その時すでに救われていた
第224話 こんな枢機卿と聖騎士はイヤだ
やや波打つ長い黒髪と、闇のように深い黒眼が特徴的な、驚くほど美しい長身の女性だ。
年齢はウォルコと同じ32歳だったはず。
シンプルな白のシャツと黒のスラックスという、いつもの格好ではあるのだが、イリャヒはそのデザインに別の意味で見覚えがあった。
なんでここにシャルドネ叔母様が? という疑問も込みでアクエリカに視線を投げると、やけに楽しそうに答えてくれる。
「ああ、気になるわよね。彼女が着ているのはメリーちゃんのシャツよ、略してメリシャツ」
「なんだその他意のある表現は!? 誤解を招く……いやもういい!
先に謝っておく。ソネシエ、昨夕お前とデュロンくんを探している最中に、この方が、その……少々挙動不審になっているところを見たので、確保して連行してしまったんだ。ところが実際は……」
「い、いいんです、メリクリーゼさん! 私が紛らわしい態度を取っていたから……」
「いやいや、そういうことにはできん! 早とちりした私が悪いんだから!」
「いえいえ、そもそも私があんなところを不用意にウロウロしていたのが」
イチャイチャ譲り合う二人の様子がどうも面白くないようで、微妙にへそを曲げたアクエリカのやる気のない説明をまとめると……。
昨夕、たまたま用があって三番街を訪れていたシャルドネ叔母様は、例の「ソネシエ・リャルリャドネを殺せ」という神託を聞いてパニックに陥り、なんとか〈悪霊〉の正体を突き止めて阻止せねばと、ブツブツ言いながら思案しているところをメリクリーゼに発見され、共犯筋の人物だと思われて追いかけられたのだという。
捕縛して連れ帰り、ベルエフ立ち合いの元で尋問を行ったら、ソネシエを心配する本物の叔母だと判明したため、陳謝の後に部屋を用意し一晩接待したという次第らしい。
アクエリカ本体が若干ヤバい眼で叔母様を凝視しつつ、わざわざ使い魔でイリャヒとソネシエにこっそり話しかけてきた。
『あの抜群の容姿と性格で、しかも離婚歴ありって、あなたたちの叔母様エロすぎない? 昨晩職権濫用して手を出さなかったわたくしの自制心を誉めてくれていいんですよ?』
戯言を吐いていた青い有翼の蛇は、即座に距離を詰めてきたメリクリーゼに捕まって
「気にするな、聞かなかったことにしなさい。あいつは生まれつき倫理観が爆散しているんだから」
それを受けてアクエリカ本体は、なぜかキリッとした顔で喝破する。
「メリーちゃん、やめなさい! わたくしの使い魔に過ぎないその子には罪はないわ!」
「それはお前自身のそのムカつくツラを蹴り飛ばしていいって意味だな?」
「ああっ、ダメよメリーちゃん、朝から激し……ちょっと本当にやめて!? 痕ついたらどうするんですかこの銀毛鳩胸ゴリラ!?」
「誰がなんだと!? この陰険ヌルヌル蛇女!」
今度はあっちの二人がイチャイチャ喧嘩し始めたので、気まずそうにすり抜けてきたシャルドネ叔母様が、甥と姪に向かってにっこり笑う。
まごまごするソネシエが見上げてくるので、イリャヒは妹に代わって笑みを返し、礼儀正しさを心掛けて挨拶した。
「お久しぶりです、叔母様。最前は私たちのわがままを聞いてくださり、ありがとうございます。そして、お手を煩わせてしまってすみませんでした」
「そんな〜、いいのよ〜。あなたたちにしてあげられることがあるなら、それが私の喜びなんだから〜」
相変わらずおっとりベタ甘すぎて、逆にやや対応に苦慮するお人だ。
その様子をそこはかとなく見て取ったのか、メリクリーゼと大人気ない取っ組み合いを続けるアクエリカが、髪を振り乱し額に青筋を浮かべつつも微笑みかけてきて怖い。
「イリャヒとソネシエも、朝食は摂ってきたのよね? なら叔母様と一緒に、食後のコーヒーでも飲んでいったらどう? それとも血の方がいいかしら?」
「いえ、我々は……」
「たまには数少ない親族と、交誼を深めておくのも良いことではなくって?」
「その数少ないうちの一人を、昨晩焼却したばかりなのですが」
「一人でも残っているだけマシでしょう。あ、皆殺しにしたわたくし自身が言うことではありませんでした。テヘ☆」
ブラックジョークでこの女に勝てると思ったのが間違いだった。
では用意しようと振り向いたところで、イリャヒは執務室の扉を開けてきたパルテノイの姿を発見する。
「ヤッホー、イリャヒくん、ソネシエちゃん。こっちだよー、おいでー」
彼女はコーヒーとお菓子を載せたワゴンを押していた。
「あなたが淹れてくださったのですね、ありがとうございます。ところでノイ、あなたなんですかその格好は」
「ひどくない!? そんなに変!?」
「いえ、メイド服は似合っていますが、目隠しメイドさんというのはどうかと」
「だとしても、言い方ってあるでしょ!? ソネシエちゃんもそう思うよね!?」
「パルテノイ、それはギデオンのリクエストなの」
「どういう意味!? 違うよ、誤解があるよ!?」
「うーん、誤解……なんですかね?」
「真剣に疑うのやめよう!? 残念でしたー、これはエリカ様のご要望なんですー!」
「じゃあいずれにせよ
「否定材料を探すからちょっとだけ待ってくれるかな!?」
「猊下の危険性を理解せずに盲目的に信奉しているわけではない。これはよい傾向」
「全部聞こえてるわよあなたたち。いいから早く行きなさいな♫」
意外なことに……いや、アクエリカが下半身を蛇に変貌し絞めにかかっているので、彼女がメリクリーゼを制圧してしまったことは、そこまで意外でもなかった。
イリャヒたちがそそくさと退室するのを尻目に、聖騎士は青ざめた顔で泡を吹きながらも、弟子への言付けを忘れない。
「わ……私に構わず行け、ソネシエ……! メリクリ死すとも秩序は死なず……!」
「いいえ、死んだわ。神は死なずとも、秩序は死ぬの。遺言はそれで良くって?」
「いいわけあるかあ!」
「きゃあっ!? ちょ、ちょっとメリーちゃん、それは反則……」
これ以上は清い淑女たちに見せるものではないと判断し、イリャヒは扉を閉めた。
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