第229話 職業差別は良くねーよな。でもそれはそれとしてテメーらはブッ飛ばす

 教会の祓魔官エクソシストによる介入を受けたと、ようやく理解が及んだようで、髭面が胴間声でがなり立てる。応じて彼の部下たちは様子見で構えた。


「おいおいおいおい……そんな無法は通らねえだろうがよ! 世の中舐めてんのか、チンピラのクソガキども!? てめえらいつもそうだ、正義の味方気取りでしゃしゃり出て、世界の秩序乱してる自覚あんのか!? てめえらの思い通りにならねえからって、いちいち横車押して来るんじゃねえよクソ鬱陶しい! ここへはどうやってお越しになりましたか!? 全員乳母車に乗って来たんなら、押してくれたママの姿が見えねえようだが!?」


 ドッと沸く背広たちの追従・嘲笑・大合唱を引き裂いて、踏み潰された鼻骨が圧し折れる異音が響き、彼らの高揚を一気に鎮める。

 金髪の少年は完全に埋まった男に後足で砂をかけながら、髭面に向かって猛獣のポーズを取った。


 それはかわいい「がおー」ではなく、眼をひん剥いて舌を出し、牙を見せつける獰猛な仕草だ。

 ……でもやっぱりちょっとだけかわいいと、シャルドネは思った。


「舐めてんのはテメーらだろ、まさか社会の内側にいるつもりなのか? 商売繁盛ですぅ〜経済回してますぅ〜市場原理に則ってるんでちゅ〜バブバブ〜……っじゃねーんだよタコ!

 自分が得して儲けて喜んでるだけのカスが、小物で三下のド底辺だって、あと何十年無駄に永らえたら気づくんだ?

 訊くがお前、今まで何人幸福にした? ええ? 綺麗事がどーたらっつって言い訳すんなよ。いつ他者ひとに満足を与えた? 誰の苦しみをどれだけ和らげたんだ?

 半生振り返ってみろよ、根本的に競技の性質を間違えて、スタートラインから逆走し続けてるんじゃねーのかよ? 死んでも誰も悲しまねーウンコ虫の分際で、利いたふうに語ってんじゃねーぞカス!」


 ただし発言はまったくかわいくなかった。そして相手が反論しようとしたまさにその瞬間を見極め、機先を制して出鼻を挫き畳み掛けるという、感情感知の悪用手段も披露してくれる。


「あーあーあー、そんでそのウンコ虫くんにはわかんねーわけだ。善人が積んだ陰徳によって救われるっていう当然の帰結がよー、なに一つとしてピンと来ねーんだろ? だから文句垂れてんだよな、タコのカルパッチョどもがよ!」


 しかしわかっていないのはシャルドネ自身も同じだ……というのも感情感知で伝わったのだろう、一瞬だけ振り返った少年は打って変わって、優しい顔と声で苦笑する。


「あーそうか、あいつらほんとになにも言ってねーんだな……えーと、まずイリャヒとソネシエは、アンタを取り巻く状況の一切を把握してた。だから当然助けになる肚積もりはあったんだが、今日の午後になって急にあいつらにしかできねー任務が入っちまってな。だから上司に請願して、俺たちが派遣されたってわけだ……ったく、素直じゃねーよな」

「え、っと……どうし、て……?」


 ろくに言葉が出てこない今のシャルドネには、全部察して答えてくれる彼がありがたい。


「そうだ、大事なことを忘れるとこだったわ。あいつらから伝言だ。

『助けたい、と思ってもらえた……そのとき、すでに我々は救われていた。だから、恩に着る必要はない。当然の措置を取っただけだ』……だってよ。

 すげーわかりやすく一般的に意訳すると……『を守るのに、理由は要らない』とか、そんな感じだろうぜ。

 わりーな、たぶんあいつら、自分たちを純粋に心配してくれるまともな親族って存在が初めてだから、戸惑いが先行して、いまだにアンタとの距離感を掴めてねーだけだと思う。めんどくせー奴らだけど、追い追い仲良くしてやってくれよ」

「……そん、な……私、なにも、してあげて、ない……のに……!」


 シャルドネの視界が涙でぼやける。そしてそれを理由に眼を閉じてしまえるほど、彼女は自分が安堵していることに驚いた。髭面の胴間声が響いても、もはやそれに恐怖を覚えることはない。胞衣えなにでも包まれているかのように、心まで守られるのを感じている。


「なるほど、そういうことか……こっちとしても想定が狂ったが、微差だ微差。そして、おーおー! 美談だねえ! さすがは教会の犬コロだ、よーく舌が回ってお利口なこって! だがそうやって屁理屈捏ねたところで、この状況を覆せるわけじゃ……」

「はー? 最初にテメーが喋ってきたから、俺はそれに答えてやっただけだろうが。都合が悪くなるとすぐ逆ギレかよタコスミパスタくん!」

「デュロン、ちょっと煽りすぎだ。お前、実は結構フラストレーション溜まってるだろ」


 いきなり真後ろゼロ距離から別の低い声が聞こえたので、シャルドネはびっくりした。

 というか自分を保護してくれていた人物が、あまりに優しく自然な手つきで抱えてくれているので、そのこと自体を忘れるほどだったのだ。


 振り向くと肩口に寄せられていた顔と至近で眼が合い、お互い慌てて少し離れる。

 暗褐色の髪に暗緑色の眼、精悍な顔立ちの青年が、赤い帽子の鍔を直した。


「失礼した。しかし、挨拶や紹介は後回しだ。今はこの場を切り抜けよう」

「は、はい……! ご、ごめんね〜。わざわざ助けに来てくれて、本当にありがとうね?」

「気にするでない。あなたの甥御と姪御には、普段から世話になっている。この程度で借りを返せるわけもないのである」


 もう一人、彼の後ろから女の子の声が聞こえた。灰紫色の髪に琥珀色の眼の、すっきりとした顔立ちが綺麗な、二十歳くらいの子だ。


 三人はシャルドネの周りを囲うように並び立つ。もちろん隙間だらけなのだが、まるで何十人もの布陣で壁を形成されているかのように力強く感じ、背広の男たちも迂闊に近づけない様子だ。

 シャルドネの正面では、デュロンと呼ばれていた金髪の男の子が、挑発的に両手をヒラヒラ振りながら、変わらず啖呵を切っている。


「あー、いーよいーよ、わかった、認めるよ。金貸しも立派な職業だ、取り立てだって当然の権利だよな。それ自体は別に悪くねー、俺たちだって似たようなことをたまにやる。ただな」


 またしても不意打ちに走った背広二人を、彼は精確な突き二発で沈めた。

 纏う黒服の裾がようやく体重移動に追いつくと同時、金槌のような拳から返り血が落ちる。


「……ただ暴力を携えるなら、それは研ぎ澄まされた精鋭じゃなきゃならねーってだけだ。

 で、どうだ? 俺たちに勝てそうか? 喧嘩は得意かよ、ああっ!?」


 対する髭面は帽子を脱いで地面に叩きつけ、ネクタイと襟を片手で引き千切った。

 いよいよ青筋の浮き出た額と、隆々の筋骨が垣間見える。


「あー、もういい……兄貴の命令からは外れるが、俺が責任を取る。

 おう、野郎ども! そいつら四人、全員この場で殺してブチ転がせ!」


 三十人ほどいる背広の男が、地鳴りのような鬨の声を上げた。

 対して柱のように守り立つ三人は、寸毫たりとも揺るがない。

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