第244話 デートといえばこれ!(のはず!)

 ソネシエとシャルドネも驚いたようだったが、それは二人のデートを遠巻きに眺めていた、デュロンも同じだった。


「おいおい、なんだ今の……!? 占い屋自体が消えちまったぞ……!?」


 それに対し、傍らで木にもたれるイリャヒが、なんでもなさそうに答えてくれる。


「ああ、あれはああいうものなのです。空間系か幻惑系か知りませんが、折り重ねられた叡智のタペストリーが気まぐれに靡き、噂を聞きつけ訪ねてきた子羊たちへ模糊とした教示を与える……いわば自ら飛び回る魔法の絨毯、あるいはそれを授けし存在、といったところですね」

「表現が詩的すぎてなにを言ってるのかさっぱりわからねーが、実在する婆さんではあるってことだな。……ところでお前、それさっきからなに食ってんだ?」


 串に刺さったなんらかの物体を齧っていたイリャヒは、さも当然かのように掲げてみせる。


「古来より尾行や張り込みの供といえば、黒焼きイモリに新鮮な生き血と決まっているじゃないですか」

「どこの世界の常識なんだよそれは……つーか、ほんとにいいのか? こんな覗くような真似して……」

「これも古来より、身内の初デートに際しては、上手くいくのを陰ながら見守るものと決まっているのです」

「それ前提にシスコンがあるってのを忘れんなよ、せめて自覚しろ」

「そんなことを言って結局、あなたもこうしてついてきてますけど」

「バカ、俺はお前が余計なことしねーようにってのがメインだ。……で、なんでお前らまでいるんだよ?」


 デュロンが後ろを振り向くと、オノリーヌとリュージュの姿があり、この二人はやはりと言うべきか、「面白そうだから来た!」という顔をしているので、始末に負えない。


「……まあ、実際、心配ではあるよな。こう、色んな意味で……あっ、対象が動くぞ!」


 のんびりデートを続ける二人に気づかれないよう、四人はワサワサと後を追った。




「む……気配が」

「どうしたの、ソネシエちゃん?」

「なんでもない。敵意は感じない」


 誰かに見られているように思ったのだが、錯覚だったかもしれない。

 占い屋を出た後、いくつか寄り道をしたソネシエとシャルドネは、今日の二番目の目的である、街一番の服屋に到達していた。


 ソネシエのクローゼットの中身があまりに黒一色すぎるのと、どちらかというとカジュアル寄りのワンピースが多いため、フォーマルでも使える派手めなのを一着買おう、と叔母様に提案されたのだ。

 自分からは求める機会がないので、叔母様に選んでもらえるのならと、喜んでついてきた次第である。


 しかし店内へ入った途端、若い女性のスタッフが空間転移魔術でも使っているかのように高速接近してきたため、その眩しすぎる笑顔に遭遇したソネシエは一発で泡を食った。

 普段ならこの時点で帰っているが、今日は叔母様と一緒なので、後ろに隠れて様子を伺う。


 そんなソネシエの態度にもめげることなく、店員さんは叔母様に話しかける。


「いらっしゃいませっ! 本日はどういったご用向きでしょうかっ?」


 対して叔母様はソネシエを差し出しつつ、やけにキリッとした顔と声で告げた。


「この子に似合う服を見繕ってほしいの。素材の良さを最大まで引き立てるようなものがいいわ。お願いできるかしら?」


 応じて店員さんも真剣な表情を見せ、かけてもいない眼鏡をずり上げる仕草ともに、静かに傅いた。


「かしこまりましたっ……!」


 なにかが通じ合ったらしい二人は同時に頷き、ソネシエは店員の手で試着スペースに連れ攫われる。

 生贄となった少女は救いを求めて手を伸ばすが、叔母様は悲しそうに笑うだけで、呆気なく姪を見殺しにした。


 ……いや、どう考えても「非情になるべきとき」はここではないはずだが、ソネシエは若干身の危険を感じていた。

 彼女を着せ替え人形にしようとして寸法を測ってくる女性店員が、やけに鼻息荒く興奮しているからだ。


「あなたを斬る」

「ひいっ!? い、いえ、違うんですっ! 警戒しないでくださいっ! わたしはただ女性服を作ったり売ったりしているうちに、女性と女性服に異常なほどの執着が芽生えてしまった、単なる女性服大好きお姉さんですからっ!」

「やはりあなたを斬る」

「わたしのことは斬っても構いませんが、わたしの服は斬らないでくださいっ! わたしも女性ですのでわたしが着ているのもまた女性服ですのでっ! 女性服に永劫の栄光あれっ!」

「ミレインの豊かな土壌が変態を育む」

「かもしれませんねっ! はいまずはこれですっ!」


 ソネシエが最初に着せられたのは、彼女が好む黒のワンピースではあるのだが、レース・フリル・リボンが大量にあしらわれた、甘いデザインの逸品だった。

 付属の装備品だということで渡された日傘を、室内であるにもかかわらず開き、重い足取りで姿を見せると、黄色い声が迎えてくれる。


「キャ〜! ソネシエちゃん〜! かわいいわよ〜! こっち向いて〜!」

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