第241話 デート中の美女と美少女の間に挟まるオッサンってどうなの?

 翌日。

 午前中から出かけても良かったのだが、二人とも諸用が立て込んでしまい、結局時間を取れるのは午後からとなった。

 しかし、互いにどうしてもやりたいことは、観劇の他には一つしかなかったので、十分だと思われた。


 待ち合わせ場所に指定した〈喫茶ニルヴァーナ〉の前でソネシエが待っていると、シャルドネ叔母様が息を切らして、しかしニコニコしながら走ってきた。


「ソネシエちゃん〜! ごめんね〜、待った?」

「待っていない。わたしも今来たところ」

「そ、そっか〜。良かったわ〜!」


 汗を拭って髪と息を整える叔母様の服装は、基本は普段通りの白いシャツに黒いスラックスだが、シャツは字柄のボウタイシャツで、薄手のロングコートを羽織り、髪を緩く束ねている。

 ソネシエの視線に気づいた彼女は、恥ずかしそうに身を捩った。


「ごめんね〜、あんまりデートっぽい服がなくって……」

「そんなことはない。叔母様らしくて、格好良いと思う」

「そうかしら……? そ、それよりソネシエちゃん、今日もかわいいわね〜」


 そんなことはない、ソネシエの方こそほぼいつも通りの私服だった。

 手持ちの黒いワンピースの中で一番上等なものの上に、ヒメキアから借りたカーディガンを羽織っているだけだ。


 それでも褒めてもらえて嬉しいので、いつもイリャヒの前でやっているように、その場でもたもたと一回転してみせると、叔母様は笑顔で拍手を送ってくれる。

 自分でやっておいて面映くなったソネシエは、背筋を伸ばして宣言してみた。


「今からデートを始める」

「は〜い。今日は劇までのプランは、ソネシエちゃんにお任せするわね〜」

「御意。これを機会に、叔母様に少しでもミレインの土地勘を得てもらうという目的も兼ねている。しかし、その前に……」


 ソネシエが携えている小さいバッグから取り出したのは、赤い薔薇のコサージュが二つだった。

 驚いている叔母様の胸ポケットに背伸びして片方を、自分の髪に無造作にもう片方を差す。


 そうして手を繋いで顔を見上げると、シャルドネ叔母様はまた感涙で泣きそうになっていたが、今日この場には相応しくないと考えたのか、ぐっと堪えて笑ってみせた。


「ありがとうソネシエちゃん! じゃあ最初は、このお店でランチかしら?」

「そうしたい。軽食も美味しいけれど、お勧めなのは……」


「いちごパフェエエええひとおおおおつ、頼もおおおう!」


 二人して入店すると同時、いったいどういう情緒の発露なのか、筋骨隆々の大男がやたら良い声で元気よく注文しているところに出くわし、ソネシエは音圧で前髪が靡くのを感じた。

 反射的に回れ右しかけた叔母様を止め、カウンターにツカツカと歩み寄ると、彼女は景気良く指を二本立ててみせる。


「同じものをあと二つお願いする」

「かしこまりました。皆さん相席でよろしかったですか?」

「そうする」

「ちょ、ちょっとソネシエちゃん……!? そんなにグイグイ絡んで行っちゃ……」


 慌てて止めようとする叔母様だが、ギラギラ光る眼ですでに捕捉されている。


「上等だソネシエ! そして……そう、お前さんはシャルドネ叔母様だ……」

「ひいっ!? な、なんで私たちの名前を知ってるの……!?」

「それはこの人が、わたしや兄さんの直属の上司だから」

「……えっ? そ、そうなん……ですか? あっ、あなたはあのときの!」

「そうさ、今朝街角でぶつかって、咥えていたパンを取り落とした……」

「いやそんなことはなかったですけど! 私てっきり、アクエリカさんの側近の人かと……」


 そういえばリッジハングのところから出た後、彼はすぐに別の仕事に向かい、その後も微妙にタイミングが合わなかったため、この二人がまだまともに会話したことがなかったことに、ソネシエは今思い至った。

 ようやく恐慌状態から立ち直った叔母様に、ベルエフは身振りで席を勧める。


「おう、まあ座りなよ、シャルドネさんよお。戦いはまだ始まったばかりだぜ」

「なんらかの戦いが始まってるの!? わ、私はどういう役割を担えばいいでしょうか!?」

「叔母様、大丈夫。意訳すると『いちごパフェでも食べてゆっくりしていきな』と彼は言っている」

「その翻訳難しすぎない!? ……あっ、じゃあお言葉に甘えて……」


 その後、ソネシエによって互いに正式な紹介を済まされた二人は、運ばれてきたいちごパフェをキメたことにより精神が鎮静したようで、ようやく所帯じみた挨拶を交わし始めた。

 といっても二人とも子供はなく、ベルエフの方は結婚経験もないのだが。


 その様子を尻目に、ソネシエは美味しいいちごパフェを全霊によって堪能する。

 やたら連れて来られることで食傷したり、ベルエフを妖怪扱いしている向きもあるが(その筆頭がハザーク姉弟だったりする)、甘いものが大好きなソネシエとしては、何百回目であっても僥倖である。


 ベルエフもしばし妖怪としての本分を思い出していたが、ふと眼を留めて言及した。


「おっ、いいコサージュだな。それにお揃いだ」

「そう。兄さんを捕獲して、購入先を吐かせた」

「ぼ、暴力反対……」

「問題ない。兄さんはすぐに白状した」

「イリャヒくんかわいそうだわ」

「しょうがねえよ、こういうプレゼント用の小物類をどこで買うか言わねえイリャヒが悪い。あいつそういうの秘密にするのがカッコイイと思ってやがる感じあるからなあ」

「ある」

「ひどい言われようだわ〜、あの子〜。きっと贈られた側が気負わないようにっていう、あの子なりの考えだと思うの〜」


 もちろんそれはわかっているが、改めて言葉にしてくれる叔母様の気持ちが嬉しく、しかしソネシエの方はそれを言葉にするのが難しくて、結局はなにも言わず、スプーンの往復を受け入れる方に口の動きを専従させた。

 その様子を見たベルエフが、ソネシエではなくシャルドネ叔母様の方を見て、微笑みながら言う。


「まあ、知ってるだろうが、こいつらこういう面倒くせえ性格だけども、これからも改めて、仲良くしてやってくれ」

「ふふ。デュロンくんにも、同じことを言われましたよ〜」

「マジか? なんだよ、あいつも一丁前の口を利くようになったもんだなあ。めでてえこった。よし、今日は俺の奢りだ、いちご祭りを開催する! いちごと祭りを制する者こそがミレインの覇者だと、この機会にシャルドネにも覚えてもらわなきゃなあ!?」

「怖!? なんですかその偏った文化!? ソネシエちゃん助けて!?」

「叔母様、いちごパレードは一周では終わらない」

「あなたもそっち側だったの!? 私このお店で罠を張られてた!?」


 デートにおいて食べ過ぎ、ウエストが詰まるというのは、避けたいことの一つだ。

 しかし甘いものは別腹、よって容量は無限である。証明終了。

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