第235話 さあどうする、闇金クソ野郎ども
あまりの口さがなさに、スリンジももはや呆れるしかない。
こちらがあちらの調べがついているように、あちらもこちらの生い立ちを知っていること自体には、大した驚きもないが……そもそもこんなことを言っているアクエリカ自身、遵法精神に溢れた生き方をしていたわけではなく、いわば自分の通る道に法を整備し、道理道義が裸足で逃げ出す無理無体を押し通してきたという、傍目には唯我独尊の化身でしかない。
かつ、この女の恐ろしいところは、それでいて本当は自らの上に神を……救世主ジュナスの存在を戴く、筋金入りの原理主義者だという点だ。
なので今展開している論も方便でこそあるのだが、自分でまったく信じてもいない題目を盲目的に唱えているわけではない。
方円自在の水でありながら、強い信仰心という確固たる中核が存在するというのが度し難いところである。
そしてこの長広舌にあくまで冷静に対処し、端緒を探れる兄を、スリンジは改めて尊敬した。
「まぁ待て。その教会による徴利禁止が謳われたのは、人間時代の話だろ? あんたが崇拝する聖典……ジュナス様のお言葉になんと書いてあるかは知らねぇが、その主語は『人』であるはずだ。今さら『なにも当てにしないで貸しなさい』と言われたって、そいつは構造的にも心情的にも難しいってもんよ」
しかし薄笑いから表情が変わらないのはアクエリカも同じで、大悪に正対した反動によりほとんど放心状態となっているシャルドネを抱き寄せて、ぴたりと頬同士をくっつける。
「あら、そうでもなくってよ。たとえばあなたたち、彼女がどうしてあなたたちから大金を借り受けたかはご存じかしら? 後任であるわたくしがこれを言うと、教会全体として自家撞着になりかねないのだけど、けっして前任ミレイン司教が横車を押したわけではなく、実際に離婚について聖典にはこう記されていて……」
そこからアクエリカは戯曲の口述かのような持って回った言い回しで、リャルリャドネ家に起きた「悲劇」とやらについて懇切丁寧、微に入り細を穿ち、立て板に水で滔々と語った。
聞いていてなにが苦痛かと言って、そんなことはとうにこちらで調べ上げているのだ。
金貸しに慈悲や容赦などない、安物の家族愛には反吐が出る。
ついに苛立ちが募ったスリンジは、直截な脅迫という自らの役割に仮託して、思うところをブチ撒けた。
「いや知らねえわ、てめえらのカスみてえな事情なんざ! 言い訳として成立すると思ってんのか? 借りた金を利率守って返せっつってんだ、これは一度契約した……」
「スリンジ」
低く諌める兄の声で、スリンジはどうやら自分が失敗したらしいことを悟って青ざめる。
果たしてアクエリカはほくそ笑み、されるがままになるシャルドネの髪を撫でながら
「そうよね、わたくしもそう思いますよ。シャルドネはただ神の法に押し負け、金銭的解決を図らなければならなかっただけ。そしてその選択をしたのは彼女自身よ、当然責任の所在は彼女にある。ただあなたたちも同じ弱さを持っているだけだから、なんら恥じ入ることもない。わたくしが言いたかったのはそれだけです」
スリンジがトレンチの横顔を伺うと、視線だけ向けてくる兄の口元は、再び苦みの増した笑みを浮かべている。
しまった。シャルドネの身の上話に嘘泣きでもして、「辛かったよねえ、そんなことはあってはならない。教会ってのはなんて横暴なんだ。というわけでついでに俺らの方も緩めてもらえませんかね?」とでも言っておけば、まだしもこの水掛け論を突破できたかもしれなかったのに。
トレンチは
「お前こそ早めに理解してほしいんだが、アクエリカ……闇ってのは消えねぇんだ。祈れば〈夜〉が来ないなんてことはねぇだろう。ん? どうだ?〈銀のベナンダンテ〉は倫理的に問題があるから、今すぐ解散しましょう……そんなことになるか? 一緒にすんなって思うかもしれねぇが、本質的には同じなんだよ。
そういうふうに生まれ育ち、吹き溜まっちまったからには、どうしても受け皿が必要なんだ。お前ら教会も後ろ暗いところがあるのか知らねぇが、俺たちみてぇな日陰者にとっちゃ、燦然と輝く光の領域なんだよ。
どうかお目溢しくださいや、司教様。そしてお恵みくだせぇ、ヴィクターの身代金……の、残りかな? 今回の元金もそこから出してあるんだろ? そいつをちょいと全額負担してくれるだけで、この話は丸く収まるんだがなぁ」
もちろん、それはそれで丸く収まるはずがない。前例を作るどころか認可姿勢を示すことになり、以後教会が高利貸し、ひいては暗黒産業を締め付ける際の制限となりうる。
今まで通り見て見ぬふりをしていれば良かったものを、下手に関与し言及してしまったからこそ、今この場で一定の見解を示さなければならなくなった。
だがアクエリカは苦慮するどころか、むしろ無邪気に首をかしげてくる。
「困ったわね……元金は払う、今まで通り高利貸しとしての営業は認める……このわたくしがここまで譲歩しているというのに、なぜこの上まだ要求を重ねてくるのかしら?」
それはまるで蝶よ花よと大切に育ててられた小さなお嬢さんが口にする、自分のわがままが通らない理由がわからないという、反語ですらない純粋な疑問だった。
いや、そこまでは調べ切れなかったが、この女はある時期までは、実際にそうだった可能性があるから厄介だ。
「あなたこそなにか勘違いしているようだけど、ただミレインの裏社会を治めるだけなら、別にあなたの代わりくらいいるのよ。こちらとしては別にどちらへ転んでも構わなかったのだけど、どうしても強硬策を取ってほしいというなら、ご要望ににお応えするしかありませんね。というわけでトレンチ・リッジハング、あなたの後釜となりうる男を、今から紹介するわね?」
気のせいだろうか? 不意に部屋を漂う空気が重みを増したように感じられた。
スリンジも薄々思ってはいたのだ。ただの荷物持ちにしては、圧が強いなと。
しかしそれでも努めて気配を消し、存在感を薄めて潜伏していた結果なのだ。
それが還元され、仮面とフードが外された今、奴の顔と名は間違えられない。
ベルエフ・ダマシニコフの脅威を忘れたふりなど、並の者にはできやしない。
怪僧の怒髪が天を突き、牙を剥く満面の笑みを、無視することなど不可能だ。
「さあどうする、闇金クソ野郎ども。俺は別に今ここでやり合っても構わねえぞ?」
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