第226話 いい答えだわ、ソネシエ

 その日、いつものように通常業務をこなしたイリャヒとソネシエは、ちょうどそれらが終わりを迎えた午後3時ごろ、またしてもアクエリカから呼び出しを受けた。

 しかし今度はケヘトディやシャルドネ叔母様とは無関係な、特別任務の言い渡しのためだった。


〈銀のベナンダンテ〉としての、〈夜〉の任務とはまた異なる。

 依頼主から指名を受けていたり、トラブルの性質上その者以外では解決困難と判断された場合、緊急的かつ優先的に動員される、「今、君が必要」というタイプのものがそう呼ばれるのだ。


 まさに祓魔官エクソシスト冥利に尽き、喜ばしいことではあるのだが、この日は少しだけ困ることがあった。

 伊達に文字通り耳目を集めているわけではないようで、アクエリカは申し訳なさそうに断りを入れてくる。


「ごめんなさいね〜。聞きましたよ〜、夕餉の席でパーティを開くのですってね? だけど……」

「構わない」イリャヒにとっては意外なことに、ソネシエはハキハキと答えた。「宴会パーティの日取りは、わたしが選べる。しかし一行パーティの構成は、猊下の仰せの通り」


 そしてびっくりしたのは彼だけではなかったようで、視線を合わせたアクエリカも眼を丸くしている。


「あらあらあら……この子ったらいつの間にジョークまで言えるようになったのかしら、お姉さん感心」

「感情が芽生えたての駆動木偶ゴーレムのような扱い……まあそんなものでしょうけど」

「失敬。わたしだって、少しは口が回る。……それに、思うところもある」


 彼女の言いたいことはわかる。ケヘトディは頭がおかしいため思考を捉えられない部分もあったが、対話によって情報を引き出し、嘘を吐かずとも言葉の端々から滲み出る違和感を拾って、早めに対処を講じられた可能性もあったのだ。


 搦め手を使ってくる相手に対し、今後もいちいち後手に回るわけにもいかない。

 妹も成長しているのだなと、感慨に耽ったイリャヒは彼女の頭を撫で、二人の総意としてアクエリカに返答する。


「では我々、これから特別任務に向かいますので、宴会パーティを延期する旨、よろしければ猊下の方から伝えておいていただけますか?」

「うーん……別に構わないけど、その必要性は生じないと思うわよ。

 なぜならあなたたちにはこれから寮へ取って返してもらい、ヒメキアを連れて任務に向かってもらうからです」


 珍しいこともあるものだと、今度こそ兄妹は二人して驚いた。


「ヒメキアはこの街から出してはならないはずでは?」

「基本は、そして無許可ならね。その裁量は、あくまで教区司教に一任されているの。

 頭の固い守りに長けた前任と違って、わたくしは要所要所で切り札として動員していくわよ〜」


 お〜、とふにゃふにゃアンニュイダウナーな鬨の声とともに、ぐんにゃり手を挙げたアクエリカへ、イリャヒはふと思いついて尋ねてみる。


「あの、猊下……今さらかもしれませんが、お訊きしてもよろしいですか?」

「よろしくってよ」

「ヒメキアが教会に囲われている理由というのは、もしかしてただ超希少種族であることや、彼女の癒しの力そのものが重要視されている、というだけではない部分もあります?」


 前から少し疑問ではあった。これまでは主にデュロンの体で、悪魔憑依による消耗や銀の銃弾による致命傷などによる再生機能不全や再生限界という、ヒメキアの力が機能的に必要とされる場面を目撃してきたが、これらはいくら荒事の絶えない祓魔官エクソシストの業務といえど、かなりのレアケースなのだ。

 ほとんどの種族及び個体が通常再生能力を持つ現行魔族社会において、ヒメキアの力はそこまで有用視されないと考えるのが自然なはず。


 危うい機密に触れたかもと身構えるイリャヒだが、アクエリカは呆気なく答えてくれる。


「ああ、そのあたりはあまり周知されていないのでしたっけ? いいわよ〜、お姉さんがねっちょり教えてあげましょう♡」

「午後になって疲れたため、猊下の脳は少し溶けてきている」

「うふふ、そうなのよ〜。ソネシエちゃ〜ん、あなたのパーティに、わたくしも呼んでくれるかしら?」

「それはどちらの……」

「どちらって、もちろん寮でやる方の宴会パーティよ? いくら馬車が四人掛けだからって、余った席にわたくしを乗せることはできなくってよ? なぜならわたくし、あと二時間くらいで眠くなってしまうから〜」

