第230話 突然ですがここで「スリンジ・リッジハングの例外的な固有魔術講座」のコーナーをお送りします

 簡単な仕事のはずだった。借金の型に嵌めた女を一人攫えば終わりで、終わった後の寝酒について考えてすらいた。それがどうして、こうなった?


 髭面の男……取り立て部隊隊長のスリンジ・リッジハングは、まるで大型馬車が高速で行き交っているかのように撥ね飛ばされる部下たちの様子を、苦々しい気持ちで見ている。


 もちろん、敵襲自体は想定していた。シャルドネ・リャルリャドネの身柄を狙えば、彼女の甥と姪が追撃してくる可能性が高いことはわかっていた。

 なので、兄貴……ボスが、イリャヒ・リャルリャドネに対し相性が良いという意味でもスリンジに向かわせたことを理解しているし、ソネシエ・リャルリャドネを完封しうる能力を持つ部下も抜擢した。準備と対策を怠っていたわけではない。


 だが実際に来たのは、彼らの同僚であるデュロン・ハザークとリュージュ・ゼボヴィッチ。そしてあのアクエリカの命を20年間狙い続け、ついに彼女に屈服したと噂の、ギデオンという頭のおかしい赤帽妖精レッドキャップだった。


 最後のやつが意味不明すぎて怖いが、前者の二人が制服を着ているというのも重く見るべきだった。

 これはこいつらが独断で勝手に動いているとか、〈夜〉の方のやつとかでない、いちおうの正式な任務として来ていることを意味する。

 つまりこの件に関して教会……具体的に言うならアクエリカは、なんらの責任逃れをするつもりもなく、堂々と大義名分を与え、彼らの後ろ盾であることを表明しているに等しい。


 これだから教会は嫌いだ、と歯噛みするスリンジ。部下たちに発破をかけようとして、すでにそんなことでどうにかなるレベルの話ではないことを思い知らされ、結局はやめた。

 個々の地力が違いすぎる。そして連携の練度もだ。スリンジは先ほど純粋な疑問を無意識に提示していたことに、遅れて自覚が及んだ。


 徒歩だか馬車だか乳母車だか、なにでお越しになったのかは知らないが……スリンジや部下たちとて間抜けではない。普通に接近されていれば、音や気配で察知できるはずなのだ。

 それがなにもないところから、いきなり現れやがった。幻惑・迷彩系の能力でも使っていたのか? いや、待て……確かあのとき音に敏感な部下の一人が、なにか察知した様子で横を見ていたような……?


 そしてたった今、眼前で実演されたことで、スリンジの疑問は解けた。敵を深追いし過ぎてシャルドネから離れてしまったギデオンが、振り向いて彼女と視線を合わせる直前、隣にいたデュロンの腕を掴んだかと思うと、一瞬で二人まとめて彼女の元へ馳せ参じたのだ。


 シャルドネを殺そうとしていた背広たちが、突如襲来したデュロンとギデオンに蹴散らされる。

 今の動きでわかった。赤帽妖精の空間踏破能力は、他者ひと物資ものを帯同・牽引できるらしい。


 最初に襲ってきたときも、スリンジたちが視界に入ると同時、わざと音を立てるなりして一人でも注意を惹ければ、そいつを飛び石に接近されてしまう……という寸法だったのだろう。ギデオンを中央にリュージュとデュロンを両翼とし、まさしく一目散に飛んできたわけだ。


 スリンジが蹴り飛ばされた顔面の痛みを思い出し、怒りに駆られていると……そんなことを考えている間に部下は全員倒され、残るはスリンジ一人になっていることに気づいた。


「ああー、疲れた……十分であろう。これ以上働きたくないのであーるっ!」


 リュージュ・ゼボヴィッチが叫んだかと思うと、柔らかい砂地に背を投げ、そのまま動かなくなってしまった。

 ギデオンも同様のようで近くの岩に座り込むが、こちらはシャルドネをしっかりと守る態勢を維持していて、迂闊に手が出せない。


 必然的にデュロンと対峙するスリンジは、自然と笑みが溢れ、拳をバキバキと鳴らした。


「おーおー、やってくれんじゃねえの。喧嘩は得意かと訊いたな? 答えを聞かせてやるぜ……骨伝導で体によお、直に響かせてやんよ!」

「……今、俺の前で音の話をするんじゃねー! 素直に沈めや、おっさん!」


 なぜか逆上して踊りかかってくるデュロンを、スリンジは中距離射程で捕捉した。


 ところで。

 ジュナス教会が調査・認定し識別名を与えてくる固有魔術は、基本的にほとんどが決まった属性である程度一定の出力を示すものだが、いくつかの系統の例外が存在する。


 たとえば「制御不能型」と称されるものたちは、規模や照準が定まらなかったり、下手すれば属性すらであるといったような、発動にランダム性が生じることを特徴とする。

 けっしてデメリットばかりというわけではなく、本人にもわからないということは敵にも読めないわけで、奇襲や撹乱に適しているというメリットもある。


 たとえば「分類不能型」と称されるものたちは、確実にどちらかではあるのだが、どちらの属性かわからない性質を持つと定義される。

 なぜか雷霆系に多いのだが、原理と結果的に起きる現象のどちらを主軸に置くかで、分類が変わってくるというものだ。

 具体的には、「通電した有機物内に爆発物を生成する能力」「通電した対象を凍結させる能力」「炎か雷かわからないがとにかく火花らしきものを放つ能力」などの前例がある。


 たとえば「属性混合型」と称されるものたちは、前項の「分類不能型」と似ているが、これらはどちらの属性にも渡っているということで区別できる。

 スリンジ自身の固有魔術がこれに該当し、識別名は〈雷嵐包接サンダーストーム〉。その名の通り雷霆系と風嵐系の特徴を併せ持つという、それなりに珍しいものだ。


 二つの属性を別個に扱うことはできないが、その比率は任意で調整できる。

 ただし当然だが魔力出力には上限があり、雷十割風十割でといった我儘は利かない。

 少ない小遣いのように遣り繰りする必要があるのだ。なんとも世知辛いが、魔術というのも現実はこんなものである。


 スリンジは十八番おはこを撃った。比率で言うと雷二割風八割といったところだ。トンネル状に発射する風の刃に、微弱な電撃を纏わせる。

 こいつのコツを掴んだことで、料理の勘が冴え、堅気の女にモテる機会が増えた。

 己が思念の産物である固有魔術に対し、こんなことを言うと自己愛になりかねないが……スリンジにとって〈雷嵐包接〉は、なかなかかわいいベイビーである。


 そのかわいいベイビーを、ミレインの若手では随一の近接格闘を扱うと言われるデュロン・ハザークは……避けられなかったのか、あえて受けたのか、とにかく真正面から食らった。


 さあどうだ、匙加減は合っていたか? 弾いたコインは、裏か表か? 結果は二秒後まで待ちなさいや。


 古来より魔術に錬金術、離婚に徴利、避妊に刺青、そして博打と、教会は多くのものを禁じてきた。


 だがどれもこれもがやめられない。不信心なスリンジは、改めてそのことを再確認した。


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