第225話 気遣いのお茶会
「…………」
若干いたたまれない雰囲気で廊下を歩くイリャヒ、ソネシエ、パルテノイ、そしてシャルドネ叔母様。
初対面であることを思い出したようで、パルテノイがワゴンを押しながら叔母様に話しかける。
「はじめましてー! 二人の叔母様、ですよね? お話はかねがね伺ってますよ!」
「あっ! ど、どうもはじめまして……」
「おっと、これは失礼。
パルテノイ、こちらはおっしゃる通り、今や私たちの……少なくとも把握している中では唯一の親族となった、親愛なるシャルドネ・リャルリャドネ叔母様。
そして叔母様、こちらは口内の感覚が鋭敏な彼氏持ち目隠し吸血鬼メイドのパルテノイ・パチェラーさんです」
「ちょっとなにその紹介!? 全部事実だけど、要らん情報多くない!? ていうか他意ない!?」
「そっかー、利きワインとかが得意なのかしら?」
「うっ、眩しい、この人純粋だ……! わたしやイリャヒくんが失ったあれやこれやを、なんかあれしてるよ……!」
「なにがなんだというのです。ところであなたが今転がしているワゴンに乗っているのが、私が猊下におすすめしておいたパティスリー・ギルドレイの新作スイーツですよ」
「えっ、これがそうなの!? ふわっ、でありながら、さくっ、だと噂の!?
やー、普段エリカ様の周りに引きこもってるから、世情に疎くてさー……。
あっ、というわけで叔母様、イリャヒくんはこんな感じで気遣いしてくれる、性格の良い子なんです! 性格は悪いですけど!」
「一瞬で矛盾してますよ」
喋りながら四人は教区司教執務室の隣にある、以前デュロンが連れ込まれて大変なことになりかけたという、裏庭とでも呼ぶべき謎の空間へと入っていく。
いつの間にか泉のほとりにテラス的スペースが追加されていて、相変わらずアクエリカのやりたい放題ぶりが直に現れている。
三人にコーヒーを淹れてお菓子を並べたパルテノイは、ちゃんと用意してあった彼女のぶんの新作スイーツをお行儀悪くパクリと咥え、「それではごゆっくりー!」らしきことをモゴモゴ言いながら、ワゴンを押して出て行ってしまった。
天真爛漫な彼女の様子をにこやかに見送った後、イリャヒとソネシエの方に向き直ったシャルドネ叔母様は、気遣わしげに眼を泳がせた後、おずおずと二人に尋ねてくる。
イリャヒは彼女のことを好意的に思っているが、この
「あ、あの……なんというか……二人とも、元気……?」
「はい、元気です」
「右に同じ」
「そ、そう……」
「……」
「……」
「……」
訪れた沈黙を三人ともコーヒーを飲むことでやり過ごし、なんとも気まずい雰囲気が流れるが、叔母様はめげずに、気を取り直して話しかけてきてくれる。
「さ、最近、仕事は……その、どう?」
「えーと……それなり、ですかね……」
「わたしも……」
「そ、そう……」
「ええ……」
「……」
「……」
「……」
会話が死んだ。この、表面をそっと撫でるような、探り探りの喋り方は肌に合わない。
ソネシエは最初からお人形さんモードに突入してしまっているし、叔母様の水の向け方が下手くそだというのも否定できないが、なによりイリャヒ自身がいつものペースを乱してしまっている。
しかしシャルドネ叔母様が不意に背筋を伸ばし、キリッとした大人の顔に変化するのを、イリャヒは目撃し、ある種の感動すら覚えた。
「ケヘトディのことは、災難だったよね。気にしなくていいのよ。
私もあなたたちの屋敷で何度か会ったことがあったんだけど、彼は当時から少しおかしかったの。
認知の歪みというのかしら……ソネシエちゃんとリゼリエ
実際に対峙したあなたたちに、こんなことを言うのは語弊があるかもしれないけど……野良犬に噛まれかけたとでも思って、忘れてしまう……ことができたら、いいなというか……」
その引き締まった表情で、しかし語るのは慈愛に満ちた同情や憐憫だというのが、この人らしいなと考えつつ、イリャヒも口を開く。
「なに、心配はご無用。私たちは両親を手にかけているのです。今さら伯父の一人や二人、追加で殺したところで、どうということもありません。微差ですよ微差」
「兄さん……」
「……おっと、これは失礼」
ようやく自分らしい戯けた弁舌を発揮できたと思いかけたイリャヒだったが、相手を考えて喋るべきだった。
叔母様は表情を凍りつかせる……かと思いきや、逆に悲哀の滲んだ眉尻を緩め、自嘲を含んだ笑みを浮かべて、長い前髪が影を落とす。
そしてつい溢れたという感じで吐露した。
「ごめんね……なにもしてあげられなくて」
「いえ、そんなことは……」
「……」
「……」
「……」
いい加減この空気に耐えられなくなってきたところで、どうやら叔母様も同じだったらしく、パッと勢いよく席を立ち、努めて明るく振る舞ってくるのがわかる。
「少しだけでも、顔を見られて良かった……。
じゃあね、二人とも。今まで通り、ずーっと仲良くするのよ」
「……はい、もちろん」
「……了解」
二人の答えを聞いてにっこり笑い、すっきりした様子で立ち去る彼女の背中を、イリャヒもソネシエも、ついに呼び止めることができなかった。
彼女を取り巻く状況と、待ち受ける運命について、とうに知ってしまっているというのに。
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