第243話 問答卜占

「じゃあ私は生涯とか生命とか、そのあたりでお願いします〜。つい数日前にようやく上向いてきたところなので〜」

「だろうね、顔に出てる。そうさね……お前さんたち、天命や面相は、はっきりわかること、まったくわからないことに二分しているから、ここで言ってもあまり面白くないだろうね」

「ええ〜? そんなこと言わずに〜」

「たとえば小娘もおちびも共通して、『陽気でひょうきんな男と結婚する』と出ている。どうだい、これは?」

「わ、私に再婚の兆しが……?」


 別の意味で驚いているシャルドネ叔母様をよそに、ソネシエの脳裏にはいくつもの(主に同僚たちの)顔が駆け巡る。


「……思い当たる範囲だけでも、該当者が多すぎて絞り込めない」

「だろう? そんな調子だからね、この婆に任せておきな。さて、お前さんたち吸血鬼といえば頭脳が持ち味と相場は決まっている。お前さんたち二人も例に漏れないようだ」


 これも当たっている。もっとも吸血鬼の場合、頭脳と言っても知性ではなく、主に思念の方なのだが。

 なにかを思いついたようで、魔女は背後を振り返った。


 入ったときから気づいてはいたのだが、奥は一面棚となっていて、所狭しと本が並べられている。

 人間時代に用いられたという、いわゆる魔道書の類という感じはなく、どうやら占いに使う道具であるらしい。

 そのうち一冊を抜き出して、魔女はソネシエに向き直った。


「いっちょ『問答卜占』というやつをやってみようかね。なに、問答といっても底意地の悪い哲学の謎掛けなんかしやしない。ちゃんと答えのある明瞭なクイズさ。別に正解率を競うわけでなし、お前さんたちのそれぞれ得意な分野にしてやろうね」


 特に秘密めかすわけでもなく、魔女はその本の表紙を見せてきた。『他者ひと殺し大全』と書いてある。……最前このシリーズを他に見た、どうやら売れ筋らしい。


「というわけで、おちびさんには『戦闘』だ。迷ったら直観でも長考でも、好きなように答えるといい。当ててもわからなくても、なんならふざけてわざと外したって構わない。

 では始めるよ。第一問。攻撃魔術の発動・展開・到達速度をトータルで見た場合、三番目に俊敏な着弾が期待できる属性を答えよ」

「うわっ、いきなり難しそう……!」


 叔母様の言う通り、初心者向けというわけではない上、やや答えが分かれそうな問題ではある。

 まず雷霆系と光芒系はぶっちぎりの同率一位だ。到達速度なら次点は爆裂系か風嵐系が来るはずだが、発動・展開自体は錬成系か重力系だと聞いたことがある。


 それともここは完全に独断と好みとノリで「わたしの氷剣こそがもっとも速い」とでも答えてみるか……いや、一つ忘れていた。しかしこれを答えたくは……。

 なるほど、なんとなく趣旨がわかった。つまりたとえば、を避けても避けなくても構わないのだ。

 ソネシエは姿勢を正し、決然と言い切った。


「答えは、音響系……おえっ」

「そ、ソネシエちゃん、大丈夫!?」


 シャルドネ叔母様に背中をさすってもらいながら、再び正対するソネシエを、魔女は悪意のない笑みで興味深そうに眺めてくる。


「細かい事情は知らないが、よ。次、行っていいかい?」

「問題ない」

「よし、第二問。我々魔族に対する必殺兵器リーサルウェポンといえばやはり銀の銃弾だが、これを用いる攻撃においてもっとも重要な条件とはなにか?」

「銀の純度。銀はただ銀でなければならない。他の物質と混合・化合していればいるほどに、我々魔族に対しては普通の弾丸として作用してしまい、致命傷を与えることは難しくなる」


 これもあくまでソネシエが初等部高学年時に習った教科書的解答であり、実際には他の金属と混ぜた上でその比重比率やら暴露面積どうこうという話などもあるのだが、どれをどう答えるかで占いの結果が変わるのだろう。


 その後いくつか問答をこなすとソネシエの分は完了し、叔母様は経済や商業関係の用語を問われてスラスラ答えていたので、難しくてわからないソネシエが賞賛の視線を送っていると、そちらもやがて終わりを迎えた。


 なんらかの内容を書き殴った羊皮紙を、ランプの薄明かりに照らして眺めた魔女は、おそらく二人の短期的未来らしきものを、朗々と発表した。


「では、いくよ。まずはおちび、お前さんは仕事運だったね。というかこれはまんま『戦闘』だねえ。読み上げるね。


 怒りの ままに 暴れ回れ

 それが 唯一 道を開こう」


 ソネシエは首をかしげた。彼女の性格とは合わない、どちらかというとイリャヒかデュロン向きの助言と思える。

 魔女は気にせず、二枚目の羊皮紙に眼を移す。


「次は小娘だ。生涯運・生命運だったね。こっちは金勘定とは関係なさそうだ。よく聞きな。


 ときには 非情に なるべし

 日頃の 鬱憤 晴らすもよし」


 ソネシエが視線を向けると、叔母様も首をかしげている。そちらも彼女の性格に合っていなさそうだし、そもそもどういう状況を指し示しているのがよくわからない。

 二人の反応に不愉快を表すでもなく、魔女は冷静に諭してくる。


「腹落ちしてなさそうだね。まあ占いなんて、そんなものさ。

 終わった後で言われてみれば、あれがもしかしてそうだったかかもとかね。

 事前に気をつけていてどうにかなるとも限らない。普通は忘れているし、非常時にはむしろ真っ先に頭から飛ぶだろう。

 それでも心の片隅に置いておけばいいことがある……かもしれない。

 アタシの占いは当たると評判だがね、これもまた従うも従わないも、お前さんたちの自由なのさ。ただ……」


 魔女は不意に節くれ立った両手を組み合わせ、額に押し当てて顔を隠し、くぐもった声で言う。


「アタシはここで、勝手に願わせてもらうとするよ。生まれたばかりのひよっこたちの、幸運とか幸福ってやつをね」


 その後パッと指を解いて、「いないいないばあ」でもするように両の掌を広げてみせた魔女は、眼を細めて舌を出す、戯けた笑みで見送ってくれる。


「暇ならまた来な、いつでもてやるよ」


 思わず顔を見合わせたソネシエとシャルドネは、どちらからともなくお辞儀で応えた。

 そして、再び顔を上げたときには、魔女も椅子も本棚も、すべてが幕を引くように消えており、後には閑散とした路地が佇むのみであった。

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