第242話 そろそろデートっぽいことをしよう!

 調子に乗ってしまったかもしれない、とお腹をさすりながら〈喫茶ニルヴァーナ〉を出るソネシエを、叔母様はほとんど怪物に出くわしたような眼で見ていた。


「そ、ソネシエちゃん、よく入ったわね〜……途中から私の残した分も食べてくれてたし」

「とても美味しかった。しかし少し苦しい」

「そのわりには、お腹はぺったんこのままに見えるけど……いったいどこに消えたのかしら」

「甘いものは胃の中に重力の捻じ曲がる特異点を発生させ、次元の彼方へ消し去る効果を持っている。誰しも体内で重力系魔術を扱う素質を有している」


 適当なことを言いながらフラフラ歩いているのに、どこへと訊かずについてきてくれる叔母様の様子が、ソネシエは嬉しかった。

 甘いものは共通言語で万能手形だ、〈ニルヴァーナ〉でお土産用に買ったお菓子の箱がソネシエの手に提げられ、上機嫌に揺れる。


 このままではデートというより挨拶回りになってしまいそうだが、知った場所を訪ねるのはこれが最後だ。

 もう一人、どうしても叔母様と相互に紹介しておきたい人物がいて、それがソネシエが初等部の頃から交流を持っている、ダンスの先生である。

 実の親とは似ても似つかない、温和でふくよかなこの女性のことを、ソネシエは母のように慕っている。


「まあまあ、ソネシエちゃん、お休みの日に、わざわざありがとうねぇ」

「先生、こんにちは。中途半端な時間にごめんなさい」

「気にしないでちょうだいな、そんなことを。ああ、お菓子を持ってきてくれたのね、お茶を淹れましょう」


 そう言って通してもらい、ソネシエは満腹だったが、せっかくなのでお茶をいただいた。

 置き物と化した彼女を横目に、先生と叔母様は穏やかな談笑を始める。

 人格者同士のまったく毒のない健康的な会話を聞いていると、一定以上に性根が捩じくれている自覚のあるソネシエは、やや居た堪れない心地がした。


 しかし普段ヒメキアと一緒にいることで、光への順応性をある程度獲得していたという、古の吸血鬼そのものの気分を喫する座談だった。

 二人が辞する際、先生は訪ねてきてくれたことと、叔母様を紹介してくれたことに対して、本当に嬉しそうにお礼を言ってくれた。

 こんなに喜ばれるのならまた何度でも来ると、ソネシエは約束を言い置いた。



 しかしやはり今度こそ調子に乗りすぎた。


「く……苦しい……」

「ソネシエちゃん、さすがにお腹パンパンみたいね……大丈夫……?」

「……先生は礼儀作法をうるさく言うかたではない。けれどわたしは、先生のご厚意を一つも無下にしたくない」

「そうね〜、優しいかただって、私にもわかったわ〜」

「叔母様も」

「え?」

「叔母様も、とても優しくて、信頼している。先生と同じくらい」


 口に残っているお茶の香気を吐き出すのに任せて、思ったままに言ってみたのだが、叔母様は肩が震えたかと思うと、振り向いた顔に涙がだばだば溢れていた。


「ゔあああああ……! む、無理……今日はせっかくの楽しいデートだし、湿っぽくしないって決めてたけど……やっぱり無理いいいい」

「叔母様、大丈夫。こんなこともあろうかと、ハンカチはたくさん持ってきている」

「その心遣いが染み渡るうううひひひひ」


 もはや泣いているのか笑っているのかわからない叔母様の背中を優しく叩きながら歩いていたソネシエだったが、街の一角でふと足を止めた。


「う……? ど、どうしたのソネシエちゃん? なにか行きたいところあるかしら?」

「……ある。叔母様、あれをやりたい」


 指差したのは「占いの館」と書かれた、建物というよりはテントなどに近い、奥まった空間にある場所だった。

 前から気になってはいたのだが、兄や友人や仲間と一緒に入るのは、なんとなく気が引けていたのだ。

 シャルドネ叔母様なら付き合ってくれそうな気がしていたのだが、果たしてその通りだった。


「あっ! 知ってるわ〜、ここ当たるって評判なのよね〜? 入ってみましょうか?」

「そうする」


 居心地の良い薄暗がりに身を委ねると、すぐに館の主らしき人物と出くわした。

 種族はおそらく魔女ハグ、御伽噺に出てくる水晶玉を覗いているような老婆そのものの姿が、一見悪辣な笑みを浮かべて二人を迎える。


 しかし顔と性格には必ずしも相関関係がないことを、今やソネシエはよくわかっていたため、物怖じせずに正対した。

 叔母様も同様のようで、魔女は二人を物珍しそうに眺め回し、これまた印象通りのしわがれた声で話すが、語調には温かさを感じられた。


「おやおや、これはなんともかわいらしい……えーと、齢の離れた姉妹かえ?」

「し、姉妹……!?」

「そう見えるかもしれない。しかし、わたしは叔母様の姪」

「なるほど、道理で似ているわけだ。ひとまずそこへ座りな」


 年代物らしきもっさりした丸椅子に、二人が並んで腰掛けるのを見届けた魔女は、枯れ枝のような両腕を、思わせぶりに広げて言った。


「では、なにを占ってやろうかね? 恋愛? 結婚? 健康? 財産? それとも……」

「仕事運」

「即答かい!? もう少し悩みなよ!?」


 他になにを占うというのだろう、と首をかしげるソネシエの様子に、魔女は半ば呆れた様子だった。


「どうやらおちびは、まだ年頃ではないようだねえ」

「失敬。わたしは15歳」

「占うまでもなく、お前さんの春はまだ先ってことだよ。それで、そっちの小娘の方は?」

「や、やだ〜、小娘だなんて〜」

「それは嬉しいのか嫌がってるのかどっちなんだい……当然さね。このばばに比べれば、お前さんなんぞおしゃぶり付きの赤ん坊さ」

「ではわたしは……卵」

「そう、お前さんはまだ祓魔官エクソシストの卵。これも占うまでもない。まさかお前さん、自分の実力がその程度で頭打ちだなんて思っちゃいないだろうね? 伸び代なんかまだまだある、精進を怠るんじゃないよ」

「了解した」


 もうすでに料金分以上にてもらった気がするが、本番はこれかららしい。

 叔母様がニコニコしながらオーダーしているのを、ひとまずソネシエはじっと見つめた。

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