんとしたあれではないっていうか〜!」


 わちゃわちゃ手を振って言い訳する叔母様が面白いので、しばらく眺めていたソネシエだったが、叔母様は不意に冷静になって咳払いし、呼び寄せた店員さんにひそひそ耳打ちした。


 ニコニコする叔母様に見送られ、次に着替えさせてもらったのは、真っ赤なイブニングドレスだった。

 ボレロと靴は、ソネシエの好きな黒にしてくれている。


 長い黒髪と、着けっぱなしにしてある赤い薔薇のコサージュとの相性もよい。

 迎える叔母様の表情は、変わらず会心の笑みだった。


「どうかしら〜? ソネシエちゃんは性格的に、赤を基調にするのが似合うかな〜と思ったのよ〜」


 それを聞いたソネシエの心臓は、握り締められたかのようにぎゅっと縮んだ。

 苦しさではなく、嬉しさでだ。

 自分を理解してもらえることの喜びは、先生のときに知ったつもりでいたが、二度目は劣らず一入ひとしおだった。


「ど、どうしたの、ソネシエちゃん? やっぱり黒の方が良かったかしら〜」


 そうして微細な感情を読み取ってもらえること、その上で心配してもらえることも含め、湧き出た想いごと、着せてもらったドレスごと自分を抱きしめて、ソネシエはか細い声で、しかしはっきりと述懐した。


「シャルドネ叔母様、ありがとう。一生、大切にする……」


 反応が返ってこないことを訝るソネシエだったが、叔母様、そして店員さんは眼を見開いてしばらく動きを止めていたかと思うと……いきなり同時に鼻血を噴いて仰向けに倒れた。


 慌てて駆け寄るソネシエだったが、幸せそうな恍惚の表情で横たわる二人は、しばらく眼を覚ましそうになかった。

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