「理由がかわいい……ああ、それで猊下、話を戻しまして」

「そうね〜。もちろんわかってはいるの。わたくしが同席すると、皆が畏ってしまうことくらい。でもお姉さんちょっと寂しい」

「そちらではなく……」

「ええ、ええ、わかっていますとも。わたくしたちが崇めている救世主ジュナス様に関して、俗説含めた様々な逸話があるけれど、そのうち二つにヒメキアの……不死鳥人ワーフェニックスの性質が当て嵌まっているの。あなたたちの教養を試す必要はないと思っているけど、いちおう答えてみてくださいな?」


 イリャヒはソネシエと目配せで譲り合った結果、まずは彼が答えた。


「救世主ジュナス様が、触れただけで他者を癒したという逸話が多々あります。それも人間時代に、再生能力を持たない彼らに対し、死にかけの者すら蘇生したというのですから、生半可なものではなかったことが伺えます。よってこれが該当すると考えました」

「正解よ〜。では少し難しいと思うけど、もう一つは?」


 少し考える素振りを見せた後、この手の説明や問答は得意な彼女らしく、ソネシエが滔々と語っていく。


「……〈恩赦の宣告〉の前……救世主ジュナス様という超越存在がこの世界に遍在し、人間たちに加護を与えていたという、さらにその前……救世主ジュナス様が肉体をお持ちになり、まるで人間のような様子で地上を歩いておられたとき、かのお方は様々な奇跡を為された」

「うんうん。続けて」

「しかしその後、かのお方は地上から姿を消され、世界に遍在し、人間たちに加護を与えるという形でのみ、その威を示されるようになった。

 しかしその時代においても、ジュナス様のお姿を見たという話がいくつか散見される。

『神は死んだ』という説があるけれど、仮にこれを真とするならば、かのお方は復活能力をお持ちということになる」

「よくできました。いちおうね、その説を真とするというのが、現行ジュナス教会の公式見解ということになっているのよね」


 つまりアクエリカ自身はそこに疑義を持っているということだが、ここでは論旨に関係ないため、それを表明しない。

 彼女のそういうところは、イリャヒは素直に尊敬している。そういうところだけだが。


「すごく大雑把な言い方をすると、その二点を根拠として、教会上層部はヒメキアを、救世主ジュナス様の再来……あるいはそれに近い、あるいはその一人、のような存在と認識しているの。早い話が、わたくしのような業績どうこう以前に、彼女は存在するだけで聖女候補なのよね。これに関してはちょっと色々複雑でして、わたくしも深く考えていると頭が痛くなってくるので、詳細は後日に持ち越すわね」


 ヒメキアを妬み憎むようなニュアンスは感じられなかったので、イリャヒは素直に労いの言葉を口にする。


「ご自愛ください」

「ふふ、ありがとう。まあ、そうやって神輿に担ぎたいという側面もあるのだろうけど、現状わたくしは彼女の気性や特性そのものを理由に重用すると考えてほしいです。つまり象徴性ではなく、実務性の方を評価するということ。もちろん今回の任務もその類でしてよ」

「ありがとうございます。私たちとしても、その方が喜ばしいです」


 アクエリカは満足げに頷き、一枚の羊皮紙を手渡してくる。


「というわけで、それが今回の任務内容よ」

「なるほど……これは確かに、ヒメキアと私でないと難しいですね」

「でしょう? ソネシエはあくまで二人の護衛として最適であると考えて選出したの。だから、あなただけは代わりを出して、宴会パーティを開くのでも構いませんよ?」


 これも皮肉や当て擦りではなく、アクエリカが純粋に答えを聞きたがっているのがわかる。

 再び猫のように黙考した妹は、アクエリカの眼をまっすぐに見て言った。


「しばらく放っておいても、別に世界が滅びるわけではない。しかし彼らにとって、救いの手は火急に差し伸べられるべきものと拝察する。これを迅速確実に達成するため、兄さんとヒメキアを守るのは、猊下のおっしゃる通り、わたしであるべき」

「良い答えだわ、ソネシエ。だけどわたくし、もう一つの理由の方も聞きたくってよ?」


 ソネシエは少し体をもぞもぞさせて躊躇ったが、結局は口に出す。


「……兄さんとヒメキアが欠席するのでは、わたしにとって十分に楽しい宴会パーティとは呼べない」

「好い答えだわ、ソネシエ。あなたたちがますます成長することを、わたくしも陰ながら期待していますよ。では、出動なさい」


 やはり彼女には敵わないなと、イリャヒはソネシエとともに一揖した後、脱いでいた帽子を被り直して、彼女の前から踵を返した。

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