第222話 めっちゃお洒落する喧嘩弱いタイプの海賊

「兄さん」


 ようやく意識を取り戻したデュロンは、ソネシエのか細い声を聞き、イリャヒに駆け寄る彼女の姿を見ていた。

 どんな戦い方をしたのか、眼帯が吹っ飛び肩から上が血だらけの状態で妹を抱きしめるイリャヒは、デュロンと眼が合って微笑み、二人へ順に声をかけてくる。


「怖かったですね、ソネシエ。よく我慢しました。もう大丈夫ですよ。

 そして、デュロン。私が来るまでこの子を守っていてくれて、ありがとうございます」

「……俺はなんもしてねーよ。ただ木偶でくになってただけだ」

「木偶が役に立たないと、誰かが決めましたか?」

「おいおい、今夜はずいぶんと優しいじゃねーか。頭でも打ったか?」

「ふふ。私だってそういう気分の夜はあるのです」


 ひとしきりソネシエの頭を撫でた後、しがみついたままの彼女の手を優しく外し、ポンと両手で彼女の両肩を叩いて、イリャヒは爽やかに破顔した。


「さ、撤収に移りましょう! いちおうこの件も報告が……」

『その必要はないわ』


 蛇の身には音が堪えるため外で待機していたようで、アクエリカの使い魔が、もはや原型を留めていない玄関からにょろりと姿を現す。


『ご苦労様、三人とも無事で済んで良かったです。状況や事情はおおよそ把握したので、念のため伯父様のご遺灰だけ、可能な限り回収してもらえるかしら?』

「構いませんが……ヴェロニカあたりがまた、妙な研究に使いそうですねぇ」

『少なくとも復活させることはしないしできないから、そこは安心してね♡』

「それは本当に勘弁してください。あ、デュロン、眼帯拾ってくれません?」

「ああ、そこにあったのか。……おいなんだよこれ!? 脳!? 脳付いてんじゃねーか!?」


 破裂して眼窩からも飛び出たのか、イリャヒがした不気味な落とし物を、デュロンはおっかなびっくり、指先で摘んで遠ざけながらも運んでやる。


「ちょっと、汚物みたいに扱わないでくださいよ」

「いや、だってグッチャグチャのビッチャビチャじゃん……つーかお前帽子もドロドロじゃねーか、頭打ったってレベルかそれ?」

「ご安心を。こんなときこそ〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉ゥッ!」

「〈青藍煌焔〉に意思があったら、絶対お前の扱いに不満あるだろ……」


 浄化の炎で帽子と眼帯を洗濯し、装着し直したイリャヒの元へ、なにかを拾ったソネシエが、遠慮がちに渡しに行く。


「兄さん、これ」


 それは壊れた懐中時計だった。どういう謂れがあるのか、当然デュロンにはわからないが、イリャヒはなにかを汲み取ったようで、少し眉尻を下げた後、それを丁寧に上着の内ポケットに仕舞い込み、ニヤリと笑いを取り戻す。


「よし、では今回の収穫物はこれということにしておきましょう。ああーコレクションが潤うー!」

「あーあ、また洒落たタイプの海賊が掠奪を働いてやがる……嫌なとこ見ちまったわ。

 ……あっ、そうだ! ヘイ、ギデオン!」

「なんだ?」


 唐突に思い出したため呼び出すと、戦闘妖精は素知らぬ顔で普通に現れる。だがデュロンはそれを不満に思った。


「おう、テメー! 緊急事態だったから、何度もこっそり呼んだんだぞ? さてはまたパルテノイとイチャイチャするのに忙しくて、俺の出動要請無視しやがったな!?」

「失敬な、そんなはずはない。そもそも俺たちも今の今までお前たちを探していて、彼女を寮へ送っていったところだぞ。ああ、イリャヒ、大過ないようでなによりだ」

「ありがとうございます。今後はこういうことがないように気をつけたいです」

「そうだな。ところで、ここはなんだ?」


 ギャーギャー騒ぐデュロンをよそに、イリャヒとソネシエからケヘトディ邸についての情報をまとめ聞くと、ギデオンは合点がいった様子で、改めてデュロンに向き直った。


「一切の感知能力を遮断する……なるほどな。聞け、デュロン。


 妖精と召喚契約者は、使い魔とその術者に比べて、魔術的な繋がりが弱い。

 後者が文字通り血を分けた伴侶や眷属に近い存在であるのに対し、前者はあくまで契約で結びついているだけの他者同士だからな。


 術者が呼び戻せば、使い魔は帰巣本能に近い半自動性をもって、どんなに離れていても迷うことなく到達できる。

 だが契約者が妖精を召喚するとき、妖精は契約者の居場所を把握していないことが多いので、契約者は妖精に対し、自らの位置情報を発信しているんだ。


 それが阻害されたようだが、どちらも無自覚下で行われる補助機能であるため、俺もお前も気づかなかったわけらしい」

「マジか。今回が特殊なケースだったのは確かだろうが、これも今後気をつけた方がいいな。ところでせっかく来たんだし、〈悪霊〉の遺灰を集めてってくんねーか?」

「は? 俺は家事妖精じゃないんだが?」

「ギデオンくんは結婚したら家事しないタイプの男だってパルテノイにチク……」

「箒と塵取りを寄越せ、焼け残っていればな」


 殺し屋くんがチョロくて助かった。なにせデュロンたち三人は疲労困憊だ。

 空間系や収納系の能力者を呼べばいいのに、なぜ手作業で……とかブツブツ言いつつも、回収作業を終えてくれた彼を労い、イリャヒは屈託なく宣言する。


「では、帰りましょうか。私たちの寮へ」

「そうする」


 自然と手を繋ぎ、狭苦しい半地下から仲良く出て行くイリャヒとソネシエを、デュロンとギデオンは後ろから見守り、離れることのない二つの背中をゆっくりと追う。


 夜は更け、闇は深い。しかし空は晴れ、月や星々が燦然と輝いていた。

